第123話 初めての人族の国
帝国最南端の港を出港して約2時間、海峡を越えようやく人族の港に到着できた。海峡の潮が完全に止まるのは30分程。その他の時間は西から東、または東から西へと常に潮が流れ、しばらくすると渦潮が発生し船の航行はできなくなる。
この船も多少流されつつも、船長の巧みな操船で無事人族の港に到着できた。
港は思っていたよりも大きく、船を係留する桟橋が数多くある。倉庫も多く建ち並び、軍港じゃないかと思うくらい大きな港だった。
しかし人が乗る船は、停泊しているこの船を含めて2隻だけ。後は物資を運ぶ運搬船なのか、甲板が平らで四角い船が数隻しかなく閑散としている。
大昔、人族が大陸全土を巻き込んで世界大戦をしたと聞いているが、ここはその名残だろうか。
「ユヅキ殿、船旅お疲れ様でした」
ボマティム船長とナミディアさんが、甲板上の俺達に挨拶をしに来てくれた。
「ユヅキ殿。今までありがとうございました。私がちゃんと送り届けるはずでしたが、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、ナミディアさんのお陰でこの船に乗ることができたんだ。感謝しているよ」
「そうよ、旅では色々助けてもらったしね。しばらくここに居るんでしょ、また会えるわよ」
「はい、そうですね。カリンさんもお元気で」
「船長、世話になったな。ここまで運んでくれてありがとう」
「ではお気をつけて」
俺は船長とナミディアさんと握手をして別れ、みんなと船のタラップを降りて港に足を着ける。
ここが人族の国か……俺の住んでいた都市の港とは違うが、何となく日本にいるような雰囲気になるな。
港の桟橋の向こうに人族の青年がひとり俺達を待っていた。
「ミカセ ユヅキさんでしょうか」
「ああ、そうだが。君は?」
「首相の命により、あなたを迎えに参りました、ヒサギ ケンヤと申します」
この青年も苗字を名乗った。この世界で家名持ちは珍しいはずだ。それに苗字を前にして名を呼んでいる。この世界にはない呼び方だ。
その青年が何者か知らないが、歳は俺より若いようでこの世界にない洋服のような服装をしている。紺のスラックスに白いシャツ、上着はスーツではなく、派手目な王国貴族が着るようなガウンのような服だ。黒髪で顔つきは日本人のように思える。
「お付きの方々は帰ってもらって結構です。ここからは私どもが付き添いますので」
「ユヅキ。こいつ何言ってんの」
「ヒサギ ケンヤさんだったか」
「単にケンヤで結構です」
「ここにいるのは俺の妻と友人達だ。ここに来るまで旅してきた仲間だ。一緒に連れて行きたい」
「奥様? このお若い獣人の方がですか。それであれば奥様だけを……」
カリンを見て驚いているようだが、若い妻だからと言って犯罪ではないぞ。
「いや、ダメだ。ここにいる全員を連れて行く」
「……分かりました。但し用意した馬車はふたり乗りなので、他の方は各自の馬などで来ていただけますか」
船から降ろされている3頭の馬を見ながらケンヤは話す。
「カリン。すまんが馬に乗ってこの馬車について来てくれるか」
馬車は2頭立てで御者と完全に分離した箱型。王国の貴族用の馬車と同じタイプで、大きなガラス窓があり人が乗れるようになっている。
だがその後方には、見慣れない黒色の小さなトレーラーのような車が接続され引っ張っている。聞くとそれは、料理したりシャワー室もあるキャンピングカーのようになっているそうだ。
他国には無い設備の車を引き、前方も手の込んだ彫刻などが施されている馬車。近代的な技術力以外にも芸術性もあると……この国は豊かで平和な事が分かる。
俺はケンヤと一緒に馬車に乗り込み港を離れる。
石畳の道を進んでいくが、椅子もフカフカで馬車のサスペンションがしっかりしているのか、あまり揺れを感じる事もない。
「ユヅキさん、あなたはこの国の人でないことは分かっています。ミカセという家名を持つ者はこの国にはいません」
向かい合わせに座るケンヤは、前置きもなく本題を話してくる。4人は座れる座席にケンヤとふたりだけ、内密の話をするため俺だけを招き入れたんだろう。
