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第135話 正教会

「デテウス様、皇帝陛下は何と?」

「新たに発見した書を早く読ませてほしいと、お言葉をもらえました」

「それはようございました。また正教会への資金も増額していただけますな」

「そうですね。皇帝陛下にはなんと感謝申し上げればよいか」


 デテウスの手によって、ここまで大きくした正教会。これも皇帝の威なくしては成り立たない。皇帝との関係は自らの生命線となるものである。


「これも新しい文献を発見されたデテウス様の功績の賜物でございます。今後も期待しておりますぞ」

「私ではなく、我らが神エヴァスレイ様のお導きでしょう。オビーアメン」

「そうですな。オビーアメン」


 両手を胸の前でクロスして、軽く膝を折るポーズが正教会の祈りのポーズ。

 デテウスは司教と別れて細い通路を進み、誰もいない事を確認して部屋の鍵を開ける。ここは文献の調査を行なっているという部屋。


「おい、新しい文献はできているのか」

「今、陽に晒して風化させているところだ。まだ虫食いも作らないとダメだから、もう少し時間が掛かるな」

「今度の話は、初代皇帝が正教会を敬う話が出てくるんだろうな」

「建国後に正教会の聖堂を発見する話を入れている。それでいいんだろう」


 床には何枚もの薬品を塗った紙が置かれ、天井の窓からの光で茶色く変色させている。この部屋はデテウス大司教と、ここにいる男しか入ることのできない場所。


「今まで通り、どちらとも取れる曖昧な内容にしてくれればそれでいい」

「後の解釈はあんたに任せるよ。ペドロ、上手くやってくれよ」

「おい、その名は出すな! 日頃からデテウス大司教と呼ばんか!」


 いつも穏やかな大司教の言葉とは思えない荒らげた声を上げる。その豹変ぶりと威圧は、普通の者であれば驚きたじろぐであろうが、この男はひょうひょうと答える。


「おっと、すまなかったな。デテウス大司教様」

「我々が贅沢に暮らしていけるのも、皇帝に会える正教会最高司教という身分があっての事。お前も表に出ることはあるんだからな。注意しておけ」

「俺はこの部屋に引き籠り、薬品やら書物を作っている方が似合っている。たまに街に出る程度でいいんだがな」

「小間使いという身分ではあるが、この教会に出入りしているんだ。誰に見られてもいいようにしないとならんぞ」

「こんな俺を拾ってくれたあんたには感謝している。上手くやるさ。そう、先帝を毒殺した時のように、上手くな。えへへ、へへへ……」


 ブツブツと何か言っているそんな男を残して、デテウスは部屋を出て自室へと向かう。部屋には数名の修道女がデテウスの世話をすべく待っていて、その者達の手で部屋着に着替え、お茶を飲み寛ぐ。


「大司教様、この後は派遣される正教会軍についての打ち合わせが入っています」

「分かりました。まもなく行くと伝えなさい」


 いつもの穏やかな言葉使いに戻したものの、やれやれと言う表情になってしまう。これからまた会議に出なくてはならない。最近は休む暇もなく働いている。デテウスは再び司教服に着替えて、各地方都市の司教達が待つ部屋へと向かった。


「みなさん良く集まってくれました。今回エヴァスレイ神の導きにより、人族の地への遠征に我らの正教会の信徒も参加が許されました」


 デテウスは今回、正教会所属の部隊が多数派遣される事になったのは僥倖と考えている。帝国軍に加担して武力のある事を示すことで、今後の正教会の立場が優位になるなら参加しない訳にはいかない。


「私共ヘイゲル地方にも是非参加の機会をお与えください。この日のために訓練を積んでおります」

「そうですね、今回は帝都より南の地方の方々に協力を求めたいと思います」

「大司教様ありがとうございます。これで長年の屈辱を晴らすことができます」

「我らのためだけではありません。我らを救ってくれた勇者の末裔である帝国の方々に感謝し、協力して事に当たってください」


 人族は、正教会と帝国の双方にとっての敵となる。主となって戦うのは帝国軍であるが、その中で正教会軍の存在を示す必要がある。


「大司教様。私どもの一般信者が軍に参加し、役に立ちたいと申す者がいます。どのようにいたしましょう」

「戦うだけでなく、荷物の運搬、食料の調達、怪我人の救護などやれることは沢山あるでしょう。希望する者は同行させてください」


 訓練せずとも数さえそろえれば良いと、デテウスは考えている。


「我ら北部地方の者はどのようにすればよろしいでしょうか」

「遠征の参加は無理のようですが、北部国境付近には異端の者が多くいます。国内においてもまだまだ我らの教えを信じぬ者がおります。その者達に広く教えを説く活動を進めてください。野蛮な者もおりますので、北部の正教会軍を使っていただいて結構です」


 地方から来た司教との協議もやっと終わり、自室に戻ってきたデテウスは浮かない顔をする。


「戦争自体は消費するばかりで、我らには何の利益にもならん」


 情報によればこの戦争、ほぼ勝つことが決まっている。人数的には充分な数を集め、信者の士気も高い。これであれば功績も挙げられるはずだが、ここまで準備するのに相当な労力を使っている。

 砂漠を越えた南部地方に我らの教会は1つもない。これを機にそちらへも勢力を伸ばさねば、元が取れない。


 民衆をまとめるには象徴となるものを作ればいい。それが神、あるいは英雄、勇者というものでもいい。神の場合は唯一の神、一神教であれば楽である。その神や勇者がこう言っていると広めるだけで支配できる。そのためにも、各地に教会は必要となる。


「少し皇帝を煽りすぎたかも知れぬな」


 我らの神の国を滅ぼした人族。それを打ち破った勇者の末裔である帝国に同調することで、正教会という組織を強固にしていった。

 先帝の死後、現皇帝の心に入り込み誘導してきた。人族の存在を許さないという点で、旧教国と帝国は一致していると。


 小さな教会の一員であったデテウスは皇帝に近づき、一代で正教会の地位を向上させ今の最高位の役職まで昇りつめたのだ。

 そんなデテウスではあるが、実際に人族と争うとは思っていなかったのである。


「こんなところで躓くわけにはいかんな」


 帝国内で生きていくためには、常に力を示す必要がある。今の地位を維持するだけでもそれなりの努力をしないといけない。


「もう、お休みになられますか」

「ああ、今夜の夜伽の者を呼べ」


 デテウスは今夜も修道女との戯れに勤しむのだった。


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