第153話 港奪還
「お、おい、あれは……ド、ドラゴンだ! 逃げろ! 白いドラゴンが来るぞ!」
「バカな! 人族の国にはドラゴンがいないんじゃなかったのか!」
「敵襲! 敵襲だ!」
人族の港を占拠していた帝国兵が、逃げ惑い混乱する。遠くではあるが、空高くを飛ぶもの。そのような事ができるのは、この世でドラゴンしかいない。
幼い頃から絵本などで読み聞かされてきた、最強種族のドラゴン族。勇者でしか倒す事のできない存在。
伝説のドラゴンの姿を見た者はほとんどいない。しかし村に飛来したドラゴンの目撃情報や、冒険者が発見した巣など、大陸中でその存在は確かなものと認識されている。
遥か昔、僅か10体ほどのドラゴンにより、大陸に住む種族を滅ぼしかけた最恐最悪の神にも近い存在。
この地はドラゴンが住むと言われる人族の国。その守護神と呼ばれるドラゴンの飛ぶ姿を目にした人々の恐怖は計り知れない。無断でこの国に足を踏み入れた全ての者達を、恐怖のどん底へと落とし入れる。
無謀にもそのドラゴンに戦いを挑もうとする帝国兵達。だが遥か上空を飛ぶその生物に有効な攻撃手段は無く、届かぬ矢や魔法を撃ち立ち尽くすのみである。そしてドラゴンからの攻撃が始まった。
「ねえ、ユヅキ。あの兵隊がいっぱい居る所を狙えばいいのかな」
「ああ、できれば倉庫はそのままがいいな。それと船は壊さないようにしてくれよ」
ここは350年前の大戦時には人族の軍港として使われ、大陸へ渡るための多くの軍艦が停泊していた場所。
今は帝国軍が港を占領して、所狭しと帝国の船が停泊している。既に海峡の渦潮は復活しており、この港から大陸へ出港する事はできない時間帯になっている。
大陸から補給物資の船が到着して、その積み荷を倉庫へと運んでいるのは、兵ではなく攻撃手段を持たない獣人達。その者達は空を見て逃げ惑う。
襲撃など予想もしていない帝国軍の部隊は逃げ惑う人々で混乱し、攻撃らしい攻撃もできないまま空を見上げている。軍が集結する駐屯地への爆弾の投下とカリンの魔法攻撃を行なった後、旋回し何度も港の上空を飛行する。
グライダーからの攻撃で、港を占領していた帝国軍を徹底的に壊滅させる。
大きな白い翼を持ったものが飛び去った後には動く人影もなく、爆発による煙だけが立ち昇っていた。
「司令長官。グライダー機、帰還。港の強襲に成功、駐屯地を壊滅したとの報告が入りました」
「海洋族に連絡。帝国の船の占拠と、港の監視を依頼してくれ」
「了解しました」
「全部隊は旧トサワの市街地を攻略後、旧リフイの町に向かうように伝えてくれ。グライダー機はパイロットを交代させ、補給が済み次第、旧リフイの町への爆撃を指示するように」
帝国軍は人族の港に上陸し首都へ向かった際、人のいない市街地から攻撃を受けた。一部の部隊はその町に送り出され駐屯している。
敵主力を首都決戦で打ち破った人族の軍は、分散し留まっている帝国軍を各個撃破しつつ、全軍で北端の港へと向かう。
「ユヅキ。首都での戦いに勝ったのに、なんだかバタバタしてるのね」
「大陸南端のサルガス港に帝国軍の本隊がいる。4千から5千の兵がいるそうだ」
「え~、まだそんなにいるの~」
人族の国を守るためには海峡を防衛する事になるが、今回のように大量の兵が海峡を渡り、上陸されると打つ手は限られる。そのため大陸側に緩衝地帯を設ける事が、今後の目標となった。
「だから、できるだけ早くこちら側の港に集結して、大陸側を強襲するんだ」
こちら側の情報が漏れる前に奇襲攻撃する必要がある。まともにやり合って帝国に勝てるはずがないからな。
「でも向こうに5千人の兵隊がいるんでしょう。簡単にいくの」
「簡単にいく訳ないだろう! 人族の戦力はたった1250なんだぞ」
既に軍の半数以上が失われている。首都決戦でも犠牲が出ている。こんな少ない兵力で今後も戦わなければならない。一度でも戦いに敗れれば人族自体が滅亡する可能性もある。