俺の素性を知っていて、俺をこの国に迎え入れたと言うことか。
「俺を保護すると聞いていたが、どういうことだ」
「詳しくは首相からお話になると思いますが、あなたのような方が国外にいた場合、必ず保護するようにと決められているのです」
俺のような存在がある事を知っていて、法律のようなもので決められているようだ。今回それに則り保護したらしいな。
「国民でない俺が、この国に滞在しても良いということか」
「宿泊施設も用意しています。首相とお話しになってから、今後の事をお考えになれば良いかと」
「この事は、妻達に内密にしてくれるのか」
「勿論です。そのようなことで揉められても困りますので」
このケンヤも上位の役人のようだが、俺の事やこの国の事は首相から直接聞いた方がいいようだな。
初めて見る人族の国。馬車から眺める景色はやはり大陸の国々とは違うな。広い平地が続き森も見えない。
砂漠と違い道以外には下草など生えているが、人の手によって広げられた土地のように見える。しばらく走り、川を2本越えた辺りで町が見えてきた。だがその町の建物は崩れ落ち、人の気配がない。
「あの町は廃墟なのか?」
「ええ。この辺りの人間は、もう150年程前に居なくなりましたね」
少し離れた場所にも、同じような町の跡が見えた。
「首都を山の方に移したんですよ。その際にこの辺りの町の人も移って行ったと聞いています」
その首都や俺達が泊まる場所はまだ遠く、明日の夕方にならないと到着しないと言う。馬車を走らせ陽も傾いてきて、川の近くで馬車が停まる。
「今日はここで野営します。食事はどうなさいますか。あなたの分は用意していますが」
「仲間と共に食事をするよ」
カリンの元へ行き、野営することを告げる。いつものようにかまどを作り、干し肉と乾燥野菜を入れてスープを作る。
俺用に用意してもらったパンをみんなと分けて食べたが、パンはいつもの無発酵パンと違ってふかふかのパンだ。
「へぇ~、これが人族のパンなんだ。ふかふかでいい香りがするのね。そういえばシルスさんのところで食べたパンも、こんなふかふかだったわね」
あれは王国貴族の屋敷だったからな。普段、こんなパンを庶民が食べることはない。俺もいつの間にか無発酵パンに慣れた。
「ハルミナはこんなふかふかのパンは初めてか?」
「里でたまに食べたことあるけど、こんなにおいしくなかったわ。ユヅキさんはこんなパンをいつも食べてたんですか」
俺はバターロールが好きだったが、このパンに似ているな。昔はよく食べていたよと答えた。
「少し手間は掛かるが、ここでパン酵母とバターがもらえたら俺達でも作ることができるぞ」
「えぇ~、そうなの。わたし作ってみたいです」
「この先に俺達の宿泊施設があるそうだ。ハルミナ、そこの料理人に聞いてみような」
「はい、よろしくお願いします」
ハルミナは興味津々のようだが、一方のカリンは食べるのが好きだが、作る方はあまり興味ないようだな。手間が掛かるなら、今までのパンで充分だと言っている。
翌日も馬車に乗り移動を続ける。港を離れかなり内陸に入ってきた。遠くに山脈は見えるが、相変わらず森らしい森も無く人工的な土地ばかりだ。
左手に大きな湖が見えてきた。その向こう側には樹木が生い茂る林があり、自然が感じられる。こういう場所もあるんだな。
その湖の横を通り過ぎ馬車が走っていくと、石畳だった道がコンクリートの道に変わった。これは振動も少なく乗り心地がいいなと思っていたが、窓の外を眺めていて不思議に思えてきた。
「ケンヤ。すまないが馬車を停めてくれんか」
馬車を降りて今来た道を振り返る。広く真っ直ぐで平らな道。横を見るとV字に同じような道がある。
これは間違いなく滑走路だ。なぜここに飛行機を飛ばす滑走路がある? この国は航空機を持っているのか?
「ケンヤ。この広い平らな道は何なのか知っているか?」
「ええ、綺麗な道でしょ。昔からある道で今も整備して使っています」
「道として使っているだけか」
「ええ、そうですけど」
昔この国は航空機を持っていたかも知れないが、今はその技術も失われているのだろうか。やはり人族の事をもっと知らなければならないようだな。




