第139話 小さな希望
市長の屋敷に泊まり、今日の昼過ぎにはここを立とうと庭先で馬の支度をしていると、昨日会った女の子が俺の元に駆け寄ってきた。
「おじちゃん。また水玉作って」
「ああ、いいよ。それっ」
小指を弾いて水玉を飛び散らせて遊んでいると、この子のお母さんもこちらにやって来た。
「すみません、また遊んでもらって。それが魔法というものなんですね」
この子から話を聞いたのか、母親も興味深く俺の指から出る魔法の水を見つめる。国外に出た人族はあまりいないからな、母親も魔法を見るのは初めてだろう。
「あのね、わたしその魔法してみたんだけど、できないの」
「お嬢ちゃん、歳はいくつかな?」
片手を広げて俺に見せた。5歳か……俺のように指をパチンと鳴らすのは難しいな。
「親指で小指を押さえて、輪っかを作る事はできるかい」
「こう?」
「そうそう。小指に力を入れて弾いてごらん」
これなら簡単だろう。小さな手ではあるが、ちゃんと指を弾くことができているようだ。
「でもおじちゃんみたいに、水が出ないよ」
適性属性もあるが、まだ魔力を指に集めていないからな。だがこんな小さい子に魔法を教えたことはない。魔力を集めると言っても分からないだろうな……片手ずつやってみるか。
「左の手をギュッと握って、その後に手を広げてごらん」
「こうかな?」
「そうだ、上手いな。次はギュッと握った力を体の中を通して、反対の右手に持ってきて右手をギュッと握る」
左右の手を交互にグッパ、グッパとさせ、体の中で力を左から右、右から左に送るイメージを持たせる。
「上手だね。その力を右手の指に持ってきて、小指の輪っかを弾いてごらん」
「うわっ! 小指から水玉がでてきた」
「あら、すごいわ!! これ、魔法なんですよね!?」
母親も我が子が魔法を使える事をすごく驚き、俺に聞き返してきた。手から地面に落ちる水滴は確かに魔法の水だ。
「この子は、水属性が使えるようだな」
なんだ、人族でも魔法が使えるじゃないか。まだまだ、生活魔法にもならないが、練習すれば水球を飛ばせるようになるはずだ。
「少し練習すれば、もっと上手くなるぞ」
「おじちゃん、ありがとう」
そう言って、覚えたての魔法を何度も発動して遊んでいる。子供というのは、こうやって魔法を覚えていくんだな。
最初驚いていた母親も、子供が嬉しそうに魔法で遊んでいるのを微笑みながら見守る。
母親には魔法属性や魔力切れで動けなくなることも教えて、注意しながら練習すればいいと言っておく。親子は俺に礼を言って屋敷の中に入っていった。
あの子は、この国で初めて魔法を使った人族になるんだな。小さいながらも、この国にも未来への希望があるじゃないか。
さあ、俺達も帰ろう。宿泊施設へと馬を走らせた。
翌日。
「なあ、カリン。重力魔法って、好きな場所で発動できるのか。例えば空中とか」
「できるわよ。光魔法でも空中で炸裂させられるでしょう」
あぁ~、そう言えば魔獣の目の前で光球を発現させて、目くらましできるものな。その裏属性の重力魔法も同じ事ができるというわけだな。
「じゃあ、地面のちょっと上で重力魔法を使って、それを土の球で覆う事はできるか」
「右手と左手を使えばできると思うけど、それでいったい何を作るのよ」
イザール市の模擬戦闘の後に言ってた、改良型の砲弾が俺達で作れないか試してみたい。俺もカリンに教えてもらい、重力魔法を思い通りの場所に撃てるように練習してみる。
「ねえ、なになに。何してるの~」
カリンと重力魔法を地面に撃っていると、ハルミナがニコニコと俺の元にやって来た。
「ほら前にハルミナが言ってた、ボ~ンって爆発する砲弾、あれができないか試していたんだ」
ここに魔弾があれば、それを砲弾の先端に付けて飛ばせばいいんだが、魔弾はチセがいないと作れないからな。俺達だけでできる方法を考えている。これはその前段階だ。
「まずは、圧縮した空気の球を作るんだ」
「圧縮?」
最終的には水素と酸素の混合気体を圧縮するつもりだが、まずは空気を圧縮した土の球を作りたい。
