第122話 人族の国へ
「ユヅキ~、船酔いで気持ち悪いの~」
カリン、それは船酔いじゃなくて二日酔いだ。昨日の宴会で散々飲み散らかしやがって。
「ほれ、薬をもらって来たぞ。これを飲んで寝ていろ」
この船には医薬品などが、豊富にそろっているようだな。人族の船だと聞いたが、設備も鉄などが多く使われた、近代的な船だ。
「ユヅキ殿、朝食をお持ちしました。あ、あのう~。昨日なにか失礼な事をしたような気がするのですが、あまり覚えていなくてですね……」
「いえいえ、別に気にするような事は無かったですよ」
泣かれて、抱きつかれたけどな。
「ナミディアさんは、二日酔い大丈夫ですか」
「ええ、少し頭痛はしますが大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そうこうしているうちに、南端の港、サルガスに到着したようだ。
甲板に出て外の様子を見に行くと、港は船が2艘停泊できる桟橋があるだけの簡素なものだ。その小さな港をぐるりと石垣が取り巻いていて、中央に大きな鉄格子の扉があり、今は閉ざされている。
大使館の内側にいるような雰囲気だ。ここだけは、人族が自由にしていい場所だと言っていたな。船長が甲板の前の方にいたので、少し話をしてみるか。
「おはよう、ボマティム船長。港に降りる事はできるか」
「ユヅキ殿、おはようございます。普段なら別に良いのですが、今はやめておいた方がいいでしょうな」
門のところに難民が来ていて、人族の国へ連れて行ってくれと懇願しているらしい。亡命ということになるが、俺にそんな権限はない。
それに帝国と人族は相互に不可侵条約を結んでいて、許可なく人の出入りをすると国際問題になってしまう。俺が踏み込んでいい領域ではないな。
「海峡は渡れそうか?」
「だんだん流れが静かになってきています。予定通り鐘4つには出港できるでしょう」
船首の方に行って海を眺める。海峡の所々で白波が立ち海が荒れている。そしてその向こう、かすかに陸地が見えた。
「あれが人族の国か」
俺は小さく呟き、単眼鏡を取り出し眺めてみる。
陸地の様子までは見えないが、海峡の渦潮は見ることができた。
「ユヅキ殿。それを見せてもらってもよろしいか」
初めて見たのか、船長は単眼鏡に興味があるようだ。手渡すと嬉々として単眼鏡を覗き込む。
「これはすごいですな。あんな遠くの物がこんなにも近くに見えるとは。潮の流れがよく見えますな。これが噂に聞いていた遠見鏡という物ですな」
「船長はこの道具の事を知っているのか」
「ええ。昔、人族の方がこのような物を持っていたと、噂で聞いたことがあります」
「俺の村には、両目で見る双眼鏡もある。それならもっとよく見えるぞ」
船長にも一度、双眼鏡を見てもらいたいものだ。この単眼鏡よりも綺麗に見えて驚くだろうな。
「ほほう、そのような物もあるのですか。人族の作る魔道具は素晴らしいですな」
船長が言う噂の単眼鏡を使っていたのは、もしかすると昔チセの町を訪れたという人族ではないだろうか。チセのお義父さんにレンズを作らせたそうだから、単眼鏡を持っていても不思議ではない。
一頻り海を眺めた後、俺は船室に戻りタティナの部屋をノックする。
「タティナは大丈夫そうだな」
「ああ、もらった薬が良かったのか、船酔いもないな」
「ユヅキさん~。これが船酔いなんですね。部屋がぐらぐら揺れていますぅ」
今は停泊してるから揺れている訳がないだろう。ハルミナ、お前も二日酔いかよ。
まあ、それほど症状が重そうでもないし、カリンに渡した薬を飲んでもらって、このままベッドで寝ていてもらおう。
昼の鐘4つ、予定通り船が出港した。朝に渦巻いていた渦潮もなく今は穏やかな海だ。甲板で遠くの陸地を眺めているとカリンがやって来た。
「あれが人族の国ね」
「お前、具合はもういいのか」
「まあ、なんとかね。こうやって風に当たっていた方が気持ちいいわ」
「俺の我がままに付き合ってくれて、ありがとな」
「そんなの当たり前じゃない。アイシャやチセが来れないんだから、私が付いてないと、ユヅキ寂しいでしょう」
カリンは確かに心の支えになってくれている。この世界での俺の大事な家族だ。無事ここまで一緒に来れて、ほんとうに良かったよ。
「あそこにあんたの家があるのよね」
「ああ。だがもう両親も兄妹もいないんだ」
「お墓参りでもいいじゃない。たまにはちゃんと帰ってやんなさいよ」
この海峡を越えると、いよいよ人族の国だ。
この世界の人族は大昔に勃発したと言う世界大戦の前からこの地にいる。俺と同じ人類なのか、聞きたいことは山ほどある。
俺はどうやってこの遥か未来の地球にやって来たのか。他にも俺と同じような人間がいるのか、人族に聞けば分かるのだろうか。
それによって俺がこの先どのように生きてゆくのかを決めないといけない。
不安を胸に抱え、俺は人族の国へと向かう。
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今回で第4章は終了となります。
次回からは 第5章 人族編 です。お楽しみに。
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