表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
337/352

第164話 南部戦線2

「衛生兵、こっちの負傷者を大至急診てくれ」

「た、助けてくれ。足が、足が」

「こっちは手術用のテントへ」

「誰か手の空いた者は、ベッドの用意を」


 魔力切れを起こしたカリンと共に帰ってきた駐屯地は、怪我人が多数横たわる野戦病院と化していた。

 人族だけでなく戦闘に参加していた獣人も多く負傷し、床に寝かされている。軍医や看護師が走り回り、重傷者から順に治療を行なっているが全然足りていない状態だな。



「ユヅキ! お前頭を怪我してるじゃないか」

「不時着時に頭を切っただけだ、血ももう止まっている。それよりもタティナ、カリンが魔力切れを起こした。ベッドで寝かせてやってくれ」

「ユヅキさん、ユヅキさん。あの子達が怪我して……。血が全然止まらないんです」


 ハルミナが受け持っていた若い魔術師部隊にも、魔法攻撃の直撃を受けて5人怪我人が出ている。中には片腕を失くした子もいると言う。そちらは軍医の手術を受けているが他にも重傷者がいる。


「これは傷が深いな」


 ふくらはぎの辺りに深い傷があり血が止まらないと言っている。太い血管が傷ついているようだ。血止めの応急処置をし、医師の手術を待っているそうだが、これでは間に合わないかもしれない。


「手術道具はあるか? 血管を縫合しないと出血し続けてしまうぞ」


 このテントには看護師が8人いて、怪我人の手当てをしている。ひとりの看護師が手術道具1セットをトレイに入れて持ってきてくれた。ちゃんと麻酔の注射器や医療用の針と糸もある。


「ここで手術をするのですか」

「医師は足りていないのだろう。俺がやる。手伝ってくれ」


 怪我人を清潔なベッドに移して、看護師に局部麻酔を打ってもらう。足の根元を縛り上げて、一時的に血流を止める。

 血をふき取り傷口を広げると太い血管の一部が切れて開いていた。


 細かな縫合になるが、やらねばこの子の命が危ない。幸い道具は揃っている。傷口をライトで照らして、一番細い針と糸で血管の表面を縫い合わせていく。

 さすが人族の医療器具だ、前の世界と同じような物がそろっている。湾曲した針が何種類もあり、糸もしっかりとした物だ。これなら縫合もやり易い。


「ハルミナ、この患部に直接光魔法を当てろ」

「は、はい」


 血管を縫い合わせた後、足の根元を縛っていた布を少し緩めてもらう。周りから血は滲んでいるが、縫合した太い血管の中を血液が流れているようだな。


「よし、傷口の縫合をするぞ」


 傷口もうまく縫い合わすことができた。人族の技術と光魔法による治療、これなら治りも早くなる。


「よく頑張ったな。傷は痛むだろうがゆっくり休めば良くなるからな」


 魔術師の子供の頭を撫でてやる。ハルミナが泣きながらも光魔法を当てたり、包帯を巻いたりしている。


「すみません、こちらの怪我人も見てあげてください」


 近くに寝ている獣人の元へ行くと、背中に大きな傷を受けていて危ない状態だ。だが太い血管に損傷はなく、消毒と傷の縫合さえすれば大丈夫だ。新しい手術用具を持ってきてもらい傷を縫合する。

 他にも軍医の手が回らない怪我人を診て回る。大怪我をした者の治療は終わったようでここも少し落ち着いてきたか。


「人族の医術は進んでいるな」


 手足を切断したような怪我人も、軍医の手術で一命を取り止めている。


「しかし、あなたのように手慣れた医師は少ない。あれほど手早く傷の縫合をするとは。我々だけでは救えなかった命を救ってもらった。ありがとう」


 軍医に礼を言われたが、俺のやっているのは魔獣に襲われて怪我した者達を助けるために得た技術だ。魔法による治療も組み合わせたもので、数はこなしているが純粋な医術ではない。


