第42話 アイシャと共に
「アイシャ、どうしたんだ!!」
「もう帰って来ないと……、居なくならないで。もう……」
大粒の涙を流してしがみつくアイシャをギュッと抱きしめる。
「でも私……。どうすれば……。ユヅキさん、ユヅキさん」
「すまないアイシャ。俺はどこにもいかないよ。アイシャ」
こんなにも不安にさせていたなんて……。俺のせいで寂しい思いをさせてしまった。
まだ泣きじゃくるアイシャをずっと抱きしめ続ける。
強い子だと思っていたが、こちらでは成人しているとはいえ、まだ17歳になったばかりの子供だ。
最近親を亡くしたのに、たったひとりでこの家に残って生活をしている。寂しいはずなのに俺は分かってやれなかった。
「アイシャ、俺は君のもとから離れないよ。ずっと傍にいるから」
「本当、ユヅキさん。でも……、でも……」
ようやく落ち着いてきたアイシャを椅子に座らせ、湿らせたタオルで赤く腫れた目を拭いてやる。俺は片膝を突き、アイシャと目を合わせながら話をする。
「俺はアイシャが悲しむようなら、ギルドの仕事なんか辞めてもいい」
「私、ユヅキさんの邪魔はしたくないの。たまたま私を助けただけで、本当は別の所に行くはずだったんでしょう。でも私……ユヅキさんがいないとダメで……」
俺に目的や行くべき場所などない。たまたまこの地に送られて来ただけだ。
「助けてもらったのは俺の方だ、何も知らない俺をこの家に居させてもらって、言葉も狩りも教えてくれた。アイシャが望むなら俺はずっとこの家にいてもいいんだ」
「本当!? ずっと一緒にいてくれるの。嬉しい。でも……」
「これからの事は、アイシャとふたりでちゃんと考えよう」
「そう……そうね。ごめんなさい、夕食を作るわ。ユヅキさんもまだでしょう」
「じゃあ一緒に作ろうか」
その後はいつものように夕食を食べてベッドに入る。
「昨日ひとりでベッドに寝てて、お父さんの事を思い出して寂しくなっちゃったの」
また少し泣いているようだ。
「ユヅキさんの事をお父さんみたいに思ってしまって……似てないのにね。……もう私の前からいなくならないで」
「ああ、大丈夫だよ。俺はずっとここにいるから」
「ユヅキさん。今日、そっちのベッドで寝ていい」
アイシャが俺のベッドに入ってきて、ギュッと腕にしがみつく。
「今日だけだから、明日からはちゃんとするから……」
「ああ、俺も今日だけはお父さんの代わりになるよ」
頭を優しく撫でてあげる。
翌朝、アイシャはもう起きて朝食の用意をしている。
実は昨晩、俺はあまり寝られなかった。横にずっとアイシャがいたからな。大きなあくびをしてテーブルに着くと、アイシャはニコニコして食事を運んでくれる。
「いただきます」
「いただきます」
いつの頃からか、食事の挨拶は日本風になっている。
「ユヅキさん、あのね私、町に降りて働こうかなって思ってるの」
「えっ、そんなことしなくても、俺がここで狩りをすればいいんじゃないのか」
「うん。でもユヅキさんを縛っちゃうみたいで……。ユヅキさん、ここでの生活は楽じゃないでしょう」
「そんなことはないよ。今まで通りの生活で俺は充分楽しい」
「そうね。でも冬場はもっと厳しくなるの。雪の多い年は町で働いたりもするし、それなら今から町に住んでもいいかなって」
冬の狩りをどのようにしているか俺は知らないが、厳しくなることは確かだ。
でも町での生活もそんなに楽なものではないだろう。今の仕事も期間限定のアルバイトのようなものだしな。
「俺の仕事はいつまで続くか分からない。アイシャも町での生活が上手くいくとは限らないぞ」
「そうね、でも一緒なら頑張れるわ。カリンに聞いたんだけど、冒険者ギルドで私にもできる薬草の採取なんかもあるようなの。私でもある程度はやっていけると思うわ」
アイシャと一緒にいると決めたんだ。アイシャが町で生活すると言うなら俺も付いていく。俺も町で生活するなら、アイシャがいてくれた方が助かる。
「アイシャは完全に猟師を辞めなくてもいいよ。町から山に狩りに来てもいいし、またここに戻っても俺はいいと思ってる」
「それじゃ、町で住む事をもう少し考えてみましょうか」
食事を終えた後も、住む場所とかお金がどれくらい必要なのかふたりで話をしていく。
住む場所は冬の時期に町で暮らした下宿屋があるらしいが、数年前の事なので今どうなっているか分からないそうだ。カリンなら下宿屋の事もよく知っているらしいし、相談した方がいいようだな。
明日、俺はギルドでの仕事があるから、アイシャも一緒に町に降りてカリンと相談することにした。
とにかくアイシャにはもう寂しい思いはさせられない。俺も覚悟を決めないとな。
仕事も少し考えよう。お金も大事ではあるが、そればかり優先すると前の世界と同じになってしまう。俺が目指すのは、前世とは全く違う生き方なんだから。




