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第177話 終戦

 あれから1週間が過ぎた。まだカリンは目覚めない。


「ユヅキさん、あなたまで倒れてしまうわ」

「そうですよ、師匠。カリンはあたし達で見てますから、ベッドで休んでください」


 このままカリンが目覚めなかったらという不安で、何もできずベッドの横にいる俺に、アイシャとチセが気遣い声を掛けてくれる。

 最初の頃一緒にいたタティナは、里長と共にダークエルフの代表として帝国の城に行っていて今はいない。


「そういえば、ハルミナはどうした」

「ああ、あのエルフの子ね。ここに来た他のエルフ達と一緒に、戦場に開いた穴を見に行ってますよ」


 あのエルフ族が、隠れ里を離れてこの帝都にまで来ているのか。聞くと20人程のエルフ族が調査のため訪れていると言う。なんだか俺だけ時間が止まったような感じだ。


「もうすぐ人族の代表の方も来るそうですから、後は任せて師匠はゆっくり休んでくださいね」


 そうだな、もう戦争の事などどうでもいい、カリンが目覚めてくれるなら……。

 俺は自分のテントに戻ってベッドで横になる。


 またカリンに無茶をさせてしまった。カリンだけじゃない、アイシャやチセ、セルンまでもがこの危険な戦場に来ていた。俺のために犠牲になった南部地方の獣人達もいる。

 俺が戦おうと決めたから。それとも人類の事を知ろうと、人族の国へ行こうと決めた事がいけなかったのか……。


 人族、この遥か未来の地球に目ざめさせられた人類の子孫。この地で人類復興を託されたようだが、もうこの地球に滅びた人類の出る幕はないだろう。

 この星を継ぐ者は獣人やドワーフ、エルフやリザードマン、そして海洋族の人達。魔法がある今の地球に適応し進化してきた者達だ。それは獣や魔獣などの動物も同じだ。立派にこの地球上で暮らしているじゃないか。


 子供を産む事ができず人族が滅びるというなら、進化せず環境に適応できなかった絶滅動物という事になる。人工知能のメイには申し訳ないが諦めてもらうしかない。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか眠っていたようだ。


「ユヅキさん、ユヅキさん。カリンが目覚めたわよ」

「なに! そうか、カリンが!」


 飛び起きてカリンの元へ走っていく。ベッドの上で起き上がって、まだ虚ろな様子でこっちを見ている。


「カリン、カリン。良かったな。目が覚めたんだな」

「え~と、あなたは誰かしら」

「何を言っている。俺だユヅキだ」

「ユヅキさん?」


 俺の事が分からないのか? 記憶喪失か! あれほどの大魔術を使ったからか?

