第110話 エルフの里出発
「みんな、よく集まってくれた」
「前回の緊急会議に続いて、また部族会議とはどういうことだ。族長」
ここは、エルフ族長が住まう家の一番奥にある一室、エルフの里の重鎮と呼ばれる5人の者達が集まっている。
「前回の帝国に関する会議の結論についての変更はない。今回は滞在している人族に同行したいと言う者がおり、その可否を決めたい」
床に座るその者達を見やる高い位置に座るは、この里の族長。120歳をとうに超えているが、壮健な体に気力も満ちている。
「同行とは、この里を出ると言うことか。それは許されていないのではないのか」
「いいえ、各地を旅し見聞を広めて新しい技術を里にもたらす、外界修練の旅に出ると言うことよ。それを申請したのはハルミナです」
そう答えたのは、ふたりいる女性の内のひとり。族長の近くに座るこの里で2番目の地位に就く者。
「外界修練など何十年も前にやめているではないか。外の世界に我らの技術を超えるものは無いと言う結論が出ている」
「今回、彼らに医師として接していたエルトナはどう見る」
一番末席に呼ばれたのは、医師であるエルトナ。今回はオブザーバーとしてこの会議に参加している。
「人族の技術は目を見張るものがありました。海洋族にまで及ぶ医学的知識、所持していた薬は我らで作る事ができない物でした」
「人族の医師であると言うなら、その知識は我らの上であるかも知れぬが、それを会得するにはハルミナでは無理だな。まだ若すぎる」
「そうだな、先日も里の中を走り回って遊んでいた子供ではないか」
魔法技術では、この世界の最高峰を自負するエルフ族。しかし他の技術において人族にだけは一目を置く。今回外に出すハルミナでは、医術の心得も無くその習得は不可能と結論付ける。
「ハルミナの件だが、俺の娘に聞くと人族に作ってもらった魔法の靴で、風のような速さで走っていたということだ」
「私も治療の際に見たドライヤーの魔道具、これも人族の魔法を元に作ったという物でした。火と風を同時に発動して温風を出していました」
「火と風をか! う~む。そのような魔道具があるとは……。外の世界が変わってきている可能性もあるということか」
長年、外界へのアクセスをしてこなかったエルフ族。今回この里を訪問した者達を見、外界に変化があると感じたのか、来訪者の吟味をする。
「しかし、あの者達は信用できるのか? ダークエルフはまだしも、人族と獣人と海洋族だぞ」
「あの者達はダークエルフの里長が認め、この地に派遣した者達だ。書状にも信用に足る人物と書かれておった」
「ただ強いだけで認められたのではないのか? 講堂の床を破壊したのもあの者達だと聞いているぞ」
冒険者と戦闘民族。エルフ族では受け入れる事のできない暴力を伴う者達。
「あの床は獣人の魔術師が重力魔法で破壊したものだ。僅か1日で重力魔法を習得したと聞く」
「1日でだと、そんな事は不可能だ。我らでさえ何ヶ月もの修練が必要な技だ」
エルフ族の秘技が外部の者に使われた。魔法技術でこの世界の頂点に立つと自負する者達にとって、その事実を受け入れる事は難しい。
「破壊した床の形状とその威力を見ました。我々ではない誰かによる重力魔法が使用されたことは明らかです」
破壊された床の調査をした責任者である、もうひとりの女性エルフが意見を述べる。
エルフ族の秘術が外部に漏れることは無い。するとこの里に数日前に来訪した者達が、裏属性を会得したのだと結論付けた。
「火と風を同時に扱う魔術、靴の魔法、裏属性を使いこなす魔法技術。あの者達は魔法の真髄に迫る者達であると私は思います。その技術は習得に値するものではないでしょうか」
意見したその女性は、里随一の魔術の熟練者。その者が彼らの事を、魔法の真髄に近い者と呼ぶ。
長年エルフ族が追い求めてきた魔法の真髄。魔法技術においても、人族や獣人に後れを取っていると認めたことに、皆は驚きを隠せないでいる。
外の世界へ出て、新しい技術を里にもたらす外界修練。その復活に賛同する者が増える。
「あの者達は、間もなくここを出て人族の国へ行くという。危険な旅になるやもしれん。ハルミナを出して良いものか」
「幼きハルミナといえど、わが身を守る術は知っておろう。それにダークエルフの里長が認めた者が付いておるなら大丈夫じゃろう。自ら志願しておるなら、出しても良いと思うがのう」
「長老がそのようにおっしゃるなら、考えても良いとは思うが」
