第137話 戦車改良
「俺は工場長をやっている、カシワ イブキだ。イブキと呼んでくれ」
戦車の製造工場の責任者と一緒に破壊された戦車を見て回る。半分沼に沈んでいた戦車は、もう一台の戦車によって引き上げられていた。
「これはすごいものだな。この分厚い装甲にこれほどの穴が開くとは」
「蒸気機関も完全に破壊されていますね。しかし工場長、ここの装甲を密閉するわけにはいきませんよ」
「装甲を厚くするとスピードが落ちる。ユヅキさん、戦ってみてどう感じた」
走行速度をこれ以上落とすと、魔法で簡単に破壊されかねない。装甲もスピードも強化するとなると、設計など根本的に見直さないとダメだ。だがそんな時間はないだろうな。
「速度を落とすのはダメだな。攻撃力を上げられんか」
「そうだよな。改良するとしたら砲塔か砲弾だな」
守りが改良できないなら、攻撃力を増す改造となるのだが。
「砲弾を重くして威力を増すか、軽くして射程を伸ばすやり方の2択だな」
「ユヅキ。それなら断然、遠くに飛ぶ方がいいわね」
実際に戦った、カリンとハルミナの魔術師としての意見は貴重だ。
「確かに今日見た限りでは、魔法の射程の範囲外から攻撃したいな。あれだけ簡単に破壊されては敵わんからな」
工場長も同じような意見だな。すると砲弾の改良ということになるか。形状を細長く変え、軽くすれば射程も伸びる。
「それと火球のように、ボ~ンって爆発するような攻撃はできないんですかね」
相手は戦車じゃないんだ、徹甲弾のような貫通性は要らない。すると炸裂砲弾か。
「火薬が作れなくてな、炸裂砲弾はなかなか難しんだが考えてみよう。砲弾の改良で射程を伸ばし、弓もぎりぎりまで強力な物に替えてみるか」
この後戦車は工場に運んで、じっくりと検討するようだ。
「今日はありがとよ、検討課題が見つかって良かったよ。ユヅキさん、また意見を聞かせてほしい」
「俺は政府の宿泊施設、ここから馬で鐘半分……いや、1時間ほど南西に行った場所なんだが」
「そこなら知っている。また頼むよ」
そう言って、工場長は戦車の残骸を運んで行った。
俺達も市長に挨拶をして帰るか。庁舎に行くと、秘書のエリカさんが待っていた。
「今日は遅くなりましたので、是非市長の家に泊まってほしいとの事です。お食事も用意していますので、来ていただけるでしょうか」
もうすぐ陽も暮れる。それならと、みんなで市長の家へ行くが、そこは屋敷と呼べるほどの立派な所だった。
「いらっしゃい。あなたがユヅキさんですね」
迎えてくれたのは、市長の奥さんだった。市長と同じ50代半ばだろうか。品のある歳を重ねた女性と言った感じの人だ。カリンやタティナなど他種族を見て驚くこともなく、俺達を案内してくれる。
「皆さんの部屋はこちらになります。どうぞ寛いでくださいませ」
階段を上がった所の2人部屋を2つ用意してくれたみたいだ。この家は2階建ての大きな屋敷で、部屋も沢山あるようだな。俺達を案内してくれたエリカさんも、今日ここに泊まるようで別の部屋に入った。
「綺麗な部屋ね。大きな鏡もあるし気に入ったわ」
今泊まっている宿泊施設は、ビジネスホテルのような1人部屋だしな。それに比べればここは申し分ない。
部屋の中を見て回っていると、俺達の部屋にメイドさんがやって来た。
「お客様。お風呂の用意ができております。女性の方からどうぞお入りください」
「ユヅキ、オフロだって!」
久しぶりのお風呂に入れると、カリンが喜んで飛び出して行った。こんなに歓待してくれるとは。この町に来て良かったな。
風呂上がり、部屋でのんびりしていると食事の用意ができたと、メイドさんが呼びに来てくれた。
1階の食堂は10人ぐらいが座れるテーブルと椅子があった。さすが前首相の家だ、公邸のように客と食事ができる部屋もあるんだな。秘書のエリカさんも一緒に食事をするようだが、今は私服の楽な装いでやって来た。
「やあ、ユヅキ君。今日は疲れただろう。ゆっくり食事でもして栄養を摂ってくれ」
仕事から帰って来た市長に勧められ、俺達も席に着く。料理は洋風のフルコースではなく、肉と野菜をふんだんに使った郷土料理のような物だった。
「お口に合えばいいんですけど」
なんだか懐かしい味だな。カリンやハルミナ達も気に入ったようで、美味しそうに食べている。
「ユヅキ君達は、大陸を長く旅してきていると聞いたが」
「俺とカリンは王国で結婚して、今は共和国の村に住んでいる。旅で言えばタティナの方が各地を回っているな」
「4年以上大陸中を旅したからな。だが人族の国は初めてで楽しんでいるよ」
「私も家内と一緒に20年程前に大陸を旅したことがある。その時に王国にも行ったな」
「ええ、あの時は楽しかったですね。王城にも1年ほど住まわせてもらいましたし」
市長夫婦は笑顔で思い出話を話してくれた。20年前……するとハダルの町に立ち寄ったのはこの人達か。
「あなた達は、ハダルの町でドワーフの職人にレンズを作らせた事があるか」
「よく知っているね。旅先で景色を楽しむために作ってもらったよ。レンズを作れる職人がなかなかいなくて苦労したが、家内が喜んでくれた事をよく覚えているよ」
やはりそうか。それならチセの事も覚えているか。
「その時、赤ん坊に名付けをしたと聞いたが」
「ええ、そうよ。レンズを作ってくれた職人の方に頼まれて、ドワーフの赤ん坊に私がチセと名付けました」
「そのチセは今、俺達と一緒に村で暮らしているんだ」
ハダルの町を出て、村で暮らすチセの様子を話す。
「まあ、あの時の赤ん坊があなたと一緒に。すると今は18か19歳でしょうか。その子は元気にしていますか」
「そうね、誕生日が3月だから、もうすぐ19歳になるわね」
「親のガラス職人を継いで、村に自分のガラス工房を建てているよ。レンズも作れる一流の職人になっている」
「そう、立派に育ってくれたのね。良かったわ」
チセを自分達の子供のように思っているのか、俺の話を嬉しそうに聞いている。
「失礼だが、あなた方に子供はいるのか?」
「君も聞いていると思うが、この国に生まれてくる子供が少なくてな。私達にも子供はいないのだよ」
この広い屋敷に夫婦ふたりだけとはな。ここは公邸のような所で、客はよくやってくるようだが、やはり子供がいないというのは寂しいものなんだろうな。
「あれ~、でもさっき家の中で小さな女の子と会いましたよ~」
「その子は住み込みで働いてもらっているご夫婦の子供ですね。ここで料理を作ってもらっている方々です」
この国でも全く子供が生まれないという訳でもないようだな。だが今の首相も子供がいないと言ってたな。子供がいない確率は相当高いような感じだ。
その後は、タティナの旅の話や、俺が持っている単眼鏡などの話で盛り上がった。
今日は色々な事があって疲れた。食事の後はふかふかのベッドでぐっすりと眠ることができそうだ。