 いや、そんな事はどうでもいい。カリンが目覚めてくれたなら。


「いいよ、俺の事が分からなくても。お前が無事ならそれでいいさ、一緒に村へ帰ろうな」


 目覚めてくれただけで充分だ。俺がカリンを愛していることに変わりはない。ゆっくりでいい、また俺の事を好きになってくれればいいさ。俺はカリンを優しく抱きしめる。


「私があんたの事忘れる訳ないでしょう、ユヅキ。もう、泣かないでよ。ちょっとからかっただけなんだから」

「そうか、そうか。いやいいよ……」

「ほら、泣かないで。恥ずかしいじゃない……」


 俺は泣きながらもカリンを抱きしめ続けた。そんな俺の背中に手を回し、カリンも優しく抱きしめてくれる。その温かさにまた涙が零れた。


「お師匠様。目が覚めたんですね」

「まあ、セルンまで。ええ、もう大丈夫よ」

「心配しました。もう目が覚めないんじゃないかって……」


 セルンは涙目で、カリンに飛びついてきた。


「私がセルンを置いて、どうにかなる訳ないじゃない。それよりあなた、学校はいいの」

「今は休学中になってます」

「そうなの。私は大丈夫だから、あなたは早く学校に戻りなさい」

「はい、お師匠様の顔が見れて安心しました」


 セルンは嬉しくて仕方ないといった様子で、カリンに抱きついている。


「ねえ、カリン。あなたの目が覚めたら、これを渡してってメルフィルさんからデンデン貝を預かっているの」

「メルフィル?」

「ほら、アルヘナの町で黄金ランク冒険者だった魔術師の方よ。今はミスリルランクに昇格しているそうだけど」

「ああ、あの女ね」

「カリンが眠っている時に、心配してお見舞いに来てくれたのよ。今はあまり王国を離れられないって言って、もう帰られてしまわれたけど」


 カリンはデンデン貝を受け取って、メルフィルさんからの伝言を聞いている。


「私との魔法勝負はお預けにしましょう、だって?」


 首をかしげるカリン。


「そういえばアルヘナで戦った後、お前言ってたじゃないか。『勝負したかったら、いつでも受ける』って。その事だろう」

「そうね、そんな事言ったわね。でも今は無理ね」

「そうだな、カリン。今はゆっくり休めばいいさ。俺が付いていてやるよ」

「うん、ありがとう。ユヅキ」



 翌朝。


「あのね、ユヅキ。ちょっと魔法の状態がおかしいの。診てくれるかしら」


 カリンが言うには、魔法を使うと手や肩に痛みが走るそうだ。発動する魔法も不安定になっているという。腕などに光魔法を当ててみたが、症状は改善しなかった。


「俺ではよく分からんな。ハルミナに診てもらおう。魔法の事ならエルフ族のほうがよく知っているはずだ」


 帰って来たハルミナに聞くと、ちょうど族長が来ているから族長に診てもらおうということになった。


「こっちだよ、ここのテントを貸してもらっているの」


 中には族長らしき人物の他にも、エルフ族の人達5人がテーブルを囲んでいた。


「あなたがカリン殿か。私は族長のネヴァンティという」

「あんたが族長さんなんだ。里では見かけなかったわね。それに私に殿はいらないわ」

「いえ、いえ。あなたはあの究極魔法を使われた大魔術師。敬意を払わせていただきたい」


 全員がカリンの元に歩み寄り、片膝を折り手を胸に当て挨拶してくる。


「まあ、いいわ。少し魔法の状態がおかしいの。診てくれるかしら」

「あれ程の大魔術を使われた後遺症かもしれませんな。医師を呼びましょう。まずはこちらのベッドに」


 別のテントにいた医師であるエルトナさんが呼ばれ、族長と共にカリンの肩や腕、指先など丹念に診てくれた。


「体の中にある魔力の通り道が損傷している恐れがありますな」


 族長は診断の結果を教えてくれたが、これに対する的確な治療方法は無いそうだ。


「ユヅキさん。指から光魔法を入れると、痛みが楽になるようです。これが治療になればいいのですが」

「エルトナさん、カリンは治りそうなのか」

「あのような大魔術を使った後遺症の症例はありませんので、完治するかは不明です。ユヅキさん、このように手を合わせて光魔法による治療を続けていただけますか」


 複数の箇所で、魔力の通りに異変があるようだ。だが体の内部の事でもあり、原因を外から見つけることはできなかった。光魔法を使えば良くなる事もあり、その治療を続け回復を待つしかないようだな。


「分かった、ありがとう。ところで族長、ハルミナはどうする。このままエルフの里に帰ってもらうか?」

「ハルミナは、もう少しユヅキさん達と居たいようだ。一緒に連れていっていただけないか」

「俺達はこれから共和国の村に帰るが、それでもいいのか」

「世話をかけるが、よろしくお願いする」


 族長に頭を下げられてしまった。まあ、ハルミナも色々な所を見て回るのもいい経験になるからな。

 エルフ達は戦争で使ったカリンの大魔術について、今も調査しているようだ。巨大な穴や周辺の荒野を丹念に調べている。


 カリンにもどんな魔術なのか聞いているようだが、再現することはできなかったそうだ。

 カリンの膨大な魔力を全て注ぎ込んだ重力魔法だ。簡単に使えるようなものではないだろう。


 その後、この魔法は再現不可能な究極魔法トロンとして伝承されていく。歴代魔女ですら再現できず、5人以上のエルフの魔力が必要だとか、特殊な魔法詠唱が必要ではないかと噂される究極魔法。

 魔法大学でも研究対象となり、幾人もの研究者が解明を試みたが、解明不可能な魔法として記録され続けた。


 帝都の近くに空いた正確な半円の形をした大穴。それこそが、ここで究極魔法が使用された証拠として人々に語り継がれていく事となる。


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