第118話 使われていない港
陽が落ち、暗くなった頃にナミディアさんは浜に戻って来た。浜辺に篝火を灯して、俺達の位置が分かるようにしていたのを見つけてくれたようだ。
「ユヅキ殿~。連絡が取れましたよ~」
浜に上がり篝火の中、こちらに手を振り駆けてくるナミディアさんは美しい。スリムなボディーに競泳水着が良く似合っているな~と思っていたら、急にカリンの顔が視界一杯に広がった。
「ユヅキ! あんたはあっち向いていなさい。ナミディアもさっさと着替えるのよ」
着替え終わったナミディアさんが、タオルで髪をふきながら歩いてきた。
食事の用意はできている。さあ、みんなで一緒に夕食にしよう。
「この近くに住む海洋族に会ってきました。人族の国へ連絡を取ってくれるそうです」
「そうか、じゃあここで待っていればいいのか」
「そうですね。多分こちらに船を回してくれると思います。南端の港へ向かうのは難しいと伝えてもらいますので」
「その船に乗れば、直接人族の国まで行けるという事か?」
「はい。人族はユヅキ殿を保護してくれると言ってますので、大丈夫だと思います」
それなら危険な陸路を行くことなく、人族の国へ行けるぞ。これはありがたいな。
「その船はいつ来るのよ。ここでず~と待つってこと?」
「多分、明後日の昼か夜には、人族から返信のデンデン貝がこの港に着きます。船が来るのは、その後になりますね」
海洋族の人達がリレーして、人族の国からの伝言をここまで運んでくれるそうだ。
「それにしても早いな、ここから人族の国までかなりの距離があると思うが」
ここから南端の港まで、陸路だと4、5日はかかるはずだ。
「海洋族は夜でも海を泳げますので。泳ぐのは船よりもずっと速いですから」
「確かにナミディアさんの泳ぎは速かったな。夜、光がなくても大丈夫なのか」
「ええ、私達は目じゃなくて振動で周りが分かりますので」
水中ソナーによる探知か。イルカのような音波探知器官があるんだろうな。そういえば水着の背中とわき腹が大きく開いていて、肌が露出していた。振動を感じる器官がその辺りに有るのかも知れんな。
それにあんなに速いのは、競泳水着に似た海洋族の水着のお陰でもあるのか。
「着ていた水着はサメの皮膚か何かを使っているのか」
「サメとは違うのですが、高速で泳ぐ魔獣がいまして、その革を使っているんですよ」
オリンピック選手が着ていた水着は、鮫肌を参考に作られたと聞いたことがあったが、魔獣の皮膚を利用しているのか。
聞くと伸縮性があり、水の抵抗も少なく水着素材にはピッタリだと言う。男女とも同じデザインで、胸や膝上までの皮膚を覆っているそうだ。
「ユヅキが前に作ってくれた水着はもっと布が少なかったわよ。人族の水着だって言ってたわよね」
「あれは普通の人が着る水着で、ビキニという一般的なものだぞ」
前に川遊びした時に作った水着だな。あれは防水布を使った物で、よくできていたんだがな。
「カリン、人族の水着ってどんなのかしら。エルフ族にも水着はあるけど、ナミディアさんみたいにカッコ良くなかったわ」
「私のは上下2つに別れてるんだけど、このぐらいの布しかなくて人前に出るの恥ずかしかったわ。まあ、ユヅキの一枚布の水着も恥ずかしかったけどね」
「あれは由緒正しい人族の水着なんだぞ」
「えっ、ユヅキ殿の水着ですか。私も見てみたかったです」
俺の水着は破れたしな。海洋族に水着を作ってもらってもいいな。ハルミナの言うエルフ族の水着も一度見てみたい。みんなで焚火にあたりながら、楽しく夜は更けていった。
翌日は一旦町に戻る事にし、昼過ぎには宿に着くことができた。
その宿には既にタティナが帰っていて、部屋で俺達を待っていた。
「早かったな、タティナ」
「ああ、隣町は既に帝国軍の兵に包囲されていて、デンデン貝を届けることもできなかった。町長もがっかりしていたよ」
それで予定より早く戻って来れたんだな。敵兵に見つかる事もなく、隣町の様子を確認して帰って来たと言う。
「するとこの町も危ないか」
「そうだな。まだ町は落ちていないようだったが、隣町の次は確実にこちらに攻めてくるだろう」
「それなら明日の早朝、この町を出て俺達が見つけた港に行こう」
使われていない港の事をタティナに説明し、海路を使って人族の国へ行くつもりだと話す。帝国兵を避けながら森を行くより、ずっと安全だとタティナも賛成してくれる。
「ユヅキ殿、少し問題がありまして……船が来たとしても、その港に船を着ける訳にはいかないのです」
「どういうことだ?」
聞くと帝国南端の港は、治外法権で人族が自由に寄港してもいいそうだが、その他の港は帝国の許可がいるそうだ。もし破れば外交問題になると言う。
