第146話 魔法講習
グライダーが完成した翌日、イザール市長から魔法の事について教えてほしいと連絡を受けた。魔法と言うのならカリン達と一緒の方がいいな。みんなで庁舎の市長室へと向かった。
「ユヅキ君が魔法を教えたという子供を見せてもらった。私達人族に魔法が使えるのなら軍事利用したい」
今は戦争直前だ。どんな事でも軍事として使おうとするのは仕方ないか。本当はもっと夢のある話なのだがな。
このイザール市には約300人の軍人がいるそうだ。そのうち前線へ赴く兵士に対し、魔法の伝授を依頼された。
魔法の事ならハルミナとタティナの両エルフ族の方が専門家だ。ふたりにお願いして、魔法の講習会を開いてもらう事にした。
カリンは特殊だし、普通の人に魔法を教えるのは無理だな。俺と一緒に帰ってグライダーの習熟飛行をしていた方がいいだろう。
横にいた秘書のエリカさんは、子供が使った魔法を見て興味を持ったようで、今回の講習に参加するそうだ。いつも冷静なエリカさんも、なんだかソワソワしている。魔法が使いたいと願う気持ちはよく分る。
「ユヅキさ~ん。人族の軍人さん、全然魔法使えないんですよ~」
夕方。涙目のハルミナ達が帰って来て、そんな事を言ってきた。
「全然って、ひとりもか?」
「200人近くいたんだがな、ひとりだけが使えて後は全然使えなかったよ」
一緒に魔法を教えていたタティナもあきれたように言う。
講習会形式でハルミナがみんなに丁寧に教えたそうだが、そのひとり以外、魔法が全く使えず落胆して帰ったと言う。
属性や魔力量の違いはあるだろうが、全く使えないとは俺も予想してなかった。
「魔法が使えたひとりというのは、どんな人だったんだ」
「それがね、戦う人じゃなくて、勉強中の若い女の子なの。だからダメなんだって」
学生さんか? そういえば俺も教えたのは5歳の子供だ。もしかしたら年齢が高くなると使えなくなるのか? すると秘書のエリカさんも使えず、残念がっているだろうな。
前の世界では俺も、いや俺達人類も魔法は使えなかった。それは空気中に魔素が無かったからだ。しかし魔力自体はあったようで、昔から気だとかオーラといった精神的なエネルギーがあるとされていた。その修業方法も伝えられている。
『気力』という言葉やことわざなども残っているくらいだ。昔の人は体内にある魔力を感じ取っていたのだろうな。
だがこの世界の人族は、最初から非科学的なものは教育プログラムに入っていなかったため、350年以上も魔力を使うことをしていない。
今までも魔法攻撃には科学の力で対抗してきている。日常でも魔法を使う必要はないからな……その影響で人々は魔法が使えなくなっているのかも知れないな。
「よし、ハルミナ。明日もう一度行って魔法を教えてみよう」
翌日、ハルミナを連れてイザールの町に行く。
庁舎の人に言って軍関係の人と相談したいと言うと、すぐ部屋に案内してくれた。
「兵士の魔法適性について相談したいのだが」
「昨日の事は聞いています。残念な結果に終わったそうですね」
「そこで、学生さんに同じことをやってみたい。できるだけ年齢の低い人がいいんだが」
魔術師協会が使っている魔力量測定器があれば、魔力の有無や使える属性がすぐに分かるのだが、今は教えて使えるか試すしかない。
「軍関係の学生ですね。16歳から19歳の学生がここで学んでいますが、できるか聞いてみましょう」
学生さんに魔法を教える許可が出た。学生さんを講堂に集めるので、そこで教えてほしいとの事だ。
30人程の生徒がいたがすごく熱い視線で迎えられた。どうも昨日魔法が使えた生徒がいたと噂になっていたようだ。
「皆さんの体の中には魔力があって…」
ハルミナが生徒の前で魔法について丁寧に説明していく。一言も聞き漏らさないように生徒たちは真剣に聞き、そして実践していった。
結果、半数以上の学生が魔法を使えるようになった。ただ年齢による差が大きく16歳まではほぼ使えたが19歳はひとりも使えなかった。使えた生徒は大喜びで、使えなかった生徒は落ち込んでいた。入試の合格発表を見ているようだ。
「魔法も君達の個性の一つだ。使えなかった者もちゃんと光る個性を持っている。それを伸ばしていってもらいたい」
先生みたいなことを言ったが、望んでも魔法が使えなかった者の悲しさはよく分る。あまり落ち込まずにいてほしいものだ。
魔法が使えた者も魔力量や使える属性は様々で、ほとんどが生活魔法程度だが大きな魔力量を持っている生徒もいるようだ。
翌日、学生の中で年長のふたりが俺達の宿泊施設へとやって来た。昨日魔法を教えた18歳の男女の学生だ。
「自分は、シラキ コウジです」
「私は、ツバキ ユキと言います。グライダーのパイロットになるために来ました。よろしくお願いします」
ふたりは敬礼し、俺に挨拶する。なるほどグライダーのパイロットを養成して、兵器として使いたいという事だな。生活魔法が使えれば継続して飛ぶことができるからな。ふたりは操縦技術をここで学びたいと言っている。
「自分達もここに宿泊して、毎日教えていただきますのでよろしくお願いします」
どうもこの宿泊施設は軍の持ち物のようで、訓練兵がここに泊まるための施設のようだ。
ふたりは学生寮からこっちに移って過ごすらしい。俺もいちいちイザールの町まで行かなくていいから助かる。
「そうか、よろしくな。コウジとユキと呼んでいいか」
「はい、よろしくお願いします。ユヅキ教官」
教官かよ、少し照れるじゃないか。このふたりの学生さんは魔法が使える最年長だそうだ。技術的な知識面も教わるだろうからと、基礎学力のあるこの子達が選ばれたらしい。
グライダーの理論的な座学から実際の飛行技術まで、俺が知っている事をふたりに教えていく。
今日は実際にグライダーの組立てをやってもらい、構造を理解してもらおう。
「なるほど、このワイヤーを翼のここまで持ってきてフラップを動作させるんですね」
「それをこの操縦桿に接続して操作するんだ」
「翼や本体表面の膜、この材質は何ですか。白くてすごく薄いのですが」
「それは海の魔物の薄皮だ。操縦席の下にある白い板もクラーケンの骨なんだぞ。その硬い板で君達を守ってくれている」
「魔物が材料なんですか、すごいですね。こんなの初めて見ました」
「よし、組み立てたら滑走路に出してくれ。簡単な飛行訓練をしてみよう」
まず後部座席に乗ってもらい、飛行の感覚を覚えてもらう。その後、俺を後ろに乗せて、実際に操縦してもらおう。
「合図したら、操縦桿を少しだけ引いて離陸してくれ」
滑走路の端から馬で引き、速度が出たところで合図を出す。グライダーは2m浮かび上がって、10秒ほど飛行して着陸した。
「どうだった。初飛行は」
「走っている振動が無くなって、浮かび上がる感覚がすごく良かったです」
「教官。次、私です。私も早く乗ってみたいです」
「よしよし、次はユキだな。しっかり操縦してくれよ」
このふたりなら、すぐにでも大空を飛ぶことができそうだ。俺はその後も、飛行訓練を続けていく。




