第64話 ドライヤー魔法
翌日の夕方、アイシャが水浴びを終えた後。
「アイシャ、こっちに来て椅子に座ってごらん」
「えっ、どうしたのユヅキさん」
「いいから、いいから」
練習していたドライヤー魔法が使えるようになった。髪の濡れたアイシャに新魔法のお披露目だ。
「いいかい、これから魔法で髪を乾かすよ」
練習したように、右手の人差し指と中指を固定して親指を左右に細かく動かす。指先から温風が出てアイシャの髪を揺らす。
「うわー、これ何? 暖かい風が髪に当たってるわ。これ気持ちいいわね」
左手で髪をとかしながら、温風を当てて乾かしていく。
「すごいわ、もう乾いたのね。一体どうしたの」
「火と風の魔法を一緒に使って、暖かい風を送り出したんだよ」
「ええっ、火と風って一緒に使えないんじゃないの?」
「練習してできるようになったんだ」
「ユヅキさんって、すごいのね」
細かな説明はしなかったが、アイシャは納得してくれたようだ。
「あの~、ユヅキさん。お願いがあるんだけど。しっぽもそれで乾かしてくれないかしら?」
「ああ、いいよ」
濡れたシッポなら、ここよりベッドで寝てもらった方がいいな。
「ベッドの方が、やりやすいから2階に行こうか」
「そうね。じゃあ私の部屋に行きましょう」
アイシャの部屋のベッドにうつ伏せに寝てもらい、シャツを上にあげてしっぽの根元から温風を当てていく。
下着も少し見えているが、あまり気にしないでおこう。
「ふわぁ~、ほんとに気持ちいいわね」
「そ~だろう、俺の国では専門でやってくれる店もあったんだぞ」
俺はペットのトリマーさんみたいに上手くはないが、丁寧にしっぽを乾かしていく。前に作った櫛も使ってフサフサのモフモフに仕上げることができた。
「ユヅキさん、気持ち良くてなんだか眠くなってきちゃった」
そうだろう、そうだろう。
「夕食まで時間があるし少し寝ててもいいよ」
俺は1階で魔法の練習だ。生活魔法もいいが、狩りや討伐で使える威力の魔法も欲しい。
魔法属性は生まれつきのものらしいが、魔力は増やすこともできるし効率よく魔法を発動させれば、大きな魔法も使えるそうだ。
朝は剣の鍛錬、夕方か夜は魔法の練習を毎日している。これもこの世界で生きるために必要なことだからな。
そろそろ夕食を作るか。かまどに火を入れ、スープを作っていく。
「アイシャ、ご飯だよ」
「フミュァ~、ユヅキさん。おはよう」
今は夜だがな、寝ぼけたアイシャと一緒に1階に降りる。
「いただきます」
「いただきます」
さっき乾かしたアイシャの黒髪だが、動きやすいショートカットで綺麗に整えられているな。
「アイシャ。髪の毛っていつ切ったんだ」
「半月ぐらい前かな」
「どこのお店で? 俺も伸びてきたから髪を切らないと」
「私はカリンに切ってもらっているの。そういえばユヅキさん、髪伸びたわね。カリンに切ってもらったら」
カリンが切るのか? あいつ大丈夫なのか、繊細なことは苦手なような気がするんだが。
「アイシャは髪切れないのか」
「えっ、私? できなくはないけど、そのねえ……」
目を逸らしたな。こういうことはアイシャの方ができる子だと思ってたけど、ダメなのか! 意外だ。
「店は無いのか?」
「あるけど、貴族が行くようなお店だから、ものすごく高いわよ」
仕方ないな、カリンに頭を下げるか。
「明日はカリンのお店休みだから、一緒に行きましょうか。時間が空いてたら切ってくれると思うわよ」
翌日の午前中にカリンの店に行く。
「カリンいる?」
「あれ、アイシャいらっしゃい。どうしたの」
「あのね、今日時間があったら、ユヅキさんの髪を切ってもらいたいの」
「げっ、あいつの髪を!」
「すまんな、カリン。アイシャに切ってもらおうと思ったんだが、カリンの方がいいと言ったのでな。頼めるか」
「まあ、アイシャじゃね。怪我させちゃうしねぇ」
えっ、それほどなのか? アイシャが顔をそむけて口笛を吹いている。弓はあんなに上手いのに。
「じゃあ、こっちにいらっしゃい」
連れられて裏口の近くの空き地で椅子に座る。
カリンは家の中から、水の入った桶やタオルやらを持ってきて木の箱の上に置いた。俺の肩に大きめのタオルをかけて首元で縛る。本格的じゃないか。
「どういう風に切るの?」
ハサミを持ったカリンが尋ねてくる。
そうだな、少しぐらい伸びてもいいように短くしてもらうか。
「後ろは伸びた時に括るからまとめる感じで、前は目にかからんように横に流して、耳は出すようにしてくれるか」
「えっ、耳を出すの。隠してた方がいいんじゃない」
そうなのか? アイシャはよく分からないというような顔をしているな。
「人族の耳よ、横に生えてるのよ」
そう言いつつ俺の耳を引っ張る。痛てぇーじゃねえか。
「あれ、意外と柔らかくて肉厚で、プニョプニョしてるわね」
今度は耳たぶをやたら触ってくる。アイシャも一緒になって反対側の耳を触っている。くすぐってーじゃねえか。
コラ、噛みつくな、ハムハムするな。舐めるんじゃね~。
「ハァ、ハァ、ハァ。いいから、耳は出して短かめに頼む!」
「はい、はい」
少し髪を濡らしてカリンがハサミを入れて、ジョキジョキと長かった髪が下に落ちていく。切り慣れているのか、カリンは器用な手つきでカットしていく。なかなかに上手いな。
「はい、終わったわよ」
首元のタオルを外してから、俺に小さな手鏡を渡す。こちらの世界では初めて見るが鏡はあるんだな。
鏡に映る俺は、多少ひげは濃いがすっきりとした髪型の好青年じゃないか。
フムフムといろんな角度で鏡を見てニヤけている俺を、カリンが汚い物でも見るような目つきで見ていた。
カットはしてもらったがシャンプー付きとまではいかない。家に帰った俺は、洗い場で髪を洗って濡れた自分の髪を、ドライヤー魔法で乾かしていく。
「その魔法、ほんとに便利よね。そんな魔道具があったら私でも使えるのにな」
確かにそうだな。今度シルスさんにでも相談してみるか。




