第179話 エピローグ
「これが、まえに住んでたおうちなの? 岩しかないよ」
「ここは洞窟になっていて、中は広い家になっているの。あなた達のおじいさんもここで暮らしていたのよ」
俺達はアルヘナの町近くにある山の山腹に来ている。前にアイシャと住んでいたカウスの林の中にある洞窟の家だ。
「アキト、少し危ないからアキナと離れていてくれ」
「ふぁい、おとうさん」
「キィ~イ、ねえ、キィ~イ。こっち、こっち」
「キイエ。アキナが呼んでいるわ。キイエはふたりに付いていてあげて」
「キーエ」
獣が家に入ってこないように、家の入り口と右奥のトイレ入り口に岩を積み上げて閉鎖している。何年もそのままだったので緑の草が生い茂っているが、その岩を退けて中に入れるようにする。
「ここ久しぶりだけど、中は綺麗なままね」
「ええ、入り口を閉鎖していても風は通るし、数年程度ならすぐにでも住むことができるのよ」
「カリンねえしゃまも、ここ知ってるの?」
「ええ、よく遊びに来ていたのよ。あの時は兄さんに馬車で送ってもらわないと来れなかったけどね」
今はこの山道もカリンが獣を威嚇し、俺とアイシャが子供を片手に抱えながら登る事ができる。見通しのいい平地やなだらかな坂は高速移動を使って時間短縮し、鐘半分も掛からずに来ることができた。
「今日はここで夕食にしましょう。アキト、アキナ、手と体を洗ってらっしゃい。ユヅキさんお願いするわね」
「よし、じゃあこの奥の洗い場に行こう。広くて綺麗な所なんだぞ」
俺はランプを片手にアキトとアキナの手を引いて洗い場に行く。奥に地下水が流れる清々しい場所。
水は少し冷たいが、キャッキャッとはしゃぐふたりの体を洗い、部屋に帰ってくるとすっかり食事の用意ができていた。
「いただきます」
「いたらきましゅ」
子供達も一緒に挨拶をして、作ってくれた夕食を食べる。
「チセはまだハダルの町から帰って来ないの?」
「そうだな、お義父さんに子供を見せて、しばらくハダルに滞在すると言っていたからな」
「チセも久しぶりの里帰りなんだから、ゆっくりするんでしょう。タティナも子供が歩けるようになったら、里帰りしたいって言っていたわね」
俺達が村を離れている間は、タティナには村を守ってもらっている。ハルミナには王国を見てもらおうと、チセの護衛を兼ねてハダルの町に付き添ってもらっている。
こういう長い旅はそうそうできないからな、少しは時間を作ってのんびりすればいいさ。
「ねえ、カリン。トマスのおじ様には挨拶したの?」
アルヘナの町では、息子夫婦に店を譲ったトマスさんが隠居生活をしているそうだ。隠居と言っても体は元気だし、時々行商に出ることもあるそうだが。
「店に行ったけど、兄さんしかいなかったから、まだ会ってないわよ。この山を降りたら会いに行くわ」
「明日は子供達に、この山の中を見せて歩くんだよな」
「ええ、折角こんな遠くまで来たんだから、私とユヅキさんが出会った場所を見せておきたいの」
俺達が出会った場所というと、河原の方だな。もうすぐ夏だし水も冷たくはないだろう。
「じゃあ明日はみんなで川遊びをしようか」
「はい、あした楽しみでしゅ」
「ところで、カリン。魔法は相変わらずか」
「そうね、中級魔法程度なら痛みはないわね。これ以上治療しても同じでしょう。魔獣を倒すのに不便はないし、大丈夫よ」
体内の傷だからな、完全に治すのは難しいようだ。それでも俺は光魔法で治療を続けていくつもりだ。
翌日は子供達と山の中を歩いたり、キイエも一緒に川で遊んだりして過ごした。
2日後、キイエを護衛として家に残して、俺とカリンはここに来た目的の地へと向かう。俺がこの世界に来た初めての場所、白い部屋を探しに行く。
川を渡り、魔の森に入り記憶を辿り白い部屋を探していく。
