第130話 黄昏の人族
「人族絶滅の危機! どういう事だ」
見る限りこの人族の国は、他国にないほど便利で繁栄しているように見えるが。
「この国ではもう子供が生まれないんだよ。昔の大戦で一時期人口は減ったが、その後5万人近くまで回復したという。だが今は夫婦で1人ぐらいしか育たないんだ。私達夫婦にも子供はいない」
「今の人族の人口は?」
「約1万人だ。この60年で半減している」
全人口がたった1万人! 王国や共和国の首都に住む人数の半分ぐらいじゃないか。その程度で子供が少ないとなると確かに絶滅の危機ではあるな。
この広い公邸に護衛の人数が少ないと思っていたが、人自体が少ないと言う事か。首相夫人が悲壮な顔で俺に尋ねてくる。
「ユヅキさん、始まりの家で何か解決策はなかったでしょうか」
「歴史の記録はあったが、人口問題に関するようなことはあの家には無かったぞ」
「我々も手は尽くしているのだが、昔の技術は失われつつある。初代の頃は海洋族に人口増加の技術を提供したようなのだが、今ではどのような物かも分からない」
バイオ技術の応用なのだろうが、大戦時にはドラゴンを生み出すとんでもない技術があった。
だが今のこの時代に再現できるとは思えない。初代当時、バイオ技術を理解する者がいたはずだ。今の俺にはまったく理解できないから、あの家に設備があっても使い熟すことはできない。
「それに今、帝国が人族の国に向けて侵攻する準備をしている」
帝国軍が人族と戦争する準備を? 南部の少数民族の事ではないのか。
「帝国は南部地方で兵力を集めている。まもなくこの国へ攻め込んでくるだろう」
「南部地方で、内戦をしていると聞いたが」
「それは目くらましのための噂だ。現在約3千の兵を港付近に集結させている。帝都からも追加で2千の出兵があると予測されている」
南部地方の町を襲っていたのは、住民を強制的に徴兵し外部に情報を漏らさないためだったようだな。それにしても合わせて5千の出兵とはすごい数だな。本国に残した兵もいるはずだ、全兵力は1万を超える数になるか。
「そんな兵力に対抗できるのか」
「我らには戦車がある。大戦の頃に活躍したそうではないか」
確かに新兵器として戦車は使われていたが……。
「大戦の戦いがどの程度伝わっているか知らんが、その戦車を主力に戦っても王国の魔術師と拮抗するのがやっとだった。その後ドラゴンが参戦して有利になったに過ぎない」
俺は白い家で見聞きした戦争の状況を説明する。
「確かに、そのように伝わっているが、我々の科学力をもってすれば負けることはない」
「今の魔法による戦い方は、350年前より遥かに進んでいる。魔獣の群れに対抗するため常に進歩しているからな。そこに昔の兵器を持ちこんだところで、簡単に勝てると思わない方がいいだろう」
椅子に座った首相が押し黙る。今もこの国の主戦力はその戦車なんだろう。
「ドラゴンはどうした。あれはお前達の味方のはずだが」
「ドラゴン族は150年以上前に人族の国からいなくなりました。助力を願うにしても、どこにいるのかさえ分からないのです」
首相夫人が悲しそうに話す。ドラゴンは人族が作った生物兵器という事も忘れ去られているようだな。キイエの事を考えるとドラゴン自体、今は野生化している可能性が高いしな。
大戦後、国交を絶ち、この島だけで暮らしてきた人族。今さら戦いを起こして勝てる保証はない。だが帝国が侵略してくるというなら対抗せざるを得ないか。
「我々はこれを機に、大陸に進出する事を考えている。子供が生まれないのは、この地の風土病の疑いもある。人類の復興のためにも資源の多い大陸に進出して、勢力を拡大したいと思っている」
帝国が攻めてくるなら、それを打ち破りそのまま大陸へ侵攻するつもりか。
「大陸進出などという危険なことは考えず、帝国と交渉するなど、この地で何とかしようとは思わないのか」
「このままのペースで人口が減れば、300年後には人族は絶滅するだろう。我ら人族、そして人類のためにも手を打たねばならんのだ」
「それが大陸に進出するという事なのか」
初代達がやったことは大陸に進出して、全ての種族を排除し人類の復興を目指すものだ。同じような争いを起こさせる訳にはいかない。
