第175話 総攻撃2
100個以上ある水の爆弾を包んだ土の球が、上空高く飛び出す。左手に魔石付きの杖を持ったカリンが、その爆弾に魔力を注ぎ込む。すると土の球が光に包まれた。
光魔法? だがそれでは、爆弾を爆発させることはできないはずだ。俺の前で杖を空中に向けていたカリンが叫ぶ。
「リバース!!」
光り輝いていた球体が消え去り、水爆弾を包んでいた土が、バラバラと下に落ちていく。重力魔法か! 大量の水素と酸素を1つにまとめやがった。
「ユヅキ。燃えるのを助ける空気って、どれくらいの大きさなの」
燃えるのを助ける? 酸素の事か。今空中にあるのは、酸素と水素の塊がカリンの重力魔法で集まっている状態だ。ならば酸素は中心部にあるはず。
「中心から全体の3分の1の大きさだ」
「じゃあ、これくらいね」
カリンは左手の杖で重力を発生させつつ、右手で空中に魔法の土の球を作って帝国兵が集まる森に向かって落下させた。
グライダーによって火災が発生してる森に、酸素だけを落とすと炎は一気に燃え上がった。燃えた森を迂回しようとしていた部隊を巻き込み、山に近づこうとしていた兵士が炎に包まれる。
「すごいぞ、カリン。これで少しは時間が稼げる」
だが、その向こうの平原から続々と兵士がこちらに向かっている。その兵士達が山に来る前に、南側の部隊の薄い部分を突破しないといけない。
「南はどうだ」
「やはり数が多いな。敵も徐々に前進してきている」
南部方面軍の全軍だからな。34輌の戦車だけでは火力が足りんか。グライダーも爆弾の補給で北の基地へと戻って行った。ハルミナも魔力切れで木の根元に座り込んでいる。
「カリン! こちらを手伝えるか」
「何言っているのよ。私があの軍団をやっつけるって言ったでしょう」
お前こそ何を言っているんだ。あんな1万を超える軍隊だぞ。それに本気で挑む気か!?
カリンは右手にも魔石付きの長い杖を持ち、両手でさっきの水素だけになった空中の塊に重力魔法を注ぎ込む。
それにしてもなんて魔力量だ。カリンの杖に組み込まれている魔石が真っ赤に光り輝いている。
「カリン、大丈夫なのか……」
俺の問いにカリンは何も答えず、空中を見つめたまま魔力を集中させる。
両手に掲げられた杖からさらに魔力が注がれる。一抱えもあった水素の気体が、クルクル回りながら今も縮み続けている。
なんて事だ、巨大な重力で周りの空間が歪んでいるぞ。
「カリン、まさか前に言っていた魔術を使うつもりなのか」
「そうよ。ユヅキに教えてもらった、世界最大の魔術よ」
◇
◇
「ねえ、ねえ、ユヅキ。ハルミナが作る水の爆弾より、もっとすごいのは無いの?」
「お前も負けず嫌いだな。あれよりもっと強力なものか……。そうだな、できるかどうか分からんが水の爆弾をギュッと小さくするんだ」
「小さく? どれぐらい小さくするの」
「両手を広げた球を、大麦の1粒くらいまで小さくだ」
「そんなに小さく! 小さくするとどうなるの」
「するとな、中心に炎が灯るんだ。小さな炎だがこの世界のどんな物でも焼き尽くし、溶かしてしまうほどの炎だ」
「どんな物でも焼き尽くす……世界一の火魔法なんだね」
「ああ、原子の火だ」
◇
◇
さらにカリンが魔力を注ぎ込む。
ツインテールの髪留めがちぎれて、帯電したように金色の長い髪が広がった。毛先からも魔力が放出されているのか金髪が光り輝いている。
「潰れろ~!!」
両手に持っていた杖をクロスさせると、カリンが放出する魔力に耐えられなかったのか赤い魔石が砕け散る。重力魔法によりさらに小さく縮められた空間は限界に達する。
その黒く歪んだ空間の中心に光が灯る。核融合による原子の火だ。
その光は一気に広がり白く輝く球体となり、小さな太陽がこの地上に誕生した。中心温度1600万度の光の塊。それが町1つ分の大きさまで広がり、迫りくる帝国軍に向かってゆっくりと落ちていく。
こんな炎に対抗できるものなど、この世界のどこにもない。すべての物質は溶けて蒸発し原子に帰る。
押し寄せる帝国兵と共に大地をえぐり溶かす。岩は町1つ分以上の球の形で溶けだし、溶岩となり周囲にあふれ出す。直下の溶岩は蒸発し、その熱波は遠くの森をも広範囲に焼き尽くす。
「カリン! 大丈夫か!!」
魔力を使い果たしたカリンがゆっくりと後ろに倒れていく。カリンが倒れ込む前に抱きかかえて、俺は坂を転がり落ちていく。
俺の後ろでは光球が輝き続け、徐々に降下していった。
◇
◇
「おい、あれは何だ」
「ユヅキさんが戦っている帝都の付近ね」
「あんな強い光、見たことありませんよ。カリンの光魔法ですかね」
「チセ姉さま、私上空から見てきます」
「うおっぉ! 何だこの光は」
「皇帝陛下! お下がりください。あれは人族の魔女が放った大魔術です」
「我らの軍が消滅しただと……1万以上の軍勢だぞ。たったひとりの魔女の魔術で全軍が壊滅したと言うのか……」
「メロウ師団長。私が先に帝都に向かって、あの光の正体を見てきますわ」
「メルフィル殿、了解した。前面の帝国軍はいなくなった。我らも急ぎ帝都へ進軍する」
「ええ、お願いします。これが魔術だと言うならカリンね。いったいどんな魔術を使ったというの」
「おい、この巨大な魔力はなんだ! 帝都の方向からだ」
「エルフの里、全ての者達よ。この魔力と魔法の推移を観察し、全ての事象を記録せよ」
「これは重力魔法のはずだが、光輝いているぞ。あれだけ離れているのに何という光だ」
「族長、これは一体何なのですか」
「おそらくは究極魔法だ。魔術の極致……皆、見逃すではないぞ」
◇
◇
小さな太陽の光が収縮し消えた。その後には半円球の形をした大穴と、焼け焦げて何もない大地が広がり、その周囲を円形に森が燃えている。だがそのような光景は俺には関係のない事だった。
「カリン! しっかりしろ。カリン!」
目を覚まさず、力なく腕の中にあるカリンの名を俺は叫び続けた。