「ああ、あの丘だ。あの丘の向こうに白い部屋があるんだ」
「あんた、よくこんな森の中をひとりで歩いて来れたわね」
そういえばここは魔の森の中だ。当時、魔獣にも会わずよく川まで行けたものだ。運が良かったんだろうな。
丘を右に見ながら歩いて行くと、そこには忘れもしない傾いた扉があった。
扉の近くには鍵となるナイフを差し込む穴も見つかった。人族の国にある始まりの家で見たのと同じ物だ。
鍵穴にナイフを刺して超音波振動を起動させる。
――ブ、ブゥ、ブ、ブ、ブン、ブゥ~ン。
内部と通信を行なっているようだが、扉は開かなかった。
「どうも、この扉は壊れているようだな」
カリンと一緒に手で押し開く。中は薄暗かったが俺が当時、非常食で食事を作ったかまどの跡が残っていた。
光魔法で辺りを照らすと、斜め上に向かって伸びる通路がある。俺はここから落ちて来たんだったな。
「カリン、ここを登るぞ」
「この先にいったい何があるのよ」
「白い部屋があって、人工知能の女神様がいるはずなんだ」
「ジンコウ? 女神様? 相変わらずユヅキの言う事はよく分からないわね」
火魔法ジェットのブーツで飛び上がり、カリンと一緒に斜めの通路を勢いよく滑りながら登っていく。通路の照明も壊れているようで、所々ライトがついたり消えたりしている。その通路を登った先には、白い見慣れた扉があった。
「これだな」
扉の横に手のひらサイズのボタンがある。そこに手を置くとその扉は音もなく開いた。
中は俺がここに初めて来た時と同じ、白い部屋だった。
「おかえり・・ユヅ・・ 待っていました」
「うわっ! 何なの、誰もいないのに声がしたわよ」
中は何もない白い部屋に見えたが、天井にテーブルと椅子がくっついている。モニターも壊れているが壁に張り付いている。
部屋全体が斜めにひっくり返っている状態だ。
「ただいま、女神様」
俺は日本語で話す。
「俺は第3世代ラボでメイに会ったんだ。ところで、女神様の名前を聞きたいんだが」
「私・・第1世・・・ ここの・工知能・・ セレン」
やはり相当破損が酷いようだ。声もとぎれとぎれで、音声発生装置が壊れかけているようだ。
始まりの家で聞いた話だが、この施設は全体が船のような構造になっていて、大陸移動や地盤が変化しても水平を保つようになっているらしい。
もう地球は冷えて大陸移動は無くなったが、第1世代ラボはこれまでの変化に耐えれなかったようだな。そしてここの人工知能の名はセレン……やはりそうか。
「ありがとう。俺をこの世界に送り出してくれて」
「いえ、私の・・機能・不備なく・・ 私にできる・・これだけ・・」
「ここにいるのは、俺の妻のカリンだ。他にも3人の妻と4人の子供がいる。今日はその報告に来たんだ」
「綺麗な奥さ・・・あなたに幸多かれと・・」
「俺はここで、ちゃんと幸せに生きているよ。この時代の地球で」
「そう・・ ユヅクン・・ 良かった」
そして俺達はこの部屋を後にし、所々ライトが灯る暗い通路を滑り降りる。
ありがとう、母さん。俺はこれからも、この世界で生きていくよ。
今までお読みいただき、ありがとうございました。
長い話となりましたが、完結させる事ができました。
これまでお付き合いいただき、応援してくれた読者の方々に感謝申し上げます。
感想など書いていただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします。
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タイトル名
キイエの冒険日記 ~目指せ遥かなるスローライフ! 外伝~【本編完結記念】【改訂版】
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