第131話 人族の首都の観光
この宿泊施設に泊まって4日目。今日はみんなと、この国を見て回る予定だ。
「ユヅキがいないと町の方に行っちゃダメって言われて、この近くしか見てないの。今日は人族の町へ行きましょうよ」
「そうだな。俺も見て回りたいしな。近くに首都のガクルックスという町がある、そこに行こう」
俺の疲れた顔を見て、みんなが気を回してくれたのかも知れないな。この国の観光に行こうと誘われた。
「ユヅキさん、人族ってすごい魔道具を作っているんでしょう。お土産とか売ってないかな」
「ハルミナ。ここは観光地じゃないから、多分そんなの売ってないぞ」
「え~、そうなの。お土産買って帰るって、里のみんなに言って来たのに~」
俺達は馬に乗ってガクルックスの町を目指す。港から反対方向の南の山脈に向かって、馬で20分ほど走ると町に着くそうだ。
この地方は冬でも温暖だが3000m級の山々には雪が積もっている。
あの山の向こうは魔獣が住む魔の森だそうだが、巨大な城壁が建設されていて、山を越えてこちら側には来ないそうだ。ここは人族だけが住む土地になっていると言っていたな。
「見えてきたけど、あれかしら?」
「町のようだが城壁が無いな。ユヅキあそこが首都か?」
タティナも驚いているようだが、この国には魔獣がいないからな。柵も城壁もなく、街道がそのまま街中の道になる。日本にある都市と同じように平地に民家などが建ち並ぶ。
「このまま町に入ってもいいの? 門番もいないし、なんだか不用心ね」
「まあな。この国ではこれが普通なんだよ」
町外れに馬を停めて街中を見て歩く。街の道は、石畳だが十字に交差した整備された道だ。
時々会う人達は俺達を見て驚いているが、俺が会釈すると会釈を返してくれる。
獣人やエルフが珍しいようだが、歓迎されてない訳ではないようだ。珍しい外国人が来たという程度だろう。
「ねえユヅキさん、あっちに高い建物があるわ。行ってみましょうよ」
「何あれ? 教会の塔にパイプがいっぱい張り付いているわね」
「あれは高炉だな。鉄を生産する工場だ」
「えぇ~、あんな大きな塔で鉄を作っているの!」
村にある鍛冶工房の炉しか見てないカリンが驚くのも無理ないな。材料を運ぶベルトコンベアもあるようだし、本格的な生産工場だな。
「ユヅキさん、下の方にある建物も?」
「多分色んな工房があそこに集まっているんだな。煙突から煙が出ているところもあるし、原料や製品なんかを作っているんだろう」
鉄は豊富にあるようだな。すると街の建物は鉄骨か鉄筋コンクリート製かもしれないな。こっちは病院や役所なのか、大きな四角い建物が建ち並ぶ。
「ユヅキさん、ユヅキさん。こっちの店に食堂にあった魔道具が売っているわ」
「食堂にあった魔道具?」
「あれよ、カッチコッチと動く魔道具で、案内の人がトケイと言ってたやつよ」
ああ、時計屋か。中に入ると大小さまざまな時計が飾られていた。
人の背丈程ある大きな振り子が動いていたり、重りが鎖でぶら下げられている壁掛けの時計など、色んな種類が売られているな。
「ユヅキ。これで時を知るって言ってたけど、どういう事かさっぱり分からないんだけど」
「店主、この針を動かしてもいいか」
「ああ、結構じゃよ」
年老いた店主が快く許可してくれた。
「この短い針を見ていてくれ。ここが鐘2つで、ここが鐘3つだ」
壁掛けの時計の長針を回して、短針の動きを説明する。
「そしてお昼の鐘4つになると」
ポッポ、ポッポ、ポッポ。
「うわっ! なんか出てきた」
「なっ、カリンすごいだろう。鐘が鳴る代わりに鳩が出てくるんだぞ」
