第129話 人族の今
白い部屋でメイの説明を受け俺はうな垂れた。
「何て事をしてくれたんだ」
人類の復活を目指す。それはそれで良いとして、そのためにリザードマンや獣人達を皆殺しにするだと。
正気の沙汰じゃない。
だがメイや初代の人間は、それが一番いい方法だと判断して行動を起こした。人類復興のプロジェクトの一環として、メイはプログラム通りに実行したのだろうが、一体いつのプログラムによって動いているんだ。
メイは学習をしながら動作し続けている。ちゃんと多様性や小さな可能性も考慮に入れて、合理的に判断している。目覚めさせる人間も遺伝子が偏らないように、計算されていると言っている。
俺の知る人工知能は昔とは違い、無尽蔵に得た知識を単純に統合している訳ではない。極端な思考に陥らないようにリミッターもあり、人に危害を加える判断をしないようになっている。だがそれは人間に対してだけだ。
魔法があり言葉をしゃべる獣人の住むこのファンタジーな世界を想定して、プログラムが組まれているとは思えない。モフモフを愛するなどという感情はその中に含まれていないはずだ。
その人工知能によって育てられた初代達も同じようなものだ。自分たちの常識の範囲内で考え、常識外の事に上手く対応できなかったのだろう。
「何も知らない子供が、親や先生の言う事を聞いて行動しているようなものか……」
短期間で常識的な知識を詰め込んで誕生させた者に、人類の復興などという命題を与えると、他を排除し人類のためだけの世界を築こうとするのかもしれない。ゲームの中の勇者みたいに。
俺はこの白い部屋を出て、外の扉へと向かった。扉の外はすっかり暗くなっていて首相の護衛が俺を待っていてくれた。
「ユヅキさん、首相は公邸に戻られました。内部の事については明日報告してほしいとの事です」
もう何日もこの始まりの家に居たような気がしたが、今は午後8時だそうだ。
護衛と共に道に停めた馬車に向かう。この細く古い街道は、初代達がこの島に住んでいた住民達を虐殺していった血塗られた道だ。過去の事とは言え、他に何かいい方法はなかったのかと考えてしまう。
「すまんが、宿泊施設まで送ってくれるか」
今日は疲れた。俺はそのまま馬車に揺られてカリン達の待つ建物へと帰る。みんなは食事を終わらせていたが、俺の帰りを待っていてくれた。
「ユヅキ。遅くなるって連絡もらったけど、何かあったの?」
「ユヅキさん、食事できてますよ。少し温めてもらいますね」
「まあ、座ってゆっくりしろ」
みんな暖かく俺を迎えてくれた。まったく知らない外国から故郷に帰って来たような気分だ。
「みんな心配かけてすまなかったな。最近の人族の様子を色々と聞いていたんだ。すまんが明日も少し手続きがあるそうなんだ」
明日は公邸に行って、今日の事を説明しないと駄目だからな。
「そうなの、折角きれいな湖まで一緒に行こうと思ってたのに」
「すまんな、カリン。また今度な」
だがこれで俺の気持ちの整理がついた。人族は俺の子孫にあたるが、人類復興という命題を与えられ、そのために生きている。
俺はそんなものに興味はない。
俺も人類復興のために送り出されたのかも知れないが、俺はこの世界の家族のために生きる。俺は勇者になるつもりはない。況してやゲームの中の勇者などにはな。
今夜はゆっくり眠って明日に備えよう。
翌日の朝、俺は迎えに来た馬車に乗り首相公邸へと向かう。昨日の白い部屋の事を全て話して良いものか悩む。
今の人族が初代と同じ考えでいるのか分からない。人類の復興だけを考えているなら諫めるべきか。
謁見室には首相と、今日はその隣に奥さんも座っていた。
「おはよう、ユヅキ君。隣は妻のメイカだ」
「あなたが始まりの家の鍵を開けたという方ですね。始まりの家での事を聞きたいのですが、よろしいかしら」
奥さんは首相と同じ40歳くらいの綺麗な人だ。今日は側近のケンヤは同席していない。この人達は初代の柊一族の末裔だそうで、あの白い家を管理する者達のようだな。
「あなた方の言うように、あそこには初代の記録が残されていた」
「初代は何と?」
「あの者達は、人類の復興を目指して尽力していたよ」
「その人類というのは、我ら人族以外の人も含むと解釈してもいいのか」
「そうだな。全ての人間ということだ」
今の人族だけでなく、過去の地球に住んでいた人類の事を考えて行動していた。
「やはりそうか」
「やはりとは?」
「昔からの決まり事の中に、『我ら人族は人類のためにある』という一節がある。我らの幸福のためだけでなく、もっと大きなものの為だと解釈されてきた」
その目的の一部として、この国以外に居る俺のような者の保護もしていると言っている。
「そのため国の主要な役職になろうとする者は、大陸を巡り国外の事を知る旅をすることになっている。私も妻と一緒に10年程前に大陸を旅したことがある」
大陸のあちこちで旅をしている人族の噂があるのは、人族としてそのような事をしていたからか。10年前か……俺が聞いた18年程前に王国を旅した人と、この首相夫妻は違うようだな。
「首相。あなた方は大陸に住む人族以外の種族をどう思っている」
「あの者達は、我らとは違う。文明や文化、風習もだ。我らの脅威にならなければ良いと思っているよ」
首相と一緒に大陸を旅した奥さんも、同様に思っているのか言葉をつなぐ。
「そうね、危険な場所に住んでいる方達で、科学技術もなしに不便に暮らしていたわね」
「王国までは行けなかったが、帝国も共和国も科学では我らに劣っている。しかし帝国の軍事力は侮れないと感じている」
やはり初代と同じように、他種族を脅威としか思っていないようだな。
「ユヅキ君、大戦の頃の戦闘記録を知りたい。初代達はどのように戦っていたのだ」
「なぜそのようなことを聞く」
「我ら人族は絶滅の危機に瀕している。大陸への進出を考えているのだよ」