「ここで怪我した者は、後方に移送されて病院で治療してもらえるんだろうな」

「ああ、ここでは命を繋ぐことが重要なことだ。怖いのは破傷風や感染症だが、君の治療を見せてもらったが完璧だったよ。後は基地の病院に任せればいい」


 ここで治療した怪我人が助かってほしいと願う。しかし今回は魔獣ではなく、人との戦闘による怪我だ。それも俺が立てた作戦によるものだ。



「すまない、俺があんな作戦を進言したばかりに……」

「ユヅキ君のせいではない。数ある策の中から我ら軍部で決定したことだ」


 今回の作戦でも、本隊に帝国軍が攻めてくるシナリオは当然あったそうだ。


「予想よりも敵の判断が早く、君達の帰還が間に合わなくなった」


 戦車が帰ってくる前に、全軍で攻めてくる最悪のシナリオが現実になっただけだと言う。あと半日、帝国軍の行動が遅ければ、事態は変わっていただろうとも言っていた。


「損害はどれぐらい出ているんだ」

「戦車が102両破壊された。君達の部隊は無事帰ってきてくれたが、全体では約5分の1の損失だ」


 そんなにも被害が出たのか。グライダーも攻撃を受けて翼の一部が破損して不時着した。あれではもう飛ぶことはできないだろうな。


「だが君達のお陰で、今回の戦闘は負けずに済んだ」

「今後どうするか、決まっているのか」

「まだ戦闘継続は可能だが、次も同じような総攻撃を受けると難しくなる」


 撤退するか、ここに留まるか本国と相談している最中らしい。


 人族の国力では面による防衛は無理だ。東海岸と西の谷の2ヶ所を防衛するのが一番良いのだが、できなければ人族の国まで撤退し海峡を防衛するほかない。

 現在は後退も可能なように内陸側の平原で陣を構えている。

 俺は悲痛な思いを抱えながらも、司令部を出て自分のテントに戻る。


「俺達獣人はどうなる……」


 少数民族の獣人達も心配なのか、俺のテントまでやって来た。


「撤退する場合は、みんな一緒に人族の国へ行くことを考えてくれている」


 今回の戦闘の前に、東の町の戦えない民間人は既に移動して、サルガス港近くの町に避難している。


「君達獣人がこの地を捨てて人族の国に行くのか、それぞれの部族で考えないといけない。だが見捨てるようなことはしないと人族は約束してくれている」


 その話を聞き少し安心したのか、獣人達は自分達のテントへと帰っていった。

 この獣人達も人族との争いに巻き込まれただけだ。ちゃんと最後まで責任を持たないといけないだろうな。


「カリン、体は大丈夫か」

「ええ、今日1日休んでいれば起き上がれるわ」

「タティナもハルミナもよく頑張ってくれたな」


 ハルミナは自分が魔術師部隊についていたのに、子供達を守れなかったと泣いている。ふたりに怪我はないようだが、一緒に戦っていた人達に戦死者も出ている。

 戦車部隊にも多くの被害が出て、一緒に東の町を解放してくれた第08小隊の連中も戦死してしまった。若い連中の事を思う、気のいい奴らだったのに……。


「俺のせいだ……」

「ユヅキ、お前はよくやっている。戦場というのはこんなものだ」


 タティナが慰めてくれたが、俺があんな無茶な作戦を考えたからだ。今、帝国軍は引いてミアプラの町近くにいるようだが、いつ攻撃してくるか分からない。これ以上の被害は出したくない。


 だが俺ひとりの力で何とかなるものではない。だからといって、俺達だけがここから脱出しようという気も起こらない。


「本当に帰れなくなるかもしれないな。アイシャ、すまない」


 俺は夜空を見上げながら呟いた。



 本国の首相官邸と、サルガス港の総司令官が検討した結果、俺達はここで帝国軍と対峙することとなった。現在、怪我人と南部地方に住む獣人達を人族の国へ船で輸送しているそうだ。それが完了するまでこの地で帝国軍を抑える方針だ。


「俺達の家族や住民を全て、人族の国が受け入れてくれるのか?」

「そうだ。その間地形を利用しながら帝国軍の侵攻を抑えて、俺達も後退する」


 いかに兵力を温存して後退するか、これは難しい作戦になる。

 ここ数日間は、帝国軍と睨み合った状態だが、帝国に補給が入り兵士が増強されるとこちらが不利になる。


「攻撃して少しでも敵の数を減らした方がいいんじゃないの」


 確かに攻撃は最大の防御とは言うが、今は下手に動く事はできない。


「カリン。それは港に戻ってからになるはずだ」


 全体の状況を見て、いつ攻撃するかの判断は司令部が行なう。ここに留まり時間を稼ぐ事が今は最善と判断したのだろう。

 平原の向こうに見える森の先にあるミアプラの町、そこに陣を敷いている帝国軍はまだ2000を超える兵士が集結していると言う。


「なんとしてもみんなを守らないとな……」


 すると遠くで俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。誰だ?


「キ~ェ」


 どこだ?


「キ~~エ」


 今度ははっきりと聞こえた。


「キイエじゃないか! いったいどうしてこんな所にいるんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