鳩の音を聞いて、一緒に見ていたタティナやハルミナも驚いているな。さすが人族の魔道具だと感心しきりだ。
「ねえ、ユヅキさん。そのハトって言うのは何なんですか?」
「これくらいの大きさで木の上に巣を作って住んでいる動物でな、ポッポっていうのが鳩の鳴き声なんだ」
「木の上? わたし達エルフ族と同じですね。だからこのトケイは家の形をしているのかしら」
そういえば鳩のような鳥は、この世界にいなかったはずだが。
「店主、この鳩という動物を見たことはあるか」
「いや、それは昔からのデザインでな、想像上の動物じゃと思っとったよ」
そうだな、遥か昔の生き物だ。だがよくこの時代までこのデザインを残してくれたものだ。
「ユヅキさん、これっていくらするのかしら。安いなら買っていきたいんだけど」
店主に聞くと俺達の持っている王国のお金では買えないようだ。
「両替所は役所の中にあったはずじゃ」
海洋族が持つお金を両替するための部署が、役所内にあるようだ。
他に買い物もあるだろうし、今のうちに両替しておくか。役所の場所を聞いて俺は王国のお金を両替してもらう。
「ほほう、銀貨と金貨で替えられる金額が違うのか」
「はい、硬貨に含まれる銀と金の重さでお金に変えますので」
金貨で両替した方が少しお得だな。金貨3枚を両替してもらった。
あれ、もしかするとこれを銀貨に替えると、金貨3枚以上の銀貨がもらえるんじゃないか? これを繰り返せば、俺は大金持ちになれるかも。 いやいや、手数料を考えると損になるか……。
そんなバカなことを考えつつも時計屋に戻った。
「ええっ、これが人族のお金なの! 紙に絵が描いてるだけじゃん、何これ」
カリンが驚くのも無理ないか、紙幣なんて王国になかったからな。
「ねえ、ユヅキさん。それでこのトケイはいくらになるのかしら」
「王国のお金に直すと、金貨2枚だな」
「うわ~、それは高いわね」
「さすが、人族の作る魔道具ですね。それだとちょっと手が出ませんね」
この壁掛けの鳩時計、王国通貨で20万円程か。高級な時計とはいえ、見る限り4、5万円程度の品物のようだ。人族の物価と4、5倍程違うみたいだな。お土産で買って帰るには少し高価だと、ハルミナは買うのを諦めて店を出て街中を歩く。
おっ、あれは薬屋か? もしかすると女神様からもらった薬が手に入るかもしれないぞ。
「すまないが、ここに抗生物質の飲み薬はあるか?」
持っていた白いカプセルが入った瓶を店員に見せる。
「はい、ありますよ。肺炎や化膿に効く薬ですね」
「ああ、それだ。それをくれ」
人族は電気とバイオ技術が発達している。抗生物質の製造方法は伝わっていたようだ。少し高価だが、命の値段としては安い物だ。買えるだけ買っておこう。これで残り少なかった薬を補充できるぞ。
「ユヅキさん、あれ何かしら」
露店でソフトクリームを売っていた。少し休憩しようと人数分注文してベンチに座る。今は冬だが、今日は少し暑いぐらいだしちょうどいいな。
「甘くて美味しいわね」
「ユヅキさん。こんな冷たくて柔らかいの、わたし初めて」
うんうん、みんな喜んでくれて俺も嬉しいぞ。
「タティナ。最後はこのコーンをソフトと一緒に食べると美味しんだぞ」
「すごいな、手に持っている包みまで食べられるのか」
指に付いたソフトを舐めながら、タティナも美味しそうに食べる。
「ほれ、カリン。ほっぺにソフトクリームが付いているぞ」
俺が顔を舐めて取ってやる。
「わっ、バカ。人前で恥ずかしいでしょう」
真っ赤になっているカリンも可愛いものだ。たまにはこういうデートのようなのもいいな。さて一頻り街を見て回ったし、今日はこれで帰るとするか。




