第148話 脱出準備
いよいよ、帝国との戦争が現実的なものとなってきた。俺はイザールの市長に呼ばれ市長室に向かう。テーブルを挟み、目の前にはハルト市長と軍部の人がふたり座っていた。
「ユヅキ君、数日後には帝国との戦争が始まるようだ」
市長が静かに語る。
「君はまだ国内にいても大丈夫なのかね」
「海洋族からの情報では対岸のサルガス港に帝国兵がいて、通過するのは危険だそうだ。もう少しこの国に居ようと思う」
「グライダーのパイロットや、魔術師部隊の養成をしてくれてありがとう」
軍部の人が、申し訳なさそうに話しかける。民間人である俺に、軍務を任せてしまって心苦しいのだろう。
「魔術師候補生たちは、戦うことができるだろうか」
「中級魔法をなんとか使える程度にはなった。だが防御が甘く、実戦で前面に出て戦うのは無理だな」
「ユヅキ君は、どのような戦い方ならできると考えているのかな」
「守られた区域からの長距離魔法による攻撃なら可能だ。拠点防衛といった任務になら就くことができる」
カリンのように臨機応変の攻撃や防御は無理だ。この町の防衛のみ、又は戦車の後ろに隠れながらの攻撃なら大丈夫だ。
「グライダーパイロットの方はどんな状況だね」
「ふたりのパイロットに対して操縦技術は教え込んでいる。爆弾の投下訓練もできているが、敵の攻撃を避けるため高高度からの投下となる。その分、爆弾の命中精度は低くなる」
「夜間飛行訓練はできているのだろうか」
「地上の光を目印に飛行することは可能だが、目標となる光がない場合は墜落の危険性があるな」
計器類が一切ないグライダーだ。常に目視での飛行となり夜間は危険だ。着陸する際も、滑走路に充分な明かりを灯すように助言しておいた。
「分かった。今までありがとう」
「あの子供達も戦わせるのか」
「私達は皆の故郷であるこの町を守りたい。だが人数的に厳しい現状だ。戦力となるなら戦ってもらう他ない」
「国防軍と一緒に戦うことはできないのか」
「国は大陸への進出を計画している。明日にでも港に向かって兵を送るようだ。その中に組み込まれる訳にはいかない」
確かに大陸進出は無謀にも思える。だからと言ってここで守っても同じじゃないか。
「帝国兵が攻めてくるとすれば数千の数だろう。あなた達だけで守り切れるとは思えない」
「もしこの町に、そのような大群が来れば首都まで撤退する用意はある。既に住民の避難は済んでいる。だが分隊程度なら我々でも防げる。無駄死にはしないようにするさ」
撤退することも考えているなら大丈夫か。
「分かった、だが俺は戦争自体に参加するつもりはない」
「当然だ、それは我ら軍人の仕事だからな。君は国外に出る事だけを考えてくれればいい」
軍人らしい物言いで、俺の戦争不参加を了承してくれた。
「ユヅキ君、今まで協力してくれてありがとう」
俺は市長と握手して別れた。やはり戦争は避けられんか……。
宿泊施設に戻り、みんなと今後の事を相談する。
「数日後には帝国との戦いが始まるようだ。俺達は脱出の準備をしよう」
「ねえ、ねえ。そんなに緊迫しているの?」
「この先どうなるか分からんが、ここも戦場になる可能性がある。ハルミナが教えていた魔術師候補の子供達も、イザールの町へ帰って行っただろう。ここも危険になるんだ」
この宿泊施設の職員も食料などを置いて避難している。後10日程はここに残る事もできるが、危ない事に変わりはない。
「ユヅキ、敵の兵力はどのぐらいか分かるか」
「対岸のサルガス港付近に約3000。そこに大量の船舶と増援が到着したようだ。約4000の兵が人族の国へ攻め込んで来る可能性がある」
それ以外にも帝都からの増援部隊も確認されている。当初の予測よりも大規模な軍隊を派遣しているようだな。
「私達が渡って来たあの海峡を、帝国が簡単に越えられないと思うんだけど。通過した後、すぐに渦潮ができていたじゃない」
「確かにそうだが、帝国軍は多くの船を用意しているようだ。大量の兵士をこちらに送り込むつもりだろう」
帝国は相当な準備をしてこの国に戦いを挑もうとしている。生半可な対応策では簡単に攻め落とされる。
「そうなると、この国はどうなるのよ。滅んじゃうの」
「まずは港が戦場になる。その勝敗次第だが、ここが戦場になる事もある。その後の事はこの国の者に任せるしかない」
「ユヅキはそれでいいの。あなたの国が無くなるかも知れないのよ」
「俺はお前達の事が大事だ。もし何かあったら村に残してきたアイシャになんと言ったらいいんだ……」
俺と同じ人族が住むこの国の事を考えてくれるカリン達を、なんとか説得して納得してもらった。ハルミナは育てた魔術師部隊の事を気にしていたが、この戦いに志願したその気持ちを尊重するしかない。
翌日、街道沿いを戦車と兵士が港に向かうのを見た。何百もの車輛が走って行く。いよいよ戦争が始まってしまう。
◇
◇
「おい、司令部へ伝令だ。帝国が船で海峡を渡っている」
「何隻だ」
「前方の2隻のみ海峡を通過。その他後方の30隻以上が渦潮に呑まれて転覆している」
その一報を受け司令部では、今後の作戦を決定する会議が行なわれた。
「海峡の渦潮に追われて、港に近づいた2隻の兵士を捕らえたそうだな」
「1隻は兵士ではなく、漁師だそうだ。通常なら海洋族が水先案内をするが、協力が得られなかったようだな」
「それで上陸船のほとんどを海に沈めたとは、浅はかな事だ」
その船には3000人程の兵士が乗り込んでいたと言う。それらが一瞬で海の藻屑となり、死体すら流れ着かない。
「これで我らの勝利は確実なものとなった。予定では明後日出撃予定だった上陸部隊を、明日出撃させよう」
「上陸用戦車300輌と戦艦が2艦、準備は整っています」
総勢740名による、大陸の上陸作戦が開始される。