「初代の頃、人族は大戦で負けたのだぞ。それを繰り返すつもりか」
「負けたのではなく、和解し不可侵条約を結んだだけだ」
確かにそうではあるのだが、ドラゴンを従える事ができない人族に勝てる見込みはないと思うのだがな。もしかすると帝国もその情報を知り、人族との全面戦争を決断したのかも知れない。
「ユヅキ君、君に見てもらいたい物がある。一緒に来てくれ」
俺は首相と、部屋の外で待機していた護衛と一緒に外に出る。そこには馬車が用意されていて側近のケンヤもいる。
「ケンヤ、これからどこに行くんだ」
「軍務省で管理している倉庫に行くんですよ。そこに昔の兵器が保存されています」
「昔の? 大戦時代の兵器か」
「首相はその兵器の復活を望んでおられます」
それで俺を始まりの家に行かせたりしていたのか。
ケンヤに連れられて向かった先は、公邸から15分程の場所。他の建物から離れた大きな倉庫だった。
そこには知らない顔の男がひとりいた。
「私は軍務省でこの倉庫の管理をしています、フジ ソウマという者です」
「ユヅキ君、ここに大戦時に使ったという兵器がある。見てもらいたい」
ソウマが倉庫の大きな扉を開け、俺達を中に案内した。倉庫内には錆びてボロボロになった物が沢山置かれていた。
「これがどのような物か分るかね」
首相に促されて、錆びた鉄の部品が集められた場所を見る。
「これは、当時の戦車だな」
車輪ではなくキャタピラーのような構造、分厚い鉄で覆われた外装。後部には動力となる蒸気機関のような物がある。メイの部屋でモニターに映された戦車だな。
だが戦車は、現在生産できていると言っていたな。この鉄くずを見て俺が答えられるか試したのか。
「ここにあるのは、大戦で実際に使っていた物なのかね」
「最新式の戦車のようだな。これは火薬で砲弾を撃ち出すタイプだ」
細長い砲塔らしき物がある。大戦の後半、大陸で実戦投入されていた物だ。
「これを復活させるには、火薬が必要だが火薬は作れるのか」
「土で作る炎と聞いていますが、我々で作る事はできません」
倉庫を管理しているソウマが答えてくれた。確かこの人族の国だけでは資源が少なく、それを得るため大陸へ進出したと言っていたな。
他の場所に、先端が流線形で10mほどの筒型の錆びた鉄の塊があった。なるほどこれが短距離のロケット弾か。だが火薬が作れないのなら復活は無理だな。
他の鉄くずも見て回る。
「これは巨大な投石器のようだな。この程度なら復活できると思うが」
鉄の板バネとおもりで岩を投げていたようだ。車輪はあるが動力は無いから戦車に引かせて移動させていたのだろう。壊れた部品から、投石器の全体図を紙に書いた物を渡す。
他は壊れたレーザー銃やよく分らない鉄くずの塊などもあったが、復活できない物ばかりだ。
「ん、これはなんだ?」
倉庫の端に錆びていない金属の板が連なっている部品がある。
「これは大戦時代の技術で作られた錆びない金属です。調べたのですが材質など不明で、我々で作る事はできませんでした」
これは翼じゃないか。左右に分かれて骨組みだけになっているが、航空機の翼だ。
片翼の一部を持ち上げてみたが軽い。これはアルミ合金だな。大戦中、航空機が造れないからドラゴンを造ったと言っていたが、航空機も研究していたということか。
近くに人が乗る筒状のコックピットもあった。組み立てれば1機は作れそうな部品がそろっている。
だがこれは戦闘機などではなく、モーターグライダーのようだな。先端にプロペラがあり翼がすごく長い、戦闘機としては使えんか。
復活させるにはプロペラを動かす電力や、翼や機体の外を覆う軽くて丈夫なシートが必要だ。今の技術で作れるか聞いてみたが、作るのは無理なようだ。
「ここの兵器を見た限り、投石器以外の復活は無理だな。他は諦めてくれ」
人類の科学力なら高性能な武器が作れるが、この世界の工業力や限られた資源で再現できる物は少ない。それは今も昔も変わらない事だ。
「そうか、今日はご苦労だったな。帰ってもらって結構だ」
首相はもっとすごいものを期待していたのか、気落ちしているようだが、ここにある兵器を復活させたところでろくな事にならない。俺は馬車に乗り、疲れ切った体で宿泊施設に戻る。




