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第142話 脱出計画

 翌日、ケンヤからの伝言だとデンデン貝が送られてきた。それによると、西の入り江に船を用意したので使ってほしいと言う事だった。


「カリン。今から西の入り江に船を見に行こう」

「西の入り江? この国に来た時の港とは違うの」

「ここから西に鐘半分行った所に港があるそうだ。そこに俺達の船を用意してくれているらしい」


 タティナとハルミナも一緒に馬に乗って西の入江へと向かう。あまり使われていない細い道で、所々途切れていて分かりにくいが西へと道は続いている。


 程なくすると小さな入り江が見えてきた。その港には、桟橋が1本だけあって船が1隻停泊している。俺達が海峡を渡ってきた船と同じタイプの1本マストで、大きな遊覧船のような船。乗ってきたのより少し新しいか?


「お~い。誰かいるか」


 大きな声で呼びかけると、誰かが甲板に出てきた。あの人は!


「ユヅキ殿。お久しぶりで~す」

「ナミディアさん、なんでここにいるんだ!」


 手を振り満面の笑みでタラップを降りて来るナミディアさんの案内で、俺達は船内の一室に入る。


「実はですね、ユヅキ殿達を無事送り返してほしいと依頼を受けまして、私がその任に就くことになったんです。私、仕事なくて暇してましたから」


 ナミディアさんは軍港のような北の港から、この予備の船を運んできてくれたようだ。


「ねえ、ユヅキ。これで大陸に帰るってこと?」

「ああ、そのつもりだ」

「この国の人達をこのまま放っておいていいの」

「後で何と言われようと、俺はお前達の安全を優先したいからな」


 この国と帝国の戦争はもう止めようがない。俺は無事カリン達を村に返す事だけを考えればいい。


「ユヅキ殿それなのですが、今帝国各地の港に兵隊が集まっていて近くを通るのも危険なんですよ」


 やはり帝国は戦争の準備を着々と進めているようだな。聞くと帝国内の港全てに兵隊がいるそうだ。各港から大量の船で人族の国へ入るつもりだろうな。


「そこでですね。私達が来た同じルートで帝国を抜けようと思っています」


 海図を見ながらナミディアさんが説明してくれる。

 サルガス港には寄らず、ここから直接帝国南西部にある港から上陸して、山の谷を抜けるルートだ。今は使われていない港だ、帝国兵がいない可能性は高いな。


「ただ内陸の様子は分からないので、どんな危険があるか不明です」

「そんなことしなくても、この船でビュ~ンと共和国まで行けないの?」


 カリンが海図の海岸線から遠い位置を指でなぞりながら言う。


「カリンさん、海岸から離れた場所は大型の魔物が住む、大変危険な場所なんです」


 カリンの奴、何のために航路があると思っているんだ。長い年月、安全な船の通り道を探してきた結果が航路じゃないか。


「この航路が陸地で言う街道なんだ。その周りは魔の森が広がっていると思えばいい。だから使われていない港を過ぎると、次は帝国の港の近くを通過してしまうことになる」

「だがユヅキ、使われていない港から上陸してこの谷を抜けるのは無理じゃないか。今は帝国兵で一杯のはずだ」


 確かにそうだな。南部地方は帝国兵が既に占領していると聞いている。俺達が立ち寄った猫族の町も占領されているはずだ。その先にある谷の一本道を無事越えられるか分からない。