「この戦争は綱渡りだ。一つ間違えると完全敗北する。だからこの国から出ようと言ったんだ」
「でもでも、ここはユヅキの国だよ。帝国の軍隊が侵攻してきたら戦わないとだめじゃん。悪いのは帝国なんでしょう」
「そうだな……悪かったよ、カリン。お前はちゃんと考えて俺のために戦おうとしてくれたんだな。ありがとな」
少し声を荒げてしまったようだ。
俺はこんな危機的状況から家族を守るために脱出しようとしたが、理不尽なことに立ち向かうのも大事な事かもしれない。カリンは前からそういう、正義感の強い奴だったな。
俺は少し冷静になり、カリンに言葉を掛ける。
「乗り掛かった舟だ、俺も一緒に戦おう。だが最後の最後はお前達の命が一番だ。そのときはこの国を見捨ててでも脱出するぞ」
「うん、分かった」
今は軍の活躍を見て、首都からの物資搬入や軍の手伝いをしてくれる市民もいる。魔術師部隊に入りたいと言う子供までいるようだ。首都決戦で帝国を裏切った獣人800人は、傭兵という形で人族の部隊へ編入される事になった。
海洋族も協力してくれるそうだ。帝国が各港から無断で人を乗せて船を出し、サルガス港に集結したのは、領海侵犯したことになる。帝国は人族と海洋族の両方を敵に回してしまった。
今回海洋族は、中立ではなく人族に肩入れするようだ。人族に滅んでもらっては困るようで、全面協力ではないが多少の手助けは良いと、王族から指示が出たようだ。
ナミディアさんも西の入り江から離れて港の方へ行くと言っていたな。
人族の部隊は首都決戦の3日後には港に集結していた。総司令部もここに移動し大陸への奇襲の準備に入る。ここからは時間勝負だ。
この港は帝国軍が補給基地としていたので、倉庫には食料や物資が沢山ため込まれている。人族の最前線基地として利用できる。
「ここにいるのは、帝国兵の捕虜だけか? 捕らえられた獣人がどこにいるか知らないか」
「それなら、この先の倉庫に集められているぞ」
港空爆の後、この港の船は海洋族の人達で占拠し逃げられないようにしている。
獣人達は帝国兵に命令されて、荷物の運搬をしていただけのようで、捕虜とは別の倉庫に集められていた。
倉庫には猫族や犬族その他の少数民族の者達が大勢いた。帝国軍に占領された南部地方の町や村から、無理やりここに連れてこられた者達だ。
「おい、みんな。大丈夫だったか!」
帝国を裏切って俺達と一緒について来た獣人達が、みんなに声を掛けて回る。
「あんたら、なんで人族と一緒にこんな所にいるんだ」
「俺達は帝国を裏切って人族の側に付く事を決めた。お前達も協力してくれないか」
俺もここにいる皆に協力してくれるように頼む。敵国で、しかもあの伝説にある人族は恐いらしいが、俺は馴染みのある冒険者ということで話しやすいようだ。
少数民族の人達は口々に自分達の村や町を助けてほしいと言う。
対岸にあるサルガス港の様子を詳しく聞くと、帝都から派遣されてきた帝国兵を含め4500人程が集結しているという。
「人族は今からサルガスの港に攻め込む。俺達獣人も一緒に海峡を渡り、対岸にいる仲間を助ける」
「それは俺達山ヤギ族もか」
「当たり前だ。南部地方に住む獣人全てだ」
ここにいるのは猫族や犬族が多いが、その他の種族も帝国に迫害を受けている。猫族と犬族も元々仲が悪かったそうだが、関係なく南部地方の解放のため戦うと言ってくれる。
「帝国兵とお前達は、別の場所にいるのか」
「昼間は、駐屯地やら港に一緒にいるが、夜は別のところで眠っている」
「その場所を詳しく教えてくれるか」
聞くと毎日1回、こちらの港へ荷を運ぶ仕事をさせられているらしい。
150人程の獣人が駐屯地近くで寝泊まりしているという。戦う事のできない女や子供が多いそうだ。
「頼む、俺達の仲間を助けてくれ」
「ああ、そのためにも知っていることを教えてくれるか」




