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第105話 海の水

「タティナ。この里から外に出て海を探しに行きたいんだが」

「族長に聞いてこよう」

「カリン、この窓から海の方向……、お魚の臭いのする方向は分かるか?」

「あっちね」


 ビッシッと指差す。こいつの嗅覚には驚かされるな、多分その方向が最短距離なんだろう。

 俺は単眼鏡を取り出し、廊下の窓から身を乗り出してカリンが指差した方向を見る。木の間から確かに海が見える。だがその海へ向かう道は無いようだ。


「あんた達、昨日来た余所者よね。何をしているのかしら」


 窓の外を眺める俺達の後ろから、若いエルフが声を掛けてきた。銀色の短髪の少女、見た目カリンと同じか年下のように見える。だが相手はエルフだからな、見た目で若いかどうか分からない。


「海を探している。この方向に海が見えたが、道が分からないんだ。知っているか」

「確かにその方向に海はあるけど。ここからじゃ見えないし、道も無いわよ」

「いや、海は見えた。それほど遠くないように見えるが」


 俺は単眼鏡を渡して、海が見えた方向を見るように言った。


「なに、これ! あんな遠くが近くに見えるわよ。もしかしてこれが魔道具と言う物なのかしら」

「あなた、魔道具を見るのは初めて。これは遠見の魔道具と言うのよ」


 濃い緑の瞳を持つエルフは、目をパチクリと瞬かせて驚いている。そんな少女にカリンは得意げに話すが、これは単眼鏡で魔道具ではないのだがな。

 そのエルフはもう一度単眼鏡を覗き込んで、海の方向を見つめる。


「確かに海が見えるわね。昔父さんに連れて行ってもらった海だわ」

「するとここから海には行けるんだな」

「ええ。道は無いけど鐘半分ほど歩けば海に出られるわよ」


 どうもこのエルフの少女は、他の者と違ってよくしゃべるな。まだ幼いからなのか好奇心が旺盛なようで、表情もコロコロと変わる。余所者の俺達相手でも屈託なく話をしてくる。

 そこにタティナが帰って来た。


「ユヅキ。我々だけで外に出るのはダメだそうだ。族長はこの里が見つかるのを恐れているようだ」

「あなた達、海に行きたいの?」

「ああ、海の水が欲しいんだ。仲間が病気で苦しんでいる」

「それなら、わたしが一緒に行ってあげましょうか」

「本当か、それは助かる」


 族長の所に聞きに行ってもらうと、この少女に護衛を2人付けて馬を使わず徒歩で行くならと、許可を出してくれた。


「ところで君は成人しているのか。親の承諾なしでこの里の外に行ってもいいのか?」

「わたしはハルミナって言うの。2年前に成人しているわよ、失礼ね」


 そう言われてもエルフの年齢は分からんからな。あれっ、そういやタティナの年齢も聞いたことがないな。もしかしたら俺よりも上か?


「俺はユヅキ。こっちがカリンで、タティナだ。俺とカリンが一緒に行こうと思うがいいか?」

「ええ、いいわよ。わたしが案内してあげるわ」

「ねえ、ユヅキ。徒歩で行けって言ってたけど、高速移動で行きましょうよ」

「そうだな。途中は魔の森だし、往復で鐘1つも歩いてられんな」


 ハルミナにはタティナの靴を履いてもらう。一列に並んで走ればすぐに着けるだろう。


「ハルミナ、すまんがこの靴を履いて火属性以外の魔力を足から流してくれるか」

「足から? こうかしら。キャッ」


 横で支えていたが、転んでしまったようだ。


「なにこれ、足が滑るわよ」

「これで海まで行くのよ。すぐに出発しましょう」


 まあ、俺が支えながら走れば大丈夫だろう。

 ハルミナに案内されて、大木の螺旋階段を降りる。ハルミナは4ヵ所の覗き穴から外の様子を確認してから地上に出た。


「ハルミナ。こっちの方向でいいんだな」

「ええ、こっちに行けば海に出れるわ、でも森の中を行くしかないわよ」

「カリン、先頭になって高速移動で進んでくれるか」

「分かったわ。ちゃんと掴まってなさい」


 カリンに任せれば海まで一直線で行ってくれる。俺がカリンの腰を掴んで、ハルミナはその間に入ってもらう。

 ハルミナにも風の靴に魔力を流してもらい、高速移動で森を抜けていく。


「うわ~、なにこれ~。なんでこんなに速く走れるのよ~」


 ハルミナが俺の前で何か叫んでいるが、魔獣を監視しながら走らないといけない。幸い銀髪の髪はショートヘアで俺の顔に当たらないが、あまり暴れないでほしいものだ。

 海にはすぐに着くことができた。砂の浜辺が綺麗な海だった。ハルミナは浜辺に座り込んでいるが、そこで少し休憩していてくれ。


「カリン。水筒に海水を入れよう」


 ナミディアさんから預かってきた水筒は、3リットル以上入りそうな大きな物が2つ。表面が木と樹脂で覆われたガラス製の容器だ。

 海の水は冷たいが満タンに入れて口を密閉し、俺が背中に担ぎもと来た道を戻る。


 帰りに魔獣と出くわしてしまったが、カリンの魔法と俺の魔道弓で走りながら倒す。魔石も素材も気にせず倒すだけなので楽である。

 往復したが鐘半分の半分、約45分ほどでエルフの里まで戻って来れた。


「この靴はいったい何なのよ。それにあんな速く走る魔法なんて、この里のエルフでもできる者なんていないわよ」


 何かブツブツと文句を言っているが、海水の処理が先だ。俺達はかまどのある部屋に行き、持って帰った海水を沸騰させる。これはナミディアさんの治療に使うものだ。弱った体に微生物がいる海水をそのまま使うのは良くないだろうからな。


「ハルミナ、ついて来てくれてありがとうな。これでナミディアさんも良くなるよ」

「わたしもいい経験ができたわ。この靴はお返しするわ」


 ハルミナは靴を俺達に渡して、自分の靴に履き替えた。


「ユヅキ、足が冷えたわ。ドライヤーで温めてくれない」


 海に入った時にブーツを濡らしてしまって冷えたようだな。


「それなら、足湯にしないか」

「アシユ? ああ、ドウーベの町の旅館にあったやつね。そうね、ちょうどいいわね」


 大きなタライを借りてきて湯を入れ、カリンと横に並んで座り俺も足を入れて温まる。


「あなた達、何をしているのかしら」

「足湯って言ってな。こうすると体が温まるんだ。ハルミナも風を受けて冷えただろう、一緒に足を入れてみろよ」


 冬のさなか、高速移動で風を受ければ体も冷える。俺達の様子を見てハルミナも興味を持ったか、向かいに椅子を持ってきて座る。


「こんな事で体が温まるの?」


 半信半疑ながらハルミナも靴を脱ぎ、裸足で足湯に浸かる。タライに入れたお湯の温度はいい具合だ。しばらくするとハルミナも温まってきたようだ。


「そうね、なんだか体がポカポカしてきたわね」

「お風呂があったらもっといいんだけどな」

「オフロ?」

「ユヅキ~、こんなところじゃ無理よ。ここは木の上なのよ~」

「それも、そ~だな~」


 体も温まりリラックスしてきた。椅子に腰掛け足を放り出して、ゆったりと微睡(まどろ)む。

 そろそろ沸騰させた海水も冷えてきたか。足湯はこのあたりにして、ナミディアさんの治療をしに行こう。


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