「ねえ、ねえ。帝国兵がいなくなった頃に、この帝国の港付近を通過する事はできないかな」


 なるほどハルミナの言うように、時間差で行く手はある。人族の国を攻撃している最中は帝国の港に兵がいなくなる可能性は高いな。


「ややこしいこと考えずに、この外の海を船で行こうよ。襲ってきた魔物は退治すればいいじゃん」


 カリンはほんとお気楽な奴だな。


「カリンさん、ここに来る前も海上にクラーケンが見えて、慌てて入り江に入ってきたんですよ。岸から遠い所は怖いです」

「クラーケン! あの、でかいイカか! そんなのが実際にいるのか」

「はい。巨大な魔物で、この船よりも大きなイカです!」

「ええっ! そんな大きなイカがいるの。ひとりじゃ食べきれないじゃん」


 カリン、巨大で恐ろしいと言っているんだ。こいつは海の生き物というと食べる事しか頭にないのか。


 何やら甲板の方でドタドタと騒がしい音が聞えて来た。


「ナミディアさん、入り江の外にクラーケンが現れました!!」


 俺達は慌てて甲板に上がり、海上を見る。確かに尖がった頭に何本もの腕がうねうねと動いている魔物が、入り江のすぐ外にいる。


「この入り江は浅いので、中に入ってくることはありません。皆さん安心してください」


 単眼鏡で魔物の様子を見るが、確かに巨大なイカの魔物だ。他のみんなにも見てもらう。


「ユヅキさん、すごいですね。エルフの本で見たことはありますが、実物はもっと大きいです」


 俺も絵でしか見たことがない。この時代の生物は魔素の影響なのか、魔石を得て魔物となると巨大化の方向へと進化するようだな。

 そんな俺達を余所に、タティナが剣を抜いて船から降りようとする。


「タティナ、どうするつもりだ」

「あんなのが入り江の外にいたら船が出せない。倒してくる」

「倒すと言ってもなあ」

「さあ、行くわよ、ユヅキ」


 カリンもかよ……おい、お前、口からよだれが出てるじゃないか。イカ差しを食いに行くんじゃないんだぞ。


「あの、大丈夫なんですか、ユヅキ殿。クラーケンですよ」


 心配してくれているようだが、タティナ達が行くと言うなら仕方ない。俺達が海に出るのを見て海洋族の人達も協力してくれると言っている。


 ハルミナも魔法で支援したいと言うが、巨大な魔物との戦闘は慣れていないだろうな。

 非常用の小さなボートに乗って、海洋族の人に引っ張ってもらい安全な浅瀬の端から攻撃してもらおう。

 俺達は風の靴を使って海上を走って近づく。


「少し試したいものがある」

「なあに、ユヅキ」

「ここの鉄工所で作ってもらったんだが、全て鉄でできた魔道弓用の矢だ」


 砂漠で見たワーム状の巨大モンスター用に作ってもらった特注の矢だ。

 重い鉄製の矢で威力が増しているが、風属性の付与ができない。弓の射程は短くなるが機動力でカバーできるはずだ。


「少し遠いが、早速攻撃してみるか」


 引っ張ってもらっていたカリンの手を離して、海上を走りながら攻撃する。目を狙ったがクラーケンの腕に弾かれた。やはりもっと接近しないと矢は刺さらんか。


 カリン達も魔法攻撃をするが、体表面にまとっている海水で炎や風、水魔法が防がれ、柔らかい体で岩魔法も衝撃が吸収される。そして長い2本の腕の先から炎魔法を放ってくる。


「海の魔物は厄介だな。これほど攻撃が通らんとはな。海洋族が恐れるのも無理はない」


 タティナが腕を切り落とそうと接近する。だがあれだけ巨大なイカだ、腕を振り回すだけで海面が波打ち足場が不安定になる。


「タティナ、援護を頼む。カリン、俺を奴の近くまで風で送り出してくれ」


 カリンの風を受けて高速でクラーケンに接近する。

 近づく俺に向かって振り上げた腕にタティナが斬りかかる。他の腕をハルミナとカリンが両手からの重力魔法で押さえつけ、海洋族も槍を投げ牽制してくれる。


「よし、前が開いた」


 俺は魔道弓で奴の頭付近に鉄の矢を撃ちこむ。


「タティナ、離脱するぞ! カリン、今だ!」

「サンダー ブレーク!!」


 打ち合わせていた通り、俺の撃ちこんだ鉄の矢を目掛けカリンが雷魔法を放つ。凄まじい閃光と轟音が響き渡り、雷がクラーケンの体内を通り足先へと貫く。


 衝撃でクラーケンの体全体が海上に飛び上がり、その巨体をゆっくりと回転させながら後ろ向きに倒れていく。あの巨大な魔物でも体内を流れる電流を防ぐことはできない。大きな波が周りに広がり、その中央にクラーケンが浮かび上がってきた。


 目の間の脳を電気で焼かれたんだろうな、クラーケンはピクリとも動かなかった。 その死骸を海洋族の人達が入り江まで引っ張ってきてくれた。


「ユヅキ殿、怪我はないですか」

「ああ、みんな無事だ」

「しかし、あんな大きなクラーケンを倒すなんて。私、クラーケンが倒れるところ初めて見ました」

「まさか陸上の冒険者があいつを倒すなんて。あんたらすごいな」


 ナミディアさんも海洋族の冒険者も驚いているようだ。確かに強敵ではあったな。


「それよりさ、こいつを焼いて食べましょうよ」

「いや、そいつは食えんぞ」


 クラーケンを運んできた海洋族が言う。


「え~、そうなの!」


 試しに足先を焼いて食べてみたが、アンモニア臭が酷く食えたものではない。カリンは損したと怒っている。


 それでも体内の魔石も大きく、内臓は薬になるらしい。肉も養殖魚の餌になるそうだ。魔石をもらい、内臓と肉は海洋族に渡した。俺は軟骨と皮をもらい、体表面の薄皮をはぎ取り乾燥させる。


「これは使えるぞ」


 前から欲しかった素材になりそうだ。


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