第151話 首都決戦前夜
「カリン。ユヅキを船に置いて来て良かったのか」
「ええ、私がいなくてもアイシャの子供達にはユヅキは必要だわ。ちゃんと帰してあげないと」
そうよ、ユヅキだけでも村に……。
「カリン、あなた死ぬ気じゃないでしょうね。わたしはエルフの里にちゃんと帰るのよ。今はあの子達が心配でちょっと見に来ただけなんだからね」
「分かっているわよ、ハルミナが帰る道は私が作るわ。さあ、戦場に向かうわよ」
「おい、カリン。そっちは北だ。戦場はこっちだぞ」
へっ、そうなの? まあ、いいわ。軍議に出ていたタティナなら、戦場となる場所をよく知っているはず。タティナについて行けば間違いないわね。
「戦場は首都の北側、大きく広がる平原だ」
タティナによると、人数の多い帝国軍はその平原に陣を敷くと予想されているそうね。その対面、左右を森と岩場に囲まれた狭い場所に人族が陣を敷くのだと言う。
馬を走らせその場所に行くと、既に人族の戦車部隊が3列横隊の隊形で並んでいた。草むらに隠れながら様子を覗うと、人族から一番遠い場所に帝国軍の部隊も集結しつつある。
「タティナ、このまま人族と合流した方がいいかしら」
「あたい達が単に軍に加わっただけでは、人族の不利は覆せないだろうな」
ユヅキもそんな事言ってたわね。起死回生の一手が無いと勝利は難しいと。
「ねえ、ねえ。それじゃあ、別の場所から意表を突いた攻撃をすればいいんじゃないの」
「そうね。ハルミナの言うように、もう少し帝国軍に近づいて大魔法を撃ち込みましょう。今ならまだ兵隊も集まっていないわ」
「おい、おい。そんなことしたら、帝国軍が攻め込んで来るぞ。今いるあの大兵力をアタイ達だけで倒せないぞ」
「じゃあ、どうするのよ。兵が集まる前に数を減らした方がいいじゃん」
私が大魔術を連発すれば、千や2千の兵隊ぐらい倒せるんじゃないの。そう言うとまたタティナが反対してきた。
「敵も魔法防御はしているからな。単純な魔法戦では勝てないぞ」
「そうよ。カリンはどうしていつも、そんな力押しの事しか言えないのかしら」
「じゃあハルミナならどうするのよ」
「そ、そうね。前と後ろから挟み撃ちにするとか?」
「どうやって敵の後ろまで行くのよ。それこそ死んじゃうわよ」
そんな言い合いをしていたら、後ろの藪がガサガサと音を立てる。誰!! 帝国兵!?
「カリン、お前は相変わらず無茶な事ばかりするな」
「ユヅキ! 来てくれたの~」
やっぱり私が心配でここまで……じゃないわ!
「あなたは村に帰らないとダメなのよ」
「俺は必ず帰るさ。カリン、それはお前と一緒じゃないとダメなんだよ」
「ユヅキ……」
うんうん、やっぱりユヅキは私を愛しているのね。仕方ないわね、ユヅキは私がいないとすぐ寂しがるし、一緒に居てあげるわ。
「ここにいたら、帝国兵に見つかる。この先の森の中に身を潜めるぞ」
もう辺りは暗くなってきている。今日、戦闘が始まる事はないわね。馬を連れてユヅキの言う森の方へと向かう。
「タティナ、ここで野営をしてくれ。帝国軍に見つからないように注意してくれよ」
「ユヅキはどうするんだ」
「俺は今から人族の陣へ向かい、軍司令部と相談してくる。馬に鳴かれたら見つかる可能性があるから連れていくぞ」
そう言って、ユヅキは私達の馬を連れて人族がいる方へと向かった。
「やっぱり、ユヅキさんって頼りになりますよね」
「そうでしょう、私の旦那様ですもの。それよりタティナ、帝国兵ってそんなに強いの」
「王国は魔術師が主力だが、帝国は前衛の剣士や騎士、それと騎馬が優れているな」
そう言えば武闘大会で戦ったリザードマンは、皆剣士だったわ。接近戦は注意しないとダメってことね。
「それに狡猾だ。サルガス港の戦いでは人族を罠にはめて全滅させている」
「あの戦車を使ってもダメってこと!」
「いや、そうでもないさ。だからユヅキが連携をとるため打ち合わせに行ったんだ。地の利はこちらにあるからな」
そう言えばそうね。この国には魔獣がいないのに、平原の向こうにある帝国軍の陣は煌々と焚火を焚いているわ。敵の位置や数が分かり易くて助かるわね。
しばらくすると人族の居る南の方から、魔法の光が微かに点滅した。
「あれは、ユヅキだわ。こっちからも合図するわね」
小さな光を手に灯して左右に振る。しばらくするとユヅキが徒歩で私達の所にやって来て、私とハルミナに水の爆弾を作るように言っている。明日以降の戦いに今から備えておくのね。
「は~い、わたし水の爆弾作るの得意よ」
「魔力回復できる程度でいいからな。カリンも頼むよ」
「任せなさい」
私だってひとりで爆弾を作れるようになっているんだからね。
「カリン、お前毛布も持たずに船から飛び出しただろう。ほれ、借りてきた毛布だ。夜は冷えるからな、暖かくしていろよ」
う~ん、ユヅキは優しいわね。他のみんなにも毛布を配る。私は爆弾を作った後、ユヅキの傍でゆっくりと眠った。
夜が明け、帝国軍は徐々に数を増やしているようね。
「カリン。多分だが、朝のうちに帝国兵が偵察のためこの森にやって来る」
私達のいる場所は、戦場になる平原の横の森。ユヅキが言うには、帝国軍も側面からの攻撃に注意を払い、この森の偵察をするだろうと言っている。
「でも、ユヅキ。木の陰ぐらいしか隠れる所が無いわよ」
「帝国軍が探しているのは、戦いに影響のある戦車や大きな部隊だ。4人しかいない俺達が見つかる事はまずない」
なるほど。周囲を警戒して、木陰に隠れていればやり過ごせると言う事ね。すると馬に乗った帝国兵士5人が近くを走り抜けていった。バカな奴らだわ、魔獣にも警戒しながら走っている。これなら私達が見つかる事はないわね。
「ユヅキ、何を作っている?」
「タティナ、これか? 俺達が敵陣に突撃するための木の車だ」
何やら木の枝を切っていると思ったら、私達が攻撃する時に使う道具を作っているようね。
戦闘が始まれば、私達は敵の側面から陣の中央へと突撃して攻撃する。もちろん風の靴を使って高速移動するんだけど、4人がまとまって走れるような車を作っているようね。
車と言っても、中央の縦棒に2本の横棒を取り付けて座るだけの簡単な物。側面は弓矢避けの木の盾を取り付けているから、見た目車と言えなくもないけど。
「面白いわね。それを使って敵のど真ん中に殴り込みに行くのね」
「そんなことして大丈夫なんですか。わたしまだ死にたくないですよ~」
ハルミナは弱気になっているけど、私とユヅキが居るのよ。あんな帝国兵に負ける訳ないわよ。
昼間の敵陣の様子を見たけど、今日のところは攻め込んでくる気配はないわね。さて私は水の爆弾でも作ってユヅキを助けてあげましょう。