現族長の先代である長老。その経験からの言葉には重いものがある。
「それにな、大昔の記録にあるじゃろう。『南よりの悪魔過ぎ去りしのち、我ら隠れ住む。なれど知を求め続けよ。悪魔も知を求める者なり』とある。我らも変わらねばならぬ時やもしれん」
「そうだな、人族は今も外界修練を続けていると聞く。ここに来た人族もそのひとりであろう。新しいものを知る努力を我らもせんとな」
「確かに我らの技術が最高であると奢っていたのかも知れんな。族長名でハルミナを出そうと思う。意見のある者はいるか」
◇
◇
「ねえ、ねえ。ユヅキさん。わたしを一緒に旅に連れて行ってくれないかな」
ハルミナが俺達の部屋に入ってきて、妙な事を言ってきた。
「一体どうしたんだ、急に」
「あなた達、人族の国に行くんでしょう。あなた達を見てて人族の技術に興味が出てきたの」
「ここは隠れ里だろう。この里を出て大丈夫なのか」
「あたいと同じだ。里を出て旅に出たいと言うのは理解できる。広い世界を見るのは良い事だ」
「私もこんな里に籠りっきりというのは、可哀想だと思うわ。連れて行ってもいいんじゃない」
好奇心旺盛なハルミナだ。この機会に外の世界を見るのは良い事とは思うが……。
「そんなこと言ってもなぁ。こんな若い娘さんを連れて行くのは……ご両親はなんて言っているんだ」
「父さんも母さんも許可してくれたし、族長に聞いたら行ってもいいって言ってくれたの」
「そうは言ってもな~。危険な旅になるかも知れないんだぞ」
帝国自体が不穏な状況の中だ。少数民族であるエルフと一緒に旅ができるんだろうか。
「ここの族長が許可したと言うことは、あたい達を信用し任せたと言うことだ。後で正式に族長から話があるはずだ」
「それなりに魔術も使えるんだから、一緒に連れて行っても足手まといにはならないでしょう」
「まあ、みんながそう言うなら別にいいんだがな。だがその前にご両親に挨拶に行かせてくれ」
ハルミナと共に家に行き、両親に会うと、よろしく頼むとお願いされた。旅の役に立つだろうと魔法の道具までもらってしまった。
タティナも族長に呼ばれ、ハルミナを同行させてほしいと正式に依頼されたという。報酬も前渡しでもらい俺達と一緒に旅する事が決まった。
今日は海水を汲みに行くが、ハルミナに練習がてら俺達を引っ張ってもらい、高速移動で海岸まで行く事にした。少し危なっかしいところもあるが、おおむね使えているようだ。
里に戻り、すっかり元気になったナミディアさんと共に旅支度を済ませる。
翌朝。旅の準備ができたと、部屋にやって来たハルミナを見て驚いた。
「どうしたんだ、その顔!」
透けるように白かった肌が日焼けしたような褐色の肌になっている。顔だけでなく、手足など外に出ている部分全てだ。
「どう、綺麗に塗れているでしょう。父さんと母さんが帝国を出るまではこの方がいいだろうって塗ってくれたの」
今帝国内で少数民族が迫害されているから、ご両親も心配なんだな。旅の間はダークエルフ族と同じ色にして目立たないようにするそうだ。日差しから肌を守る効果もあるそうで、エルフ秘伝の塗り薬だと言っていた。
準備も整い、エルフの里を旅立つ。
ハルミナの両親と友達が螺旋階段の所まで見送りに来てくれた。
「ユヅキさん、娘をよろしくお願いします」
「ハルミナ、元気でいるのよ」
「ちゃんと戻って来てね、ハルミナ。ついでにお土産も待ってるわよ」
両親は心配気に、友達は興味深そうに旅に出るハルミナを見送る。最初ここに連れてきた男のエルフの案内で洞窟に行き、馬に荷物を括り付ける。馬の世話はしっかりしてくれていたようで、3頭ともとても元気だ。
「ハルミナは馬に乗れるのか」
「前から訓練はしてるけど、長距離乗ったことはないわ」
まあ、そうだろう。この里を離れた事がないんだからな。カリンと一緒に乗ってもらい練習しながら行けばいいさ。
「それじゃ、世話になったな」
「ああ」
男のエルフに挨拶したが、ぶっきらぼうに一言答えただけだった。そして片手を上げ俺達を見送った。
「それにしても、そっけない連中だったわね。見送りも少なかったし」
「エルフはあんなものよ。200年もあの里にいるんですもの、あまり他人には興味を示さないの」
「まあ、いいわ。それよりあんた、観光旅行に行くんじゃないんだからね。何でも自分でしなさいよ」
「分かっているわよ。あなた達に迷惑はかけないわ」
こうして俺達はエルフの少女を加えて、人族の国に向け南へ旅を続ける事になった。




