第103話 隠れ里
翌朝。
「里長、世話になったな」
「騒動に巻き込んでしまって、すまなかったのう」
「レウヌスさんのこと、よろしく頼む」
「ああ、任せておけ。気をつけて行くのじゃぞ」
ダークエルフの里の者に見送られて俺達は南へと向かう。ナミディアさんを俺の後ろに乗せ、馬3頭でエルフの隠れ里へと向かう。
長丁場になるので、馬を速く走らせるわけにはいかないが馬車よりは速く、予定では12日程で隠れ里に着けるとの事だった。
「この細い街道、さすがに魔物が多いわね。鬱陶しいわ」
帝国兵に追われないように西海岸沿いの街道を南に行くが、両脇を魔の森に挟まれ魔獣が現れる事も多い。まあ、帝国兵に遭遇するよりはましだな。
「あれだけの魔物を馬に乗りながら倒して行けるなんてすごいですね。どうも私は足手まといのようで、すみません」
ここは街道沿いの森の中。夜警前の夕食をみんなで一緒に食べながら話す。
海洋族のナミディアさんは馬を操る事ができない。攻撃魔法は使えるが、魔獣相手では命中せず恐縮しているようだ。
「そんな事はないさ。夜警などは4人で分担できるし助かっている」
「そうよ、ユヅキだって大した魔法が使えないんだから、同じようなものだわ」
カリンとタティナは馬を走らせながら、魔法を使って魔獣を倒している。俺はせいぜい魔獣を見つけて知らせるだけだからな、ナミディアさんと大して変わらん。
「途中で会ったダークエルフの人は、無事里に着けたでしょうか」
傭兵をしていて里に戻る途中の2人のダークエルフと街道で出会った。タティナが里の様子を話し驚いていたな。
そのダークエルフは、南部地方の少数民族との争いに加わろうとしていたそうだ。その争いが自分達の里にも向かっていたとは、思ってもみなかったと言っていた。
「ダークエルフは強いから里は大丈夫だろうが、帝国から目を付けられたとしたら戦闘は長引くな」
「タティナも気がかりじゃないの。兵力なら帝国の方が圧倒的に上でしょう」
今回里を襲撃した兵力もそれなりだったが、次に攻めてくる時はもっと多くなっているはずだ。
「心配ない。そのような時は帝国を捨てて共和国に付くことになる」
「帝国から寝返ると言うことか」
「寝返るもなにも、もとより帝国とは協力関係にあるだけで、帝国が裏切るのなら共和国と組んで対抗するだけだ」
「そんな事も考えているから、里が国境近くにあるのか?」
「里長は色々と考えている。一族全員を里に呼び戻したのも考えあっての事だろう」
自らの事は自ら考えて行動する。独立精神の高い民族のようだな。
数日後。道を進んで行くと、分かれ道に差し掛かった。ここは帝国全土の南北の中央付近、西の端で海岸に近い位置となる。
「これを左に行くと帝都だな。この右側を海岸に向かいまっすぐ行くと、エルフの里があるはずだ」
里に向かう道は無く、タティナに従い街道を外れ森の中に入って行く。里長からはこの先、高い木の生い茂る場所がエルフの隠れ里だと聞かされている。
しばらく進むと確かに高い木が密集している場所がある。
「ここからは、馬から降りて進もう。魔獣も多いが気を付けてくれ」
里近くからは馬から降りて歩いて行く事にする。人の里に馬で乗り入れるのは無作法である。敵意があると見られ、変に警戒されても困るしな。
馬を引いてしばらく歩いていると、急に4人とも地面に蹲ってしまった。なにか上から押さえつけられたように重く動けない。
「な、なんだいったい」
さらに力が強くなり、腹ばいになる。何とか頭を持ち上げて目だけで辺りを見てみると、下草が直径3mぐらいの範囲で下に押さえつけられている。
重力魔法か!?
