第70話 成人式
今日はこちらの世界の5月1日、カリンの成人式の日だ。この日までに16歳になった子供達が、大人の仲間入りをしたことを皆でお祝いする。
「カリン、おめでとう!」
「ありがとう」
俺達も呼ばれていて昼を過ぎた頃、カリンの家族と一緒に教会に向かう。
カリンは白いシャツに、紺色の肩紐の細いワンピース姿で清楚な装いだ。
襟元の青いチェックのリボンは、アイシャからの贈り物である。俺からも若者に人気だというブレスレットを送ったが、身に着けてないな。なぜだ?
「カリン。俺が送ったプレゼント、なんで着けてくれないんだよ」
「バカね。今日は大勢の人が集まってるのよ。ぶつかって落としちゃったら困るでしょ。家に大切にしまってあるわよ。この服には少し似合わない気がするし」
「確かに今日の服は、いつもの子供っぽい服じゃないしな。カリンにはあんまり似合ってないかもな」
「怒るわよ。ブレスレットの話してたんでしょう。大人になった私にはこの服が似合ってるのよ」
いやいや。そういうところが、まだ子供なんだよ。
教会の広間には、成人を迎える子供達とその家族が大勢集まっていた。ここで式典をするらしい。
教会といっても、この国では宗教というものは、はるか昔に廃れていて神様にお祈りしたり、神父がミサをするなどはないらしい。
それでも神話時代の神様の名前はいっぱい残っていて、お祭りや物に感謝するときに色々な神様の名前を使うらしい。
5月もミラト月という別名があり、これも神様の名前だそうだ。
町の顔役といった人が壇上に上がって「君達のこれからの輝かしい未来が……」などと長々と話をする。
こういうのはどこの世界でも変わらんのだな。
式典が終わって教会前の広場で立食パーティーが開かれる。今回の式典はこちらがメインのようだな。お酒も少しだけ置かれている。大人になったんだからいいよ、ということのようだ。
カリンは同い年の友達などと一緒で楽しそうだ。家族達も知り合い同士話をし和気あいあいとしている。
しばらくして、式に呼ばれていた小さな楽団が音楽を奏でる。それに合わせて牧歌的な踊りを皆で踊る。
「あんたも、踊んなさいよ」
カリンに誘われたが、俺は盆踊りぐらいしか踊ったことがないんだぞ。
「なにそれ、あんた面白いわね」
カリンにゲラゲラ笑われてしまった。
成人式が終わり、カリン達は食事をしにレストランへ行くそうだ。俺も誘われたが、家族じゃないからと断わると、
「何言ってんのよ。あんたもアイシャも家族みたいなものよ」
「そうだぞ、ユヅキ君。一緒に来てくれればカリンも喜ぶ」
それならお言葉に甘えよう。カリンの家族と俺達6人、レストランの中に入っていく。
「それではカリンの成人を祝って乾杯」
「乾杯」
式の立食パーティーでは祝い酒程度だったが、ここでは木のジョッキで俺はエールを、カリンとアイシャはワインを飲んでいる。
「アイシャは17歳だよな。カリンは1年下ということか」
「1年も変わんないわよ。今月で私も17歳になるし」
誕生日は2ヶ月も離れていないそうだ。早生まれとか遅生まれとかいったものだな。
「カリンの星座はヘケウス座よね」
「そうよ、父さんが決めてくれたの」
星座を決める?
「星座って生まれた月で決まるんじゃないのか」
「何言ってんの。あんないっぱい星座があるのよ、生まれた月ってだけで決まんないでしょ」
確かにこの世界の星はやたらと多い。
アイシャの家にいた頃は、夜行性の獣がうろついていたから夜に星を見る機会はあまりなかったが、町に来て夜も出歩くようになって星をよく見る。明るい1等星がかなりあったからな、星座もその分沢山あるんだろう。
「カリンの星座は花を愛した神の星座だ。誕生月は日の神のミラト神だから、明るく優しい子に育ってほしいと願ってヘケウス座に決めたんだよ。その通りに育ってくれて父さんは嬉しいよ」
子供の名前は親の一字をもらったり呼びやすい名を付けて、親の願いは星座に託すらしいな。お父さんの願いとは違い、カリンは能天気で大雑把な子に育ってますよ。
まあ誕生月の神と星座の神を合わせた占いのようなものだろうし、宗教の無いこの国では、神様といってもあまり深い意味はないみたいだな。
「知ってるか、カリン。空にある星は本当は遠くにあるお日様なんだぞ」
「あんたバカなの。あんなにいっぱいお日様があったら暑くて仕方ないじゃない。時々ユヅキは変なこと言うわね」
まあ、そうだろうな。前の世界の知識は全く通用しないか。第一この世界には月が無い。
前にアイシャに月の事を聞いたことがあるが、何のことか全く分からないと言われた。説明したが最初から無い物を理解しろという方が無茶だよな。
この宇宙の惑星は大概衛星を持っているが、前の世界のようにあんな大きな月を持っている地球という惑星はとても珍しい。
普通は小さな衛星を従えているか、衛星と惑星がぶつかって破壊されて小惑星になってしまうぐらいが関の山だ。
今日5月1日の成人式の日は夏至に当たる。昼が一番長い日だ。1月1日の新年が冬至で8ヶ月で回る暦は完全に太陽暦となっている。
月が無いこの世界では、ひと月が30日前後という年と月が合わない太陰暦ではない合理的な暦だな。
「カリンや、お前も今日から大人の仲間入りだ。そうなると自分で稼いで生活していくことを考えないといけないよ。父さんは、カリンがお嫁にも行かずにずっと店の仕事を続けてほしいが、そうもいかないだろうしな」
「そらそうよ。店は兄さんが継ぐんだから。私は愛する人を見つけて、その人とずっと一緒にいるのよ」
乙女チックな奴だな。今は自分の力で生活していけって話してるんだろうが。
「カリン、結婚なんてそんなのまだ早いぞ。可愛いお前をたぶらかす奴を父さんは許さないからな」
さっきはいい話をしていた父親だが、今は親バカかよ。何とも面白い親子だな。
カリンとの食事が終わってその帰り道、星空を眺めながらふたり歩く。
「なあ、アイシャの星座ってどれだ?」
「あ~、今は出ていないわね」
「俺の星座をアイシャが決めてくれないか?」
「ユヅキさんは自分の星座無いの? そうよね、この国の風習だもの。外国じゃ無くても当たり前かも」
いいや、俺の星座はおうし座なんだよ。でもこの世界にはもう存在してないんだ。俺は今ここで生きているんだから、何かしらの繋がりが欲しい。
「分かったわ、考えとくね」
「ありがとう」
なんとなく目から涙がこぼれそうになり、星を見上げながら歩いていく。




