第125話 人族の首相
案内役の人に呼ばれ、謁見の間に通された。広い室内には手の込んだ作りの椅子と机がひと組用意されていてそこに座る。俺の前方には護衛がふたりずつ左右に立ち、その奥の一段高い場所には豪華な椅子が2脚置いてある。
首相が住む家だが、来賓と会うための特別な部屋もあるのだな。
ここも豪華な造りで手の込んだ広い部屋だ。だがその部屋に対して、人が少なく寂しい感じではある。人払いでもしているのか。
俺が入ってきたのを確認したように、右手奥から男が入って来て前の椅子に座る。この者が首相と呼ばれている人か。歳は40代前半くらい、黒のスラックスと白いシャツ、上着は王国貴族のようなローブを着ている。
その脇には、昨日俺を馬車で迎えに来たケンヤが控えていた。昨日と同じローブ姿だが、やはり長である首相の方がケンヤよりは豪華な作りのローブだな。
「君がミカセ ユヅキ君だね。私は人族の代表をしている、ヒイラギ テルマサだ」
首相にしてはまだ若く、声も精力的な感じではある。まあ、偉い人だから仕方ないが上から目線のような口ぶりだな。俺が選んだ首相ではない、従う道理はないのだが。
「早速だが、あなた達は俺をよく知っているようだ。どこで知った」
「共和国の海洋族の資料に君の名があってね、海洋族から報告を受けたのだよ。国内の人族かどうか調べた程度で、実を言うと君の事は我々もよくは知らんのだ」
「俺を保護すると聞いた。保護とはどういうことだ」
これがよく分からない。資料から俺の名を知ったからと言って保護するなどおかしな事だ。
「国外に人族がいた場合は、その者の身柄の安全を確保し他種族から守り助けるようにと、初代の頃からの決まり事があるのだよ。それに従ったまでだ」
「初代の?」
「その前に少し聞きたいことがある」
そう前置きしてその首相が俺に尋ねた。
「あ・な・た・は・日本人・で・す・か?」
日本語で話している!
「あんたも日本人なのか! 俺はどうしてこの世界に来たのか確かめるためにここに来たんだ!」
俺は立ち上がり叫んでいた。
「ユヅキ君。すまないが私にはその古代語は分からんのだよ」
俺は日本語でしゃべっていたようだ。だが分からないだと! この男は日本人ではないのか。
「だが君は、我ら初代の方と同じ人のようだ」
「同じ? どういうことだ」
「君は黒いナイフを持っていたようだが、我らにも代々受け継がれた黒いナイフがある。これだ」
衛兵がそのナイフを大理石のお盆に乗せて俺に見せる。鞘から抜かれた黒いナイフがそこにあった。
「俺の持っているナイフと同じじゃないか! なぜあなたがこれを持っている」
古く傷ついてはいるが、俺の持っているナイフと全く同じ物だ。だがこのナイフは俺がこの世界に来た時に、女神様からもらったチート武器のはずだ。この国の初代にも、俺と同じ事が……その者もこの世界に飛ばされた人類なのか。
「ユヅキ君、顔色が悪いようだが大丈夫かね」
やはりこの人族の国は、俺にまつわる何かがあるようだ。
「人族の事……この国の事を……詳しく聞きたい」
何とか声を絞り出し聞き返す。ここに来たのは、昔の人類、俺に関することを聞くためだ。どんな事であっても知らなければならない。
「この国の人族の歴史は約380年前に始まる。初代がその頃の人族をまとめ、この地に我らが暮らしていける土地を切り開いたと聞いている」
大戦の前後の時代か?
「この地に人族が現れて、約30年後に不幸な大戦が始まったと伝えられている。結局この島を人族の国として定め、他国との関係を絶ち今日まで暮らしてきた」
「海洋族とは国交があるようだが」
「大戦前から盟約を結んでいたと聞いている。今も我らの作る部品が必要ということで貿易をしているんだよ」
随分と昔の事を言っているようだが、その時代、既に国として交易などをしていたようだな。初代と言うのは俺とは違い、複数でこの国をまとめていたようだ。
「その初代と俺がなぜ同じだと言うんだ」
「昔より伝えられたものに、『外の人間が同じ民族なら言の葉を唱えよ』とある。それで我々の仲間かもしくは、別の人間か分かるというものだ」
「その言の葉というのが俺に聞かせた言葉か」
「ああ、そうだ。初代の頃に使われていた言葉だと聞いている」
それに反応した俺を見て、初代と同じだと思ったと言うことか。
「その初代は、どこから来たのか分からないか」
「どこから? 移住前の事か。残念だがこの地に来る以前の記録はないな」
大昔の事だ。初代の事を少しでも知りたいが、これでは無理か。
「ユヅキ君。君には始まりの家に行ってもらった方が良さそうだ」
それを聞き、横で控えていたケンヤが眉をひそめ意見する。
「首相。あそこは神聖な場所です。それに誰も中に入る事ができません」
「ユヅキ君は初代に並ぶ人のようだ。もしかすると中に入れる可能性もある」
「ですが……」
「ヒイラギ家当主で首相の私が許すのだ。他に誰の許しがいるのかね」
「分かりました。馬車の準備をしてまいります」
不服そうではあるが、ケンヤが部屋を出て馬車を用意するようだ。
「始まりの家とはなんだ」
「初代の頃より、我らが守ってきた場所だ。その頃の記録と英知が眠る場所とされている。君も来てくれたまえ」
玄関を出た俺は預けていた剣とナイフを返してもらい、ケンヤと同じ馬車に乗る。首相は別の馬車で護衛と共に乗り後方から付いきて、市街地から離れた森の中の道を馬車は走る。この国に来て初めて入る森だな。
「この森に魔獣は出ないのか?」
「この国に魔獣はいませんよ。ですからあなたのような冒険者もいないんです」
魔獣がいないだと。そういえばこの馬車にも御者だけで、護衛の姿はない。人族は魔獣と無縁の生活をしているのか。
ケンヤに聞くと、遠くに見えていた山脈には巨大な城壁が連なり、人が住む地域に魔獣が来る事はないそうだ。
「私達の祖先がこの地を切り開いて、魔獣や魔物の居ないこの素晴らしい国を作ったと聞いています」
その祖先に纏わる場所が、今から行く場所にあるというのか。
公邸から馬車で20分ほど離れた場所にある森。その森の中を走る細い道。今はあまり使われていないようだが、古い街道のようだな。
その道を走り続け、かなり奥地まで来たようだが、森は静かなままだ。魔獣がいないと言うなら危険はないのだろうが、少し不安になるな。
道の途中で馬車が止まり、俺達は降り立つ。
「ユヅキ君、この先だ」
首相と護衛の後に続いて、獣道のような整備されていない道を進む。馬車を停めた位置から100m程中に入って行った先にそれはあった。
「ここが始まりの家だ」
そこに建物はなく草木に覆われた土の壁しか見えない。1段高い小山のようになっているが、これ全体が建物だと言われればそう見えなくもない。家と呼ぶにしては広大で、自然にできた段差にしか見えないが。
「こっちに扉がある」
首相について行くと、その部分だけ綺麗に土と草が取り除かれていて調査した跡がある。首相の立つすぐ横を見て驚いた。
「なぜあの扉が、ここにある!!」




