第124話 宿泊施設
しばらく進むと草原だった先にいくつかの建物が見えてきた。ようやく到着したようだ。まだ陽のある夕暮れ前、馬車が建物の前に停車する。
「お疲れさまでした。ここでお待ちください。案内の者を呼びますので」
俺が降ろされたのは、3階建ての建物の前だった。外壁がベージュ色の四角い建物で、大きな窓が均等に並ぶ近代的なデザインだ。周りには倉庫のような建物もあるが、そちらは人が住むような家ではないな。
見慣れない建物を見、カリンが尋ねてきた。
「ユヅキ、ここ何だろうね」
「多分宿泊施設だと思うが、俺もここで待つように言われただけだからな」
「宿屋さん?」
「俺の家はもう無くなっていてな。代わりに無料で泊まれる所を用意してくれたようなんだ」
すると建物の中から女性が現れた。細身のパンツにジャケットのような上着で動き易そうな服を着ている。予定外の者がいるからか、こちらを見て少し驚いたような顔をしたが、笑顔で迎えてくれた。
「ユヅキ様でしょうか。こちらへどうぞ」
「この馬はどうする」
中に入るように言われたが、タティナが引いていた馬を見ながら尋ねる。
「馬ですか……それは聞いていませんでしたね。しばらくお待ちください」
女性は建物の中に入って、しばらくして出てきた。
「馬はこちらでお預かりします」
建物の裏から老人が出てきて、馬を連れて行ってくれた。この国にも馬がいたから扱いには慣れているだろう、後は任せよう。
「ユヅキ様にはこの建物でお泊り願います。2階へどうぞ」
中はビジネスホテルのような造りだな。階段を上った先に一直線の廊下があり、片側に部屋の扉が並ぶ。1人用の個室になっていて室内には大きな窓があり、ベッドと机と椅子が1つずつ設置されていた。
「下は食堂になっています。夕食の準備が整いましたら呼びに来ます。私は下の受付カウンターにいますので、何かあればお呼びください」
みんなを各部屋に案内して、その女性は1階に降りて行った。
部屋はトイレとシャワールームそれに洗面台があった。さすがに風呂はなかったが、ひとりで過ごすには充分な広さだ。
それと部屋の照明はランプの魔道具ではなく電気だった。入り口のスイッチで照明が点灯する。
「このシャワールームや部屋の使い方を教えんと、みんな分からんだろうな」
お湯用と水の2種類の蛇口があり混合してシャワーヘッドや蛇口からお湯が出る仕組みだ。カリンの部屋に行きノックする。
「カリンいるか?」
「ユヅキ、洗い場に変な蛇口があるの。あれなに?」
「少し分かりにくいから、使い方を教えるよ。ちょっと待っててくれるか」
タティナとハルミナをカリンの部屋に呼んで使い方を説明する。
村には水道もお風呂もあるからすぐ理解してくれたが、ハルミナは初めてで、魔力も通さずコックをひねるだけで水やお湯が出るのを驚きながら聞いていた。照明は魔道具を天井に埋め込んでいるだけだと思っているようだったな。
夕食の準備ができたと連絡が入り、1階の食堂に降りテーブルに着く。俺達以外ここには誰も宿泊していないようだな。広い食堂には俺達しかいない。
食事は洋食風の料理を出してくれたようで、スープとフカフカのパンに、肉料理がテーブルに並ぶ。
「このお肉美味しいわね」
「それは我が国で育てている、牛のステーキでございます」
俺達の近くに立つ、白いシャツに黒のベストを着た男性給仕が説明してくれた。
食べるためだけに育てた牛の肉を使っているのか。どうりで美味い訳だ。獣や魔獣の肉が豊富に出回っているこの世界で、食肉用の牛はそれほど多くない。
「一角牛の肉に似ているな」
タティナが呟く。
「そういえば、そうだな。だが、こちらの肉の方が柔らかいな」
「何? その一角牛って」
「ハルミナは知らないだろうけど、私達のシャウラ村の裏山には1本角ですごく大きな牛の魔獣がいるの。角だけでも私の背丈ほどあるんだけどね、確かに味は似てるわね」
「シャウラ村ってすごい所なのかしら。近くにそんな魔獣がいるなんてエルフの里じゃ考えられないわね」
「俺達の村には他にもキリン牛という巨大な魔獣がいてな、その肉も美味いんだぞ」
魔獣の話で盛り上がっていると、隣にいた男性給仕が怯えた表情でガクガクと震えていた。すまんな、この国には魔獣が居なかったな。恐がらせてしまったようだ。
食事が終わる頃、女性の案内役の人が俺の所にやって来た。
「ユヅキ様。明日、首相が公邸でお会いになるそうです。朝9時ごろ馬車を用意しますので、玄関にお越しください。」
俺は食堂の壁際に置かれている振り子時計をチラリと見ると、アラビア数字で1から12の数字が刻まれていた。
「それは俺ひとりなのか?」
「はい、そのようにと聞いております」
「分かった」
そう返事して、テーブルに座るみんなに説明する。
「すまんが俺は朝から、この国の長に会いに行かないといかん。悪いが他の者は適当に散歩でもして過ごしてくれるか」
「ユヅキ、朝っていつぐらい?」
「鐘3つだ」
翌朝、みんなと朝食を済ませた後、俺だけ馬車で首相がいると言う公邸に向かう。いよいよこの国の事について聞くことができそうだ。暑くはないが俺の額にはうっすらと汗がにじむ。
30分ほど馬車に揺られて、窓からは建物が建ち並ぶ町が見えてきた。町というには小さいが、御者に聞くと政府関連の建物が集まっている区画だそうだ。その一角に首相公邸があった。
首相公邸は鉄の柵で囲まれた広い敷地に、石造りの2階建ての建物が見える。もっと日本的かと思ったが、西洋風の噴水と花壇などがある広い庭と、馬車が正面玄関まで行けるロータリーのような道がある。
そういえば衛兵に言って門を開けてもらう時、人の手ではなく勝手に門が開いた。何かの動力で動かしているようだな。
馬車が入り口の前に静かに止まり、降りた俺をふたりの衛兵と執事のような案内役の男が出迎えた。
「ようこそ、ユヅキ様。剣などの武器はここでお預かりします」
俺は剣とナイフを衛兵に渡し、案内役の後に付いて公邸の中に入り廊下を進む。
質素だが彫刻が施された扉や、壁には小さな絵画などが飾られている。首相が日頃住む家だからか、派手ではない落ち着いた装飾だな。
「この建物はいつ建てられた物か分かるか」
「約80年前に建て替えた物です」
「あの照明器具もか」
廊下の天井に乳白色のガラスに包まれた照明器具がある。
「はい、さようでございます。中の電球は取り替えてありますが」
やはりこの国ではかなり以前から電気が普及しているようだな。するとあの門も電気で動いていたのか。
俺は案内に従い控室で待機する。窓からは庭の美しい景色が見えるが、それを楽しむ余裕は俺にはなかった。