「ほら、ユヅキ。これでいいんじゃない」
空気を重力魔法で圧縮し土魔法で閉じ込め、さらに外から重力魔法で土の球を固める。手の平に乗るサイズの土の球をカリンが作ってくれた。外側は固く中の空気が漏れる事はなさそうだ。
ハンマーと釘を用意して土の球に穴を置けると、中からすごい勢いで圧縮された空気が放出された。うん、うん。上手くいっているじゃないか、さすがカリンだ。
「でもこれ、タイミングがすごく難しいのよね」
左右の手を使っているが、重力魔法、土魔法、また重力魔法と同じ場所に連続して裏属性も使いながらの魔術だ。難易度は高そうだな。
「それじゃ、ハルミナにも手伝ってもらって、ふたりですれば簡単にできるんじゃないか」
ハルミナも強力な重力魔法を使えるからな。
「仕方ないわね。この私が手伝ってあげるわ」
「えぇ~。こんな奴と一緒に作るの~」
「そう言わず、仲良くな。よし次はハルミナが、水の入った土の球を作ってくれるか」
地面の土を魔法で操作して、地中の水分を閉じ込めた土の球を作る。この水から水素と酸素に電気分解するんだが、魔法の水だと魔素に戻っちまう。だから地中に含まれる本物の水を使ってもらった。
さてと、次は電気が必要なんだが。
「カリン、あの水の入った玉の中心に雷魔法を発生させてくれ」
「ええ、いいわよ」
離れた場所に置いた土の球が、ボンッと破裂して水蒸気が立ち昇る。
「これが魔弾の代わりになるの? なんだかショボイわね」
失敗か……これは単なる水蒸気爆発だな。もう一度ハルミナに水の入った土の球を作ってもらう。
「カリン。さっきより強力な雷魔法で、破壊するんじゃなくて中心から外に向けて雷が走るようにしてくれ」
「中心から外に……難しいわね。まあ、やってみるわ」
するとさっきより大きな爆発で水蒸気も出ていない。これは水中で雷を発生させて一気にプラズマ化したものだ。水は水素と酸素の原子に分かれて、周りの電子すら分離したプラズマ状態になる。
「さっきより大きな爆発だったわね」
「いいぞ、その感じだ。ハルミナ、爆発した瞬間にそれを閉じ込める土のドームを作ってくれるか」
「分かったわ、やってみるね」
「じゃあ、頼むぞ。タイミングを合わせてやってくれよ」
カリンが雷魔法で水をプラズマ化して、発生した水素と酸素をハルミナが閉じ込める。人が入れるカマクラのような土のドームができた。この中は水素と酸素で満たされているはずだ。
イザール市の工場長が言っていた。電気分解で水素は作れるが容器に詰める際に、コンプレッサーの火花やちょっとした静電気で爆発事故が多発したと。
俺達は魔法で水素と酸素の混合気体を圧縮させる。
「次にこのドームの中で重力魔法を発生させて、ギュッと小さくなったところを土の球で閉じ込める」
これもふたり一緒にすれば簡単にできるだろう。カリンが重力魔法を使ったとたん、カマクラのようなドームが内側に崩れていった。その瞬間ハルミナが土魔法で球を作り、再度重力魔法で固める。
地面に落ちた土の球は焼き物のような強度がある。中の圧縮された水素と酸素は漏れ出していないようだ。
「ユヅキ、これでいいの? なんだかよく分からないわね」
「ああ、これでできたはずだ。実験してみよう」
できた土の球を遠くに置いて、ハルミナに小さな火魔法を撃ってもらう。
「ハルミナ。あの玉が割れる程度の火魔法を撃ってくれ」
「分かったわ」
ハルミナが火魔法を放つと、土の玉は壊れて中級魔法程の大爆発が起きた。
「うわ~、なにあれ。わたし小っちゃな魔法しか撃ってないわよ」
「ユヅキ、これが魔弾の代わりになる爆弾なのね」
「ああ、そうだ。まあ、成功はしたんだがな……」
だが作ってみて、よく分かった。これ1つ作るのに手間がかかり過ぎる。100輌の戦車の砲弾は何百、何千と必要になってくる。チセの魔弾のように大量生産は無理だな。
とはいえ、水から作ったこの土の爆弾は魔弾の代わりになる、使い道はいくらでもあるだろう。カリン達には時間があるときに、この爆弾を作ってくれるよう頼んでおいた。




