第109話 裏属性
ハルミナが高速移動の練習をしている横で、俺とカリンは裏属性が使えないか、あれこれ試行錯誤する。ハルミナが見せてくれた指の動きをしてみるが、それだけで裏属性は発動しなかった。
「なかなか難しいわね」
カリンもできないようだ。魔力に波の性質がある事は分かっている。それは魔弾を作る際に確かめている。
裏の属性と言うのだから、各属性の波の形態を変えるということか? 例えば波自体を反転させるとかだ。
波を反転させて火属性を風属性に変えるのが裏属性だとしたら、火と風の魔法が反発するというのも理解できる。
反転した波を重ねると打ち消し合って消えてしまう。音の波を反転させて重ねると、その音が消えてしまうノイズキャンセラーの原理と同じだ。
それなら、この指のところで魔力の方向を逆にできないか? そう考えながら、自分の指の根元をじっくりと見つめる。
体を巡る魔力を腕を通して指の先端に集めることで魔法が発動する。俺の場合魔力は左回転で、右手なら薬指の方から親指へと魔力が流れるイメージだ。
人差し指の付け根で魔力の流れをクロスさせ、逆回転させるとどうなる?
まあ、一度やってみるか。火魔法を発動させた指を曲げて一瞬で指の魔力を逆回転させて弾く。ハルミナが見せてくれた指の動きと同じだ。
「おお~。できたぞ! 風魔法になってるぞ」
「ええっ、ユヅキもうできたの!」
横のカリンだけじゃなく高速移動の練習をしていたハルミナも、俺の近くに来て指先を見て驚いている。
「すごいわね、ユヅキさん。ちゃんと人差し指から風が出ているわ。こんな短時間で習得できるなんて」
「ユヅキ。私にも教えて」
「ああ、いいぞ」
カリンの場合魔力は右回転だから、親指から薬指へ流れる魔力を指の付け根で逆回転させる。
「カリン、この部分だ。ここで魔力を逆回転させろ、しかも一瞬でだぞ」
カリンの指の付け根を触り意識を集中させる。カリンは目を閉じ魔力を感じながら、火魔法を発動した人差し指を曲げて、手首を返しながら指を弾く。
「できたわ。私にもできた。ユヅキ、ありがとう!!」
「どういうことよ。わたしがこの指の動きを覚えるのに何週間かかったと思っているのよ」
カリンは喜んで俺に抱きつき、ハルミナは呆然としている。
ハルミナは指の動きを他のエルフから教わって、何日もその指の練習をした末に裏属性を身に付けたらしい。
「ハルミナ、指の動きじゃなくて原理を理解するんだ。見てろ、手首を返さなくても指を弾くだけでも裏属性を発動できるぞ」
手のひらを上に向けたまま、発動させた指を再度弾くだけで裏属性の魔法に切り替えてみせた。
「そ、そんな事って……これはエルフ族の秘伝で、それを習得しないとできない技なのよ」
「ハルミナ。俺の言うように裏属性を練習してみないか」
今は小指と薬指の裏属性が使えていないハルミナだが、この練習法で一緒に練習してみよう。
「この小指と薬指、手首を返しながら弾く動作が難しいのよ」
確かに、小指と薬指は動きづらいものだ。教わった指の動きを再現するのは難しい。だが本質はそこじゃない。
「指の動きじゃなくて魔力の流し方が重要なんだ」
ハルミナにもカリンと同じように丁寧に説明しながら、指の付け根を意識させて裏属性魔法を発動させる練習を何度もする。
「できたわ。4本の指全部で裏属性が使えるわ。ユヅキさんの教え方すごいわね。これなら重力魔法がわたしにも使えるかしら」
ハルミナは光魔法を発動させた後、反転させたが上手くいかなかったようだ。
「4本の指全部のタイミングを合わせないとダメなんだろうな。もう少し練習すればできるようになるんじゃないか」
「私がやってみるわ」
他の指も練習して、全ての指の裏属性を使えるようになったカリンが、右手に光魔法を発動させた。
「これを反転させればいいのね」
手首を返して下向きに全ての指を弾くと、カリンの手から光が消えた次の瞬間。激しい音が響き渡たり、カリンの足元の床が円形に崩れる。
「うおおっ、何だ! これが重力魔法か!」
こんな分厚い木の床に直径2mにもなる大穴を開けやがった。床の木は木っ端みじんに地上へと落ちていき、穴からは土台の樹木の枝が見えているぞ。
激しい破壊音を聞きつけたエルフ達が集まって来た。俺達は床を壊したことを謝ったが、もうこの部屋には来るなと怒られて、自分達の部屋に引き返した。
「あんなに怒らなくてもいいのにね」
いや、あれだけ破壊したら怒られて当たり前だ。カリンの魔力は半端ね~な。もう少し自重してくれよ。
「さっき大きな音がしたが、ユヅキ達だったのか」
タティナの居たこの部屋まで聞こえていたか。カリンのした事なら仕方ないなと、呆れている。
「そうだ、タティナ。俺達、裏属性魔法を教えてもらったんだ。タティナもやってみないか」
俺が火魔法を反転させて風魔法を人差し指から出したのを見て、興味を持ったようだ。タティナにもやり方を教えると、いろいろと試して練習をしている。
「おお、これはすごいな。あたいにも風魔法が使えるぞ」
タティナも裏属性を覚えて、色んな風の魔術を試している。初めて魔法を覚えた時のようにすごく楽しそうだ。
「おっと、もう夕方か。俺はナミディアさんの容体を見てくるよ」
医務室に寝ているナミディアさんの元へと向かう。
体調はいいようだな。ナミディアさんは起き上がり、医師のエルトナさんと話をしているところだった。
「ユヅキさん。先ほど治療が終わったところです。ほぼ回復していますね」
「そうか、良かったな、ナミディアさん。もう苦しくはないんだな」
「はい、ユヅキ殿。ご心配をおかけしました。間もなく旅に出られそうです」
「数日もすれば充分旅に出られる状態になるでしょう。首に塗っている薬を渡しておきます、旅に出る際はお使いください」
それなら、もう安心だな。エルトナさんから塗り薬をもらい、ゆっくり休むように言ってから部屋を出た。
「カリン。2、3日後にはここを出られそうだ」
「そう。ナミディアはもういいのね」
「ああ、だが海水が足りないそうだ。ここを出る前にまた海水を汲みに行こうか」
「それなら、あたいは族長に挨拶に行ってくるよ」
タティナが族長の部屋へと向かった。俺は地図を広げてこの先のルートを確認していく。
「やっとこの里から出れるのね。あっちに行っちゃダメとかこっちはダメとか、うざったい所だったわね」
「そんな事ばかりでもなかっただろう、裏属性魔法も教えてもらったし」
「そうね、それはさすがにエルフの里らしかったわね。でも住んでる人は人目を気にしながら暮らしてるみたいで、息が詰まりそうだわ」
確かにな。だがここは隠れ里なんだから仕方ないだろう。
「1週間にも満たない日々だったが、こんな隠れ里を見ることができて良かったじゃないか」
「まあ、ここまでは大体予定通りに来ているし、ユヅキがいいんならそれでいいわ」
俺も早く人族の国には行きたいが、人族とはどんな人達なのか分からない。帝国南部の紛争状態も詳しく分からない中、慎重に進んだ方がいいと思っている。カリン達の安全が最優先だからな。
俺の我がままに付いて来てもらっているんだ、俺がしっかり守らないとな。より安全なルートがないか探して地図を見つめる。