「だがその船に乗れば、人族の国まで行けるんだな」
「はい。ですので、浜から泳ぐか小さな船で沖まで出るしかありません」
ナミディアさんは泳げるが、俺達はどうするか……。
船に備え付けのボートを港まで持ってくることはできるそうだが、馬も乗せたいしな。
「それなら、筏を作ろう」
馬も乗せられるような大きなものを作ればいい。幸い港の周りは森で材料はいくらでもある。木を括りつけるロープをこの町で買っていけばいい。
今日のうちにロープなどの材料を買いそろえ、準備を整えていたらもう夜になっていた。夜に軍が動くことはない。急がず今夜は宿でゆっくり休もう。
翌朝、まだ人通りのないうちに町を出る。
この町を見捨てたようで気が引けたが、カリン達の安全が第一だ。町長にはこの町も危険になると知らせているから、あとは何とかしてくれるだろう。
モフモフの猫族の町だったが、無事でいてくれるように祈るしかない。
昼過ぎには港に着くことができた。俺達は昨日野営した場所に腰を落ち着ける。ナミディアさんが港を見て回り、連絡用のデンデン貝を見つけたようだ。
「ユヅキ殿。人族の船が明後日の夕方にはここに着くそうです」
ここに来るのは人族が所有する船で、前に乗った貨物船ほど大きな船ではないらしいが、馬や俺達全員が乗るには充分な大きさらしい。
「それは良かった。それじゃあ、予定通り筏を作ろうか」
早速森の木を伐って筏作りを始める。陽が落ちる頃には材料になる木を集められた。明日中には完成するな。
翌日、予定通り完成した筏を海に浮かべてみる。
作ったオールで漕いでみたがちゃんと安定して進める。港は入り江になっていて波も静かだ。ナミディアさんにも泳いで引っ張ってもらうつもりだが、これなら馬を乗せたまま港を出て沖まで行けそうだな。
次の日の夕方、そろそろ人族の船がこの港に来る時刻だ。すでに筏に馬やら荷物を積み込んで準備は整っている。すると、タティナが俺に耳打ちしてきた。
「ユヅキ、周りに兵の気配がする。戦闘になるかもしれない」
確かに森の様子がおかしい。まだ船の姿はここから見えないが、ナミディアさんとハルミナを筏に乗せて先に沖へ出てもらおう。
「敵が来ているようだ。ナミディアさんは海に入ってください。ハルミナは筏に乗ってこの木の盾で矢を防いでくれ」
「ユヅキ殿はどうするつもりですか」
「敵を撃退しつつ、隙を見て風の靴で海の上を行く。心配せず沖で待っていてくれ。ハルミナ、しっかり守ってくれよ」
「ええ、分かったわ。ユヅキさんも怪我しないようにしてくださいね」
筏を海に出した頃、森の中にいる兵がチラチラ見えだした。
俺達が跡をつけられたのか? いや違うな、南から船を追ってきたようだな。騎馬の兵ばかりがいる斥候のようで、大規模な兵ではない。
だとすると近くに船も来ているはずだ。できるだけ距離を取りたい。こちらから仕掛けてみるか。
「カリン、森に火を放ってくれ」
牽制となるいくつもの炎の球が森に向かって飛んでいく。向こうも矢を放ってきたが、カリンが作ってくれた土の壁で防ぐ。
筏まで矢は届いていないようだ。これぐらいの距離を保てば大丈夫そうだな。
弓や魔法の遠距離攻撃を仕掛けて時間を稼ぐ。向こうもこちらの戦力が分からないからか積極的に仕掛けてこない。
「ユヅキ。船が見えたぞ」
岬の向こうに小さく見える船は、こちらに向かっているようだ。
「よし、攻撃しつつ後退しよう」
それを見た騎兵達は俺達の意図が分かったのか、馬を走らせ距離を詰めてくる。だが森から出ればこちらも狙いやすい。魔法と弓で兵を倒していく。
斥候だからか、軽鎧に盾と剣だけの軽装備だ。当たれば倒すことができる。
「カリンとタティナは下がれ。抜けてきた敵は俺が倒す」
俺が前に出る隊形で迎え撃つ。時間を稼ぎながら戦闘を続けていると、船が港の沖まで来てくれた。
「ユヅキ、伏せなさい!」
カリンの声に砂浜に倒れ込むと、俺の頭上を無数の岩が水平方向に高速で飛んでいく。前方の騎兵や歩兵を巻き込んで、辺り一帯の森の樹木がなぎ倒される。森の中に隠れていた兵の悲鳴も聞こえてきた。
よし、今だ。後方に向かって高速移動で走り出す。波打ち際にはカリンが待っていてくれて、そこからは手を引いてもらい風の靴で海上を走り船へと向かう。
海洋族の人達だろうか、船から海に飛び込んだのが見えた。先に沖に出ていた筏を引っ張って船の方に寄せている。
海洋族の人が俺達の近くにも泳いできてくれた。
「あんた達すごいな。海の上を走るなんて」
「もうここまでくれば大丈夫だな」
「ああ、ここからは俺達海洋族の領域だ」
一緒に船へと向かい、無事全員が船に乗り込むことができた。よし、これで人族の国へと行くことができるぞ。




