第170話 ロケット弾
「おい、例の物はできたのか」
「できてるよ、デテウス大司教様。兵隊さんが持って来てくれた鉱物でやっと完成したよ」
「そうか。後は文献にあった古代の兵器を作ればいいんだな」
「ああ。大戦のときに人族が作ったロケットと言う魔道具。これができれば戦争にも勝てるんだろう」
「そうだ。これまで共和国軍や人族にいいようにやられてきたが、この魔道具があれば勝てる。我ら正教会の力でな」
南部の戦いで敗れ、その後部隊を補充できず、正教会の権力は落ちてきている。北部でも信者の数は減るばかりだ。これではワシの座も危うくなる。
「そっちの方はあんたに任せるよ。俺はこの部屋で新しい薬品を作っているよ」
まあ、こいつにはそれしか取り柄がないからな。皇帝陛下もこの魔道具を気に入ってくれるはずだ。皇帝の力があればワシの復権もたやすい。
◇
◇
撤退する帝国軍を追って3週間。南部地方を出て途中妨害はあったが、それらを排除しつつかなり内陸まで進んできた。帝都までもうすぐだ。
遠くの方で何かが風を切るような音がする。甲高い音……。
「おい、この音は何だ!」
「空からだ!」
俺達から離れた場所に、爆音と共に炎が立ち上がる。
「うわ~、何だ。魔法攻撃か! 防御態勢に入れ」
「いや、違うな。あれは短距離のロケット弾だ。少し後退しよう」
音の方向からすると、帝都から発射された物だな。この場所が狙われたなら、移動した方がいい。
「ユヅキ。さっきのあれは一体何だったの?」
「多分だが、戦車の砲弾のでかい奴だ。帝都からここに撃ち込んだんだろう」
帝国は火薬を作り上げたようだ。そしてすぐにロケット弾を開発……いや、大戦時の兵器を復活させたんだ。よく設計図が残っていたものだな。
「帝都からって、ここまで馬車で1日の距離があるわよ」
「そうだ、それだけの距離を飛んでくる砲弾だ」
しかも爆発して中級魔法程度の破壊力がある。弾頭の中も火薬が詰まっているようだな。馬車で1日……直線距離なら約40km離れた俺達の部隊の近くにまで、ロケット弾を撃ち込んでいる。
帝都には弾道計算ができる奴がいるようだ。不正確ではあるが、ある程度の範囲内に爆撃してくる技術があるのだろう。
「この距離だからな。俺達のような小さな部隊に、正確に当てることはできないはずだ。この戦車でも遠くの相手に砲弾を当てるのは難しいからな」
「確かにな。照準があっても遠くの敵を狙うのは難しいものだ」
電子制御の精密な誘導ができる訳じゃない。だが俺達の小さな部隊に命中させる精度はなくても、北部の大部隊に対してなら被害を与える事はできる。
「アイシャ達が危ないんじゃないの!」
「ああ、そうだな。俺達が先に帝都に行って、ロケット弾の発射を阻止しないといけないな」
このまま帝都を南北から包囲すれば、和平交渉もできるかと思っていたが、そうもいかないようだな。
「オリビアさん、北部の部隊はどのあたりまで侵攻しているか分かるか」
「一昨日の情報ですと、帝都まで東部の共和国軍が馬車で2日半、西部の部隊が3日の距離まで来ています」
北部の2つに分かれている部隊が、それぞれ帝都に近づいて来ている。もうロケット弾の射程に入っている可能性があるな。
「まずは、北部の部隊にロケット弾の事を知らせて、これ以上帝都に近づかないようにしてもらおう」
「ですが、今から知らせても、馬でも2日掛かります」
「キイエに行ってもらうよ」
南部地方を出て、俺達と一緒に来てくれたキイエをアイシャの元に飛ばせば、半日も掛からずに連絡できる。
「俺達もあまり帝都に近づかずに、ここで対策を練ろう」
「この先に小高い山々が連なっています。その裏側ならさっきの攻撃も避けられるんじゃないでしょうか」
確かにオリビアさんの言うように、山陰なら直接狙われんか。その山脈の峠道を越えてしまうと、平原と森が続き帝都を視界に入れることもできるが、ロケット弾に狙われる危険もあるな。
「でもそんな遠くからじゃ、さっきのロケット弾だっけ、それを壊すこともできないじゃん」
「そうだな、カリン。あの兵器を破壊するには空爆しかないだろうな」
北部部隊には、俺が作った飛行機をはじめとする航空戦力がある。ロケット弾の射程外から飛び立ち空爆することは可能だ。
問題はどこを攻撃すればいいか、分からない事だ。長時間帝都の上空にいると、攻撃を受けて墜落する可能性が高くなってくる。
「帝都内に潜入しているノインと、連絡が取れればいいのですが」
オリビアさんの仲間のノインさんとは定期的にデンデン貝などで連絡できるが、最近は帝都の外に出るのも難しいようだ。
「魔波通信機を使おう。4ヶ所ほど中継すれば、ここまで声が届くだろう」
帝都内にいるノインさんも通信機を持っている。通信距離は半径10km程だが、受信の貝と送信の貝をくっ付けて中継すれば距離を延ばせる。
「だが、帝都の周りは兵でいっぱいだぞ。ユヅキ、どうやってその中継器を置いていく」
タティナが心配そうに聞いてくるが大丈夫だ。
「中継器は地面でも木の上でも置けば役目を果たす。夜、キイエに空から落としてもらおう」
2つの魔波通信機を重ねて中継器を作り、落としても壊れないようパラシュートを付けてキイエに持たせる。
キイエには両手両足に中継器を持たせて、順番に落としながら帝都に行くように指示する。キイエは爆弾を落とす事などはよく理解してくれる。
「その後キイエは、帝都を越えてアイシャの元まで行ってくれ」
夜、小さなキイエなら帝都を越え北に向かっても見つからないだろう。
「キーエ」
一声鳴いてキイエは飛んで行った。単眼鏡でキイエの様子を見たが、ちゃんと中継器を落としながら帝都へと向かってくれたようだ。