俺達のいる場所だけ重力が増している。
俺は全身の力を使い転がってその範囲の外に出ようとした。さらに重力が増したが、そのまま転がり何とか魔法範囲の外に出て飛び退く。
飛び退いた場所に新たな重力魔法が撃たれたのか、茂っていた草が一斉に潰れる。
狙われないように高速移動でジグザグに走ると、何度か撃ってきた魔法は円ではなく楕円形になっていた。
その方向は最初俺達がいた辺りを示している。
「木の上か!」
上に向かって炎魔法を撃ち放つ。タティナも重力から逃れていて、同じ場所に炎を放つ。すると魔法が解けたようでカリンも立ち上がった。
「待て! 俺達は戦いに来たんじゃない。ダークエルフの里長から書状を預かってきている!」
俺は大声で叫んだ。
タティナは手加減してくれたが、カリンは魔法を撃つんじゃないぞ。本格的な戦闘になってしまう。
「そこに居るのはダークエルフだな。名は何という」
木の上から声が降ってくる。
「あたいはタティナだ。里長から火急の知らせがある。それを伝えに来ただけだ」
俺達の前にエルフ族の男がふたり現れた。耳が尖がって知的な顔立ちだ。肌の色は白くいかにもエルフと言った感じだな。
「里に案内しよう。ついて来い」
だがナミディアさんが膝を突いたまま立ち上がる事ができない。急ぎ駆け寄るが、苦しそうに胸を押さえ声も出ないようだ。
「ナミディアさん、大丈夫か! どこか傷を負ったか? 痛いところはあるか」
「息が……苦しくて……」
さっきの攻撃で地面に胸を押さえつけられて息が詰まってしまったのか、苦しそうに咳き込んでいる。
「肩を貸すわ」
苦しそうなナミディアさんの両脇をカリンと一緒に抱えて、エルフの後ろに付いて森の中を歩く。
「カリンとタティナは大丈夫だったか」
「私も息が少し苦しかったけど、いったい何だったの。あれは魔法だったの」
「多分、俺達が知らない属性の魔法だろう」
俺達の知る属性は火、風、土、水、そして光属性。それにない魔法、重力属性。エルフ独自の魔法か?
「もうすぐ里だ。そこで休ませろ」
「あんたが攻撃してきたからでしょう。謝りなさいよ」
まあ、このエルフ達も自分の仕事をしただけだ。悪びれた様子もなく俺達の先を行く。口数が少なく表情も乏しい。何を考えているのか分からんが、これがエルフ族と言うものなんだろう。
里だと案内された場所には何もない、大木が立ち並んでいるだけの場所だ。里を守る石垣も家もない。
「ここがエルフの里か?」
「馬をこの中に入れろ」
近くの岩場に洞窟があり、そして地下へ続く道。その奥は農園だった。周りは岩に囲まれているが、上からは陽の光が降り注ぐ何とも不思議な空間だ。
3頭の馬を杭につないで周りを見たが、豆やトマトの実などが立ち並んだよく整備されている農園だ。地上から全く見ることができない場所なんだろう。
洞窟を出てすぐ横の大木に扉があり、中には螺旋階段があった。
「俺達の家は木の上にある。この階段から登れ」
上を見ると家らしき物が木の葉の隙間から見え隠れしている。なるほど、これでは普通の者が来ても分からないだろうな。
その階段を登ると、木の間にツタの橋が架かる場所に出た。地上からはかなり高い位置だが、木の枝に偽装した家がいくつもあり、木の廊下やツタの橋でつながれている。こんな高い位置に里と呼べる規模の集落があるとはな。
「ナミディアさんを早く休ませたい」
「こっちだ」
1本のツタの橋を渡り、大きな家に案内される。これが族長の家らしい。待合室のような所でナミディアさんを休ませる。
「ユヅキ。あたいは族長の元に行って話をし、書状を渡してくる」
「分かった。俺はここでナミディアさんを診ている」
「頼む。医術の心得のある者を呼んでもらうようにする」
そう言って、ふたりのエルフの後についてタティナは族長の元へと向かう。




