第34話 職人ギルド1
町から帰ったその日の夕食後、アイシャに相談してみる。
「アイシャ、そろそろ俺のお金も無くなってきている。町で稼げるなら働いてみようかと思っているんだが」
「別にユヅキさんが、生活費を払う必要はないわよ」
確かにそういう約束だったが、この家に居候している身としては何か役立つことをしたい。
「でもな、少しは余裕があった方がいいと思うんだがな」
「今はユヅキさんと一緒に狩りができて、獲物も沢山取れているからこのままでも生活はできると思うわ」
「ずっと町にいる訳じゃなくて、狩りが休みの日に町で短期的に働こうかと思っているんだ」
アルバイト程度で、金を稼ぐために町に出るだけだ。アイシャと狩りをしていく事に変わりはない。
「そうね、それなら冒険者ギルドでなにか仕事を回してもらう感じになるのかな。でも私も詳しくは知らないの。今度町に降りた時に、カリンに相談してみましょうか」
確かに街中での生活となると、カリンの方が詳しいかもしれんな。あいつに頼るのはしゃくにさわるが、そんなこと言ってられんしな。
「でも、本当に今までのように週に1頭鹿が狩れて、後はウサギなどが捕れたら生活はできるの。今のままでも私は充分だから、あまり無理はしないでね」
そうは言うが、少しはアイシャにも贅沢をさせてやりたい。
まだまだ若いんだ。街で友達と遊んだりもしたいだろうし、俺のために山でずっと狩りばかりさせるのは可哀想だ。
2週間後、アイシャと町に買出しに行くことになった。
無事山を降り街道まで出てきた。やはりクロスボウを持っていると気が楽だな、作っておいて良かった。
「こんにちは~。カリンはいる?」
「は~い。いらっしゃい、アイシャ」
店の奥からカウンターにカリンが出てきた。
「あ~、いたいた。あんた鍛冶屋のエギルさんに呼ばれているわよ。話があるんだって。また何かやったんじゃないでしょうね」
親方が? ついこの間会ったばかりだがな。
しかしカリンは俺がトラブルメーカーか何かだと思っているのか? 俺は何も悪いことはしてないぞ。
「アイシャ、すまんがここで取引しておいてくれるか。用事が終わったらここに戻るようにするよ」
「ええ、分かったわ」
「ユヅキ。ここじゃ椅子も無いし、待ち合わせするなら店の奥のテーブルがある所がいいわ。裏口入ってすぐだから。父さん達にも言っておくわ」
「そうだな、その方がいいな。じゃあ行ってくるよ」
俺は毛皮の入ったカバンを置いて鍛冶屋に向かった。何の話だろう、クロスボウをもっと見たいとかか?
「親方はいるか? 話があると聞いたんだが」
「おう、わざわざすまんな」
カウンター横のテーブルに案内されて、親方の話を聞く。
「実はよ、俺は職人ギルドの役員のような事をしていてな。前の集会の時に商業ギルドから相談があって、『外国の弓でクロスボウというものを探しているが知らないか』と言われた」
やはり、俺の持っているクロスボウに関する話のようだな。
「俺はあんたが作った弓の事を話すと、どうもそれの事らしい。で、商業ギルドの連中があんたに会いたいそうだ。今日は時間があるか?」
「俺は構わないが、いったいどういう話になっているんだ」
「詳しい話は俺達のギルドに行ってからの方がいいだろう」
どうも時間が掛かりそうだな。アイシャをカリンの店で待たせていると言うと、お弟子さんをカリンの店に行かせて、事情を話してくれるそうだ。
「それと前にもらったこの図面をマスター達に見せてもいいか?」
「ああ、それは構わんよ。部品を作ってもらうための図だ、大したことはない」
「それじゃ、すまんがちょっと付き合ってくれ」
鍛冶屋を後にして、まずは職人ギルドへ行くことになった。2階建ての石造りの建物で、前に見た冒険者ギルドよりずいぶんと小さい建物だった。
「ボアンはいるか? 前に言っていた人族を連れてきたぞ」
「ああ、すまんな。上の応接室へ通しておいてくれ」
しばらくして応接室に職人ギルドのマスターが入ってきた。
「今日はわざわざ来てもらってすまんな。私はここのギルドマスターのボルレアン・フォン・ドリンクスだ。みんなからはボアンと呼ばれているので、そう呼んでくれ」
ボアンと名乗った獣人は鹿の獣人で、頭に小さな角が生えていた。
エギルの親方と同じくらいに腕の筋肉がよく発達しているから、元職人……鍛冶屋か何かだったのだろう。だがフォン・ドリンクスと名乗っていたから貴族ゆかりの者のようだな。
「俺はユヅキだ」
名前だけを名乗った。
「ボアン。これがクロスボウの部品の図面だ。本人の承諾は得ているので見てくれ」
「ほほう、変わった図面だな。これが人族が描く図なのか」
その後、図面の説明を親方がしてくれる。
「すまんが俺はまだ仕事があるから、工房に戻らせてもらう。ボアン、後は頼めるか」
「分かった、後はこちらでする。ご苦労だったな」
エギルの親方が出て行った後、マスターのボアンとテーブルを挟み向かい合う。
「急なことですまないが、少し時間をもらうよ」
そう前置きしてボアンが話し出す。
「商業ギルドが、君の持っているクロスボウを売りに出したいと言ってきている。当初輸入するつもりだったそうだが、どこにも無くてこちらを頼ってきたという訳だ」
「なぜ商業ギルドが、俺のクロスボウの事を知っているんだ?」
「専門店街にある武器屋の店長がその弓を見て、興味を持ったと言っていたな」
別に秘密にしている訳じゃないから構わないのだが、あの年老いた猫族の店員が店長さんだったんだな。
「エギルに聞いたが、その武器は威力もあって使いやすく実用にも耐えられるそうじゃないか。すまないが、少し見せてくれないか?」
俺は背中に担いでいたクロスボウをテーブルの上に置いた。
「これは俺専用に作った物で、売りに出すといった代物ではないぞ」
「新しいものは我々職人にとって財産だからな。君にはそのクロスボウを登録してもらい、我々で製造していきたいと考えている」
ボアンは俺のクロスボウを手に取り、いろんな角度から見ながら話す。
なるほど、特許やら商品登録やらをして売りに出そうということのようだな。
「職人ギルドで登録すれば、他の者が勝手に作れないように保護もしている。当然君には販売の一部を報酬という形で渡すことになる」
権利自体を職人ギルドに売る事もできるそうだが、最初は報酬を受け取る形の方がいいと言っている。ライセンス契約を結ぼうという事のようだな。
ギルドと呼ばれる組織の長の言葉だ、信用はできるだろう。
「で、俺は何をしたらいいんだ」
「まずは職人ギルドに加入して、発案者であるという書類と商品の図面を作ってもらいたい。君は職人ではないのでギルドへの加入は名前だけでいい。形式的なもので年間の加入料などもいらない」
「なるほど悪い話ではないな」
このギルドは、職人の集まりでできた組合組織のようだな。俺は素人だが組合員として参加し働けば、報酬も支払うと言っている。
「実際に売るかどうかを判断するのは商業ギルドの連中だが、私が見る限り少し手を加えれば充分物になると思えるな」
「分かった、その方向で話を進めてくれ」
「では、職人ギルドへの加入手続きをしてくれ。今後この話がダメになっても君には不利益にならないようにする。エギルの紹介でもあるし、こちらも優秀な人材として確保しておきたいからね」
俺は承諾して書類にサインすることにした。




