第51話 魔道弓
「俺は今日一日職人ギルドで仕事だが、アイシャはどうする?」
「そうね。薬草採取のお仕事があったら、それをしているわ」
今日は、新型弓の会議のある日だ。家の前でアイシャと別れて、ギルドへと向かう。
「おはようございます」
「おはようユヅキ君、今日の会議は少し時間が早まってね、鐘4つ半から始まることになった。他のメンバーには連絡済みだ。時間になったら会議室に来てくれ」
ギルド長のボアンは、そう言って急いで出かけていった。
「ボアンさんは、どこに行ったんだ」
「冒険者ギルドと打ち合わせがあるそうよ。会議までには戻ってくるって言ってたわよ」
虎獣人の受付嬢が答えてくれた。相変わらずボアンは忙しそうだな。
俺は、溜まっていた問い合わせの対応などしてから会議室に向かった。
しばらくしてボアンと一緒に職人達が会議室に入ってきた。魔道具店の店長のシルスさんが、やけにやつれた様子で入ってくる。目の下にクマができているぞ。
「よく集まってくれた。今日は新型弓の試作品ができているので、それを元に話し合ってほしい」
冒頭ボアンが話した後、グラウスやルフトが改良した弓や何種類かの矢をテーブルに並べ、手に取り皆で確認する。
その後俺が、魔道部品による改造を試したいと発言し、発案者のシルスさんに詳しく説明してもらう。
「弓の溝部分に風属性の魔道部品を取り付けます。すると矢に風属性が付与され矢に回転する力が加わります。これで弓の威力が高まらないか試してもらいたいのです」
「なるほど、最初から回転力を与えて安定させるという事だな」
「先日ユヅキからもらった図面で、本体に穴を3ヶ所開けた物を用意している。ここに魔道部品を取り付ければいいのか」
まだどの位置に固定するか分からなかったから、溝の先端、真ん中、後方に穴を開けてもらっている。
「回転の力を強くさせるには、真ん中のこの場所に取り付けるのが一番だということが分かりました。部品を取り付ける角度もこのようにすれば一番回転してくれます」
シルスさんは持ってきた資料を見ながら説明していく。正確にはもう少し前寄りだそうだが、今回の実験では問題ないと言う。
色々と頑張って試してくれたんだな。それであんなやつれた顔をしていたのか。
「部品を取り付けるのに、それほど手間はかからん。少し待ってくれるか」
魔道部品を取り付け、全員で裏庭に出て俺が試射してみる。
完成に近い本体は持ちやすく加工され、バランスもいいな。さすが専門の木工職人が作っただけの事はある。
本体の側面から出ている魔道部品の糸を指に絡ませ、魔力を流し引き金を静かに引く。鋭い矢音を残し飛んでいった矢は、的の板を突き抜けて石の壁にぶち当たって折れてしまったぞ。
「な、なんだ! この威力は……」
「おい、ユヅキ! 今、何をしたんだ!」
「俺は魔力を流して、撃っただけだ! 何でこうなる」
威力が倍以上違うんじゃないか! 見ていたボアンや職人達も唖然とする。
木の板を3枚重ねてもう一度撃ってみる。
今度はグラウスに撃ってもらい、俺は弓を発射する瞬間を横から観察する。弓職人のルフトは弓のすぐ後ろから的の方向に目を凝らし、矢の軌道を見るようだ。
発射された矢は、ほぼ直線的に飛んで的に当たる。やはりすごい威力だ。
「これが風を付与した矢か……。すまん、今度は逆回転の矢で撃ってくれんか」
ルフトが用意した左回りの矢で撃ってみる。すると的のすぐ手前で矢は地面に失速し、方向もかなり左側にずれていた。
その後2回試射を行なったが、同じ結果だった。これ程威力に差が出るとはな……。
職人のみんなは顔をしかめ、黙ったまま会議室に戻る。
「シルスさんよ、今回取り付けた魔道部品は普通の部品なのかい」
「はい、一般の風属性部品で一番小さい魔法の物です」
「じゃあ、もっと魔法力の大きな部品だと威力も増すということか?」
「多分ダメだと思います。魔法が大きくなると矢が上下に揺れて、まっすぐに飛ばないと思います」
それについては俺も同感だ。
「撃つ瞬間を見ていたが、わずかに風が本体の溝の間に入り込み矢が浮いているように見えた。逆に風の威力が上がると軌道がずれるだろうな」
弓職人のルフトも発言する。
「確かに矢の回転は早かった。だがそれだけであの威力は出ないだろう。矢の先端のすぐ前を風魔法が切り裂いているように見えたな」
魔法の速度に矢が引っ張られていた感じだったと言う。
「シルスさん、どこでこんな技術を思いついたんだ。こんな技があるなんて初めて聞いたんだが」
「ユヅキさんと話をしていて、風魔法を矢に付与できないかという話になりまして。その後、一番回転しやすい位置を見つけて今日ここに来たんです」
「これも新技術か……ボアンよ、この弓は魔法の力がないとあの威力は出せねえ。魔道弓ともいえる代物だ。一体として登録し直した方がいいんじゃないか?」
鍛冶師のエギルの言葉に、ボアンは少し考えてシルスさんに尋ねる。
「シルス店長、これは魔道具という物になりますかな」
「いいえ、これは魔道補助具という分類になります。本来の力を魔法力で高めるだけなので、魔道具ではありませんね」
「ならば、こちらで登録して売り出すことはできそうだな。一応魔術師協会の了解は取るがユヅキ君、シルス店長との連名で再登録してもらえるか」
「それはもちろんだ。あの威力は俺の弓だけでは出せないからな」
申請のやり直しになるが、シルスさんの努力に報いないといけない。
「シルスさん。魔道部品の位置を変えたいと言っていたが、それは矢の長さに関係するのかね」
「そうですね。本体の溝ではなく、矢じりまでの長さが関係します」
「今の矢を少し改良したい。葉を小さくした方が良さそうだし、正確に長さを揃えるようにしよう」
矢がそれ程重要ではないと思っていたルフトも、今日の試射を見て矢の改造に取り組むようだな。
風と土、2つの反発し合う魔道部品を使う事になるが、その事についてもシルスさんとグラウスが話をしていた。シルスさんも打ち解けて、職人達と気兼ねなく話せているようだ。
「それでは次回、量産できる形まで各自仕上げてくれ」
ボアンの言葉で会議室を出て、一緒に歩くシルスさんが尋ねてくる。
「ユヅキさん、連名で再登録と言っていましたが何の事ですか?」
「新しい物を職人ギルドに登録して、発案者に販売の一部を報酬という形で渡してくれるそうだ。ボアンさん、それでいいな」
「ああ。割合はユヅキ君と半分とはならんが、それなりの報酬を出すことになる」
「私にですか? 発案者として……。私、新しい魔道具を作ることが夢だったんですけど、ちょっと近づいたみたいで嬉しいです」
疲れていた顔に笑みが浮かぶ。
「シルス店長は、それに見合う努力をしているようだ。その紙の束を見れば分かる。我がギルドとしても支援させてもらうよ」
「ありがとうございます、ボアンさん。それにユヅキさんも。あなたがいなければ私一人ではできませんでした。本当にありがとうございます」
「俺は少し助言しただけだ。自分に自信を持ってもいいと思うよ」
その言葉にシルスさんは少し涙ぐんでいるようだった。




