第100話 ダークエルフの里1
「祝いの準備ができたようだ。こちらに来てくれるか」
タティナに連れられ広間に通された。上座には先ほどの里長が座り、その左右に背の低いお膳のようなテーブルが並び座布団が用意されていた。温泉の宴会場のような雰囲気だな。
既に20人程のダークエルフの人達が席に座っている。俺達は里長の近くの席に案内され、皆が席に着いたところで里長が話し出す。
「旅に出ていたタティナが再び帰って来てくれた。前回は1年ほど前になるか、共和国の武闘大会に出た後じゃった。その頃にも増して強くなっておるじゃろう。今回は世話になっておる方々も連れてきてくれた。皆で歓迎したい」
乾杯の音頭を取らずとも、皆がお膳の上にあるお猪口に注がれた酒をかざして飲み干す。これで宴会が始まったようだ。
「タティナお姉さま、明日また勝負してくださいね。私楽しみに待っていたんですから」
「分かったよ。だがユヅキ達とも稽古した方がセルシャのためになるだろう」
「そうなんですか。ユヅキ様はお強いんですか」
「いやいや、俺はそんなに強くないさ」
ムフフなお姉さんが話しかけてくれるのは嬉しいのだが、ここにいるのは戦闘民族の者達だ。勝負だのどちらが強いかなどと、そんな話ばかりしているじゃないか。怖え~。
「私はタティナと同じぐらい強いわよ」
「あら、そうなんですの。では明日勝負しましょう」
こらカリン、こんな人達と張り合うなよ。怖いもの知らずな奴だな!
横に座るタティナの元には、久しぶりに会う里の友人達も酒を注ぎに来る。
「タティナよ。お前は旅を終えてユヅキ殿の村に住むと言っていたな」
「シャウラ村はいいところだ。しばらくは住み続けるつもりだ」
「婿殿の傍にいたいのは分かるが、この里に戻り子を育てることは考えていないのか」
あくまで俺を婿にするつもりのようだ。なんだか外堀が徐々に埋められているように思うが気のせいか? それにしても里以外で結婚した者も、この里で子供を育てると言っていたが、ここは安全な場所なのか?
「タティナ。この里の周りは森だらけだ。暗くなってきたが魔獣などは襲ってこないのか」
この部屋には里の主だった者がいるそうだ。傭兵で里の外に出ている者が半数以上いるそうだが、里の規模からすると戦える者が少ないように思う。警戒が必要なら俺達も夜警に加わらないと駄目だと思うんだがな。
「この里の周りに魔獣は少ない。周囲にある石垣で充分防げる。シャウラ村よりも安全だ」
「そうなのか。シャウラ村もそこそこ安全だぞ」
「何を言っている。キリン牛みたいな人の背丈の2倍以上ある魔獣、あたいは見たことがなかったぞ」
「ほほう、人の2倍の魔獣だと」
戦闘民族のダークエルフ達の目がキラリと光る。怖え~。
「それが10頭以上の群れで裏山を走り回っている。それ以外にも1本角で角だけでも人の背丈ほどある、大型の牛の魔獣もいる。シャウラ村とはそんな村だ」
あのキリン牛や一角牛もそれほど強くないぞ。確かに珍しい魔獣かもしれんが、肉も美味いし革も高く売れる。最近は村人も心待ちにしている魔獣じゃないか。
その後もタティナは他のダークエルフ達と楽しく笑いながら、珍しい魔獣や村の風呂の話などに花を咲かせる。
里長が俺の前に座り、酒を注ぎに来てくれた。おっと俺が先に注ぎにいかないといけなかったな。失礼だったか。恐縮しつつ杯を受ける。
「ユヅキ殿。わしの弟子はそなたらの村で、良い修業をさせてもらっておるようじゃ。あ奴は里を出る前は鋭すぎて、いつ折れるか分からぬ諸刃の剣のようじゃった。今はしなやかだが芯の強い刀のようじゃ。よくここまで導いてくれたのう、感謝するよ」
「いや俺は感謝されるような事はしていない。ただ一緒に楽しくタティナと過ごしているだけだ」
「そうか楽しくか……ありがとうユヅキ殿。やはりおぬしはタティナにふさわしい婿殿じゃ」
楽しい宴会は夜が更けるまで続いた。
翌日、少し酒が残っているが、朝早く目覚めた俺はいつものように鍛錬をしようと庭に出た。よく見ると他の家の前にもダークエルフがいて鍛錬をしているようだ。
いつものように剣道の素振りをしていると、昨日タティナと話ていたムフフなお姉さんが近づいてきた。確か名はセルシャと言ったな。
「面白い練習法ですのね。人族独自の鍛錬なのかしら」
確かに剣道はこの世界には無いからな、珍しいのだろう。セルシャもこの庭で鍛錬をするようだ。
「去年、お姉さまが里に戻られて私驚きました。武闘大会で2位になって戻って来られました」
隣りで剣を振りながら、セルシャが話し掛けてきた。そうだろうな、共和国で2位だからな。すごい事だ。
「まさか優勝もしないで、皆の前に現れるなんて。お姉さまはこの里で1、2を争う使い手。信じられませんでした。そして旅を終えてあなたの村に住むなど……お姉さまは変わられてしまいました」
「そんなことはないだろう、タティナは強い。国で2位なんてすごいじゃないか」
「たかが共和国の中での話。帝国では全く通用しませんわ。私がお姉さまの目を覚まさせてあげますわ。もうあなたの村に帰すことはないと思っておいてくださいませ」
そう言い残してセルシャは帰っていった。どうもダークエルフ族というのは強さを求めるものらしいな。そういえば最初に出会った頃のタティナもそんな感じだったか。
俺達は朝食を終えた後、里長の元に行き帝国の内情について話を聞く。これが本来の目的だ。タティナが海洋族や俺達の事情を説明し里長も納得し話してくれた。
「今、帝国南部で小競り合いが起きているようだ。南部地方は少数民族が多くて時々このようなことは起こる」
「原因が何か分かるか」
「宗教対立のようなものじゃろう。神などおらぬ事は分かっておっても、各民族で信ずるものはある。帝国は最近初代勇者の事を持ち出し、国を治めようとしておる」
「宗教対立となると長引きそうか?」
自らの信ずる正義に起因しているなら、双方とも引くことはないから対立が長くなるかもしれない。
「普通なら小競り合い程度で済むんじゃが、国境検問を厳しくしたり港を閉鎖したりと少し大げさすぎる。なにか別の目的があるのかも知れん」
「帝国がもっと大きな戦いを画策していると言うことか?」
「それは分からんな。南方より遠く離れたこの地までは、何が起こっているか正確に伝わってこんからな」
人族の国に行くには、その南部地方を通り抜けないといけない。詳細について知りたいと言うと、南部にいる里の者が帰って来れば分かるだろうと言ってくれた。
今は南部の少数民族の町が、どの辺りにあるかだけを聞いて俺は地図に書き込む。




