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第133話 イザール市長

 翌日。イザール市長に会いにカリンを連れて行くと言うと、ハルミナもついて行きたいとせがまれた。それならとタティナも連れて全員で行こうということになった。

 イザールの町はここから北東の方角にあるそうだ。馬に乗って鐘半分もかからない距離だという。ここから直接町へ行く街道はないが、平原を走って行くとすぐ見つかった。


「この町も城壁がないし、門番もいないのね」

「首都程じゃないですけど、それなりに大きな町なのにね~」


 俺達からするとこの町の様子は、無防備なように見えてしまうな。アルヘナの町と同じ大きさの町だし、ついつい比較してしまう。

 そのまま馬で町の中に入り、市長がいるという場所までやって来た。ここは市の庁舎が建ち並ぶ一角。4階建てのコンクリート製の立派な建物だな。


「すまんが、首相からの言伝を預かってきた。市長と話がしたいんだが」


 入り口近くの窓口で用件を伝える。しばらくすると仕事用のすっきりとした、濃紺のスーツを着た女性がやって来た。


「お待たせしました。私はハルト市長の秘書をしています、エリカと申します。失礼ですが政府関係の方でしょうか」


 俺達の格好や種族を見て、普通の政府の人間でないとすぐ分かるからな。いつもと違う者が首相からの書状を持ってきて、興味を持ったようだ。


「俺はユヅキという。政府関係者ではないのだが、国外を旅していた者だ。先日帰国して、今は政府の者に世話になっている」

「お連れの方はどちら様でしょうか」

「隣が妻のカリン。一緒に旅しているタティナとハルミナだ」

「獣人の奥様ですか!? 獣人の方と親しくなれるほど、大陸を長く旅してこられたのですね」


 この国では要職に就こうとする者は国外を旅するそうだから、その内のひとりだと思ってくれたようだな。


「これは首相から預かった書状だ。市長に渡してもらえるか。市長と話がしたいのだが」

「はい、お預かりいたします。ただ今市長は公務中ですが、しばらくお待ち願えますか」


 俺達は応接室に通されて、お茶菓子も出された。


「ユヅキ。今から会う市長さんって、この町の領主?」

「まあ、そんなところだ。俺が持ってきた手紙を書いたのが、この国の王様だな」

「ユヅキは、そんな偉い人と会ってたんだ」

「今泊まっている宿もタダで使わせてもらっているだろう。少しは恩返ししないとな」


 俺だけじゃなく、みんなの食事とかも世話になっているしな。だからといって、政府の肩を持つつもりはない。まずは、話を聞くだけだ。


「それで、どんな話をするの」

「すぐではないが、近々この国と帝国が戦争をするかも知れないんだ。その時にこの町の住民を避難させてくださいって、お願いに来たんだよ」

「国が避難場所を作ってるなら喜んで行くと思うけど、そうじゃないのね」


 戦争だからと言って、国民を手厚く保護しようとする国は多くないからな。貴族などが勝手に戦争を起こして、その被害を被るのは一般の住民達だ。


「帝国なら命令書1枚で、すぐ避難するがな」

「タティナの言う通りだな。でもこの国は自由があるんだ。国から言われたからと言って従わなくてもいいんだよ」

「でもそれで死んじゃったら、元も子も無いのに。変な国ね」


 まあ、余所の国からすると分からないだろうな。無理な命令ならともかく、避難にも応じない理由を俺も知りたい。

 しばらくして応接室に先ほどの女性秘書と、50代半ばの男性が入ってきた。


「私が市長のツバキ ハルトだ。政府からの依頼はいつも断っているのだが、君がユヅキ君だね。少し話をしよう」


 白髪交じりのロマンスグレー、落ち着いた感じの男が握手を求めてきた。俺の事はある程度知っているようだが、カリン達を紹介したらやはり獣人と結婚している事に驚かれた。


「私も若い頃に大陸を3年旅したが、そこまで親しくなれなかったよ。まあその時には既に結婚はしていたのだがな」


 懐かしむように市長は話してくれた。


「前政権で大陸と和平を結び、獣人達をこの国に入れる事を主張していたと聞いたが」

「私は前政権で首相をしていたのだよ。政府方針として鎖国を解こうと発表したのだが、少し違うニュアンスで受け取られてしまってね」


 この人が前首相だったのか。聞くとこの国では首相公選制で、国民投票で首相を決めるそうだ。

 大陸と協力し鎖国解除しようと主張したとたん、政敵のグループから大陸住民を無条件で国内に入れると批判されて、5年前に失職したそうだ。


「知っていると思うが我々人族は危機に瀕している。色々な方策を試さなければならないのにな」


 この町の住民は前政権の元軍属が多く、前首相の考えを支持し今回の戦争にも反対しているようだ。


「政府からは出兵依頼と住民の避難依頼があったはずだ。出兵を断るのは分かるが、なぜ住民避難まで断る」

「今の政府のやり方では出兵すれば無駄死にする、だから出兵はしない。住民も戦争に巻き込まれて避難先で死ぬなら、我らが守るこの町に残った方がいいと判断している」


 余程、現政権のやり方に不信感を持っているようだ。この町の住民は市長を信頼しているのだろう。だが、ここが危険である事に変わりはない。


「こんな城壁もない町で、住民を守れると」

「話し合いによる解決が一番だが、いざとなれば我々には戦車が100輌ある。これで町を守るつもりだ」


 自衛のための武力はあるようだが、その武力をあまりにも過信していないか。


「市長、あなたは実際の戦闘を見たことはあるのか」

「国外を旅して回った時に、魔獣との戦いを何度も見ている」

「俺達は多くの魔獣や兵士との戦闘経験がある。そちらの戦車の強さを見てみたい」

「それはちょうどいい。君達が協力してくれるなら魔法による戦闘テストをしてくれるだろうか。エリカ君、早速準備してくれないか」


 戦車での魔法戦闘はやったことがないというので、すぐ各部署に指示を出して準備してくれるそうだ。


「大陸でも魔法攻撃のすさまじさは目にしている。もし帝国との戦争になればこの国は危ういとは思っている。今の政府が回避してくれることを願うばかりだ」

「帝国は既にサルガスの港付近に、兵力を集めていると聞いているぞ」

「我々もその情報は掴んでいるが、交渉で解決できないか政府に要望している最中だ」

「あなたは大陸に住む、人族以外の種族をどう思っている」

「大陸を旅してよく分かったよ。我らと同じように暮らしている者達だ。良き隣人であれば良いと思っているよ」


 他種族の事も考えてくれているのは嬉しい事だ。だが少し甘いようにも思える。

 こちらの考えを、他国がすんなり受け入れてくれるとは思えない。


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