第134話 帝都 宮殿にて
「デテウスよ、デテウス14世大司教はどこにおる」
「はい、グレリオス陛下。ここにおります」
ここは帝都アルゴールの宮殿の敷地内にある教会。
「デテウスよ。初代アルゴール皇帝にまつわる文献は見つかったのか」
「はい、新しい書が見つかり、現在解析を進めております」
皇帝自らが度々この教会に足を運ぶ。この教会には皇帝が友と呼ぶ大司教が、日夜古文書の発掘に尽力しているという。
「前に見つかった経典は、大変有意義なものであった。古より受け継がれしその教えは、今でも充分役立つものだ」
「ありがとうございます。古来の文献は我々正教会が管理しております。書庫にまだまだ古き書があります。良き書物を発見すべく力を尽くしております」
「苦労を掛けるが、お前の働きに期待しておるぞ」
現皇帝のグレリオスは、この国の建国者である初代アルゴール皇帝の古い記録をデテウス大司教に集めさせていた。
デテウス14世は初老にはまだ達していないリザードマンで、正教会の最高司教。大戦で滅んだヘンリッチ教国の教皇の正当な系統者と言って憚らない人物である。
その夜、公務を終えた皇帝とその家族が食卓を囲む。皇帝の子息ふたりは今、地方の視察に赴き、ここには正妻と末娘の皇女のみが同席する。
「お父様、あのような者を重用なさるのは、おやめくださいませんか」
「なぜだ、オルティア。あのデテウスは私の良き理解者なのだぞ」
「そうよ、オルティア。古き時代よりの教えを説き、心の拠り所を示してくれているのですよ」
「ですがお母様、あの者の言動には不可解なものがあります」
「確かに宗教には未知の部分はありますが、寄り添い理解することも大事なことなのよ」
「重用と言っても、あの者達を役職に就けている訳でもない。少し正教会に資金の融通をしている程度だ」
皇帝の言う少しの資金というのは、通常では考えられない膨大な額であることなど、皇帝は知らないのだろう。それにより帝国各地に教会が建つようになってきた。
「あの者は先帝の父上の頃から世話になっておる。無下にはできんだろう」
「おじいさまの頃からと言われても、亡くなる少し前より宮廷に入ってきた者です。そのような成り上がり者に気をかけるのもどうかと思いますが」
皇帝が手厚くすることで、大司教の発言力は年々増すばかり。帝国貴族と同格以上の身分となっている。
「先帝の父上も、初代皇帝の冒険譚などを聞かれて感銘を受けておられた。お前もよく隣で聞いて喜んでいたではないか」
「その頃は私も幼く、そのような物語に夢中になっておりましたが、真実であるかも分からないのですよ」
「だからこそ、その真実についてデテウスに調べさせておるのだよ。帝国建国以前のヘンリッチ教国、その教皇の血を引くあの者が管理する書庫には古の文献が多数ある。いずれ解明されるだろう」
大戦時。人族を退けアルゴール帝国を建国したと言う、勇者アルゴールの物語は国内だけでなく、国外においても有名なものとなっている。
その時に滅亡した教国、その教皇の子孫であると言う振れ込みで、宮廷に入ってきたデテウス。彼を不審に思ってはいても、それを排除する力はオルティアにはない。
だが第1皇女としての責務を放棄するわけにはいかない。皇帝を補佐し后妃と共にこの国を支えなければならない。
その為に皇帝に対し忠言もするが、それが過ぎれば自らも粛清の対象となってしまう。それが帝国というものである。
オルティアにはふたりの兄と幼い弟がおり、兄達はそれぞれ派閥を持っている。少しでも失態を見せれば、すぐにでも引きずり降ろそうとするだろう。当然と言えば当然である。
◇
◇
さて今日は、側近を集めての情報交換。数や武力においては、お兄様方に遠く及びませんが、情報では負けていません。
「ベルノース、今年の食糧備蓄はどうなっていますか」
「芳しくありません。一昨年の干ばつの影響がまだ残っていて、特に南部地方は酷いものです。年々砂漠地帯が広がっており、それを食い止めない事には……」
帝国国内においての食糧自給率は低い。足りない分は隣国のハマル共和国からの輸入に頼っているのが現状。
「共和国との間で、食糧輸入は続いているのでしょう」
「北部で国境を厳格化していますが、輸入はできる状態です。しかし帝国通貨が下落してまして、資金の問題から輸入量が減っております」
まだ国境の封鎖はしていない、人の出入りを厳しくしただけ。しかし帝国国内が乱れていると、共和国の連中は足元を見て穀物の売値を上げてきた。何とも下賤な商人達だわ。
「ビアギル。北部国境で小競り合いが起きたと聞きましたが、どうなっているのですか」
「北部の一部の部隊がダークエルフの里に攻撃したため、ダークエルフ族が離反したとの事です」
「盟約を破りあの部族に手を出すとは……。どこの部隊ですか」
「正教会に属する部隊です」
「またですか。いつまであのような私兵団のような連中をのさばらせておくつもりなのか……」
帝都より北の国境までは、第1皇子のエイドリアン兄さまの担当。もっとしっかりしてもらいたいけど、正教会相手では手が出せないかもしれませんね。
「その際、人族が1名国境を越えたという情報があります」
「この時期にですか。その人族はどうなりました」
「行方は掴めておりません」
間もなく人族と開戦するというこの時期に、気にはなるけど人ひとりを帝国内で探し出すのは困難でしょうね。
「南部地方へ派遣した兵の様子はどうなっていますか」
「南部地方の制圧は完了しています。まもなくブリシアン将軍が南へ向け出兵いたします」
「ビアギル、あなたもそれに同行するのでしたね」
「はい、準備は整っています。今回の戦争に勝利すれば南部の食糧問題も、民族問題も解決するものと思われます」
南の地域は、第2皇子のトゥルヌス兄様の担当。今回の事で成功を収めれば、皇帝の座に一歩近づくことになりますね。その動向を探るためにも、数少ない優秀な側近を参謀のひとりとして送り出すのです。ビアギルには頑張ってもらわないと。
「今回、条約を破棄してまで攻め込んで、負けましたでは済まされませんよ」
「条約破棄ではなく、人族の国へ逃げた邦人を連れ戻しに行くだけです」
「そうでしたね。これほどの事をするからには軍部は勝算あっての事でしょうね」
過去の歴史からも、人族に手出ししてこなかった帝国が今回戦争を仕掛ける事になる。軍部からは現在人族の国にドラゴンはおらず、戦力は鉄の車のみと聞いています。攻め上がれば必ず落ちると説明を受けましたが、本当に大丈夫なのでしょうか。
「正教会絡みの、偽りの情報ではないでしょうね」
「大丈夫です。軍による複数からの情報をまとめたものです」
「海洋族の動向はどうなっていますか」
「我らが海を渡る事については抗議をするでしょうが、直接争いに参入せず中立の立場をとるとの見解です」
「大戦の時もそうでしたね」
海を支配する海洋族は、積極的に人族側に味方する事はないでしょう。多少我らと揉めても、大陸全土との関係を絶つことは無いはずです。
「今回も緊急事態で海を渡るという事になりますので、事後処理で何とでもなるだろうと外交部は言っています」
「分かりました。ビアギル、あなたは将軍について南部地方へ行き、その任を全うしなさい」
「はっ! オルティア皇女のご期待に沿うよう努力いたします」




