第99話 帝国国境
朝に宿を出て、帝国国境へと徒歩で向かう。検問所までは鐘半分程しか掛からない。
「タティナ。ほんとに結婚式に出席するってだけで、入れるんでしょうね」
「それはそうだろう。自分の婿殿や知人を式に連れて行くのを止められるわけはない」
まあ、普通はそうなのだが、海洋族がふたりもいるし少し不安ではある。当のナミディアさんは平気そうに話す。
「少々疑われることがあっても、私達が普段通りにしていれば大丈夫だと思いますよ」
ナミディアさんは演技派だからな。俺は小心者だし何もしゃべらず黙っていよう。
検問所が近づいてきた。簡単な作りの建物と門があるだけの検問所に3人のリザードマンがいる。
「何者だ、お前たちは」
「あたいの婿殿とその家族。今からあたいの里で結婚式を開くので、知人と一緒に行くところだ」
「そいつらは海洋族じゃないか。なぜ海洋族がここにいる」
「旅の途中で知り合った友人だ。結婚式に出席してもらうために来てもらった。海洋族が結婚式に出席してはならないという法でもあるのか」
「いや、そのようなものは無いが……。怪しいではないか、こんな地に海洋族など」
「そんな訳の分からん事で、ダークエルフ族の婚姻にケチをつける気か? 強き者を求め旅し見つけた我が婿殿との結婚式、貴様は邪魔するつもりか!」
すごい剣幕でタティナが食って掛かる。
「我が婿殿はお強いぞ。そしてこのあたいもな。強い子供を産むための部族の婚儀に、そなた達が横やりを入れるというのか! 我らを敵にしてタダで済むと思うなよ!」
タティナが腰の2本の剣に手をかける。まあ、それはやり過ぎだろうが、俺も剣に肘を掛けてガチャリと音を鳴らす。タティナの迫力に押されたのか、相手のリザードマンは及び腰になり後退る。
「おい、何を揉めている。すまなかったな、若いもんが失礼をした」
責任者だろうか、騒ぎを聞きつけてやって来た。タティナは剣から手を降ろし、若い3人のリザードマンは責任者の後ろに隠れるように下がる。
「でも、こいつら移民族ですよ。そこに人族や海洋族まで連れてくるなんて」
「お前達は何のためにこの仕事をしている。国民を守るためだぞ。ダークエルフ族は我が国民なんだぞ」
どうも統制が取れていない感じだな。それともただの若者の跳ねっ返りと言うだけなのか。
「最近の若い奴は、ダークエルフとの盟約も知らん奴が多くてな。見苦しいところを見せた。こちらに名前を記録する。名を教えてくれるか」
書類を出してきた責任者に俺とカリンは本名を、ナミディアさん達は偽名を名乗った。無事検問所を抜けてダークエルフの里へ向かう。ここからは徒歩で半日の距離だ。
「この道を右に曲がれば、その先がダークエルフの里だ」
「あんた、さっきの本気じゃないわよね」
「さっきのと言うと?」
「強い子を産むって話よ!」
「婚姻を結び、子を成すのはあたり前だと思うのだが」
「なに言ってんのよ! 私達が先なの! まだチセの結婚式も済んでいないし」
「了解した。子を成すはシャウラ村に帰ってからと言うことだな」
カリンもムキになるなよ。冗談に決まっているだろう。タティナも冗談が言えるようになったのはいい事だぞ。うん、うん。
「やはり我々を警戒していたようですね」
「まあ、単に海洋族が珍しいからじゃないか。人族の俺も睨まれていたしな」
「帝国というのは、そんなにも他種族を嫌うのですか?」
スティリアさんの疑問には、帝国に詳しいタティナが答える。
「確かにリザードマンが多い国ではあるが、差別はしていないはずだ。優れた者は種族に関係なく上位の役職に就くと聞いている」
スティリアさんのおじいさんも、そんな事を言っていたな。だが今は違うとも言っていた。国の内部事情はスティリアさんのおじいさんの方が詳しいか。
「ダークエルフも役職に就くのか?」
「いや、あたいらは傭兵を生業としている。国の組織に入ったり特定の者に従うことは無い」
「そういや国境の役人が言っていた、盟約ってのはなんなんだ」
「あたいも詳しくは知らないが、古い時代に交わした約束で、リザードマンとダークエルフは同じ道を行く友だというものだ。盟約にはお互い協力するが干渉はせず、独立した存在であると書かれているらしい」
国同士の友好条約と同じようなものなのか。古い時代の事だと言うなら風化して知らない者がいても仕方ないか。
そうこうしているうちに、ダークエルフの里に到着したようだ。
「タティナお嬢じゃないか!」
「友人達を連れて来た。お師匠様はいるか」
「お~い。お嬢が帰って来たぞ!」
門の前にいたダークエルフの男が、タティナの帰還を里の者に知らせる。
「さあ、御友人方も中へ入ってください」
歓迎されているようだな。国境とはえらい違いだ。
ダークエルフの里は林に囲まれた小さな村で、シャウラ村と同じぐらいの規模か。穀倉地はなく小さな畑がある程度で、あとは里の者が住む木造の住宅があるだけだ。
村の周囲が石垣で囲まれているとは言え、この世界で木造の家とは珍しい。俺達は里長が住むという大きな家に招かれた。
「タティナ、久しいのう。婿殿を連れて帰って来たのか」
「お師匠様も、お元気そうで何よりです」
「ご友人方も、ゆるりとされよ」
里長がタティナの師匠なのか。年取った男性のダークエルフだが、歳の割に足の運びに隙は無く、優しそうな瞳の奥に俺達を洞察する光が宿る。かつての強者か、細い体ではあるが筋肉が盛り上がっているな。ただ、婿殿と言うのは少し違うぞ。
「俺はユヅキ。そして妻のカリンだ。少し勘違いしているようだが、タティナの婿として来た訳ではないぞ」
「そなたが、ユヅキ殿にカリン殿か。話はタティナから聞いておる。お強いそうじゃな。強き者と婚姻し子を成すは必然。先妻のカリン殿も歓迎いたしましょう」
「いやいや、俺なんかタティナの足元にも及ばないさ。村ではタティナに世話をかけている」
「まあ、謙遜されなくとも構わぬよ。今日は疲れたじゃろう。祝いの席を設ける。ゆっくりしていってくれ」
俺達は部屋を与えられ、荷物を降ろして寛ぐ。
「ナミディアさん。ここまでは順調に来れたが、この里ではどのようにする」
「ゆっくりと帝国の話を聞きたいし2、3日程はここに居たいですが、ユヅキ殿はそれでもいいでしょうか」
「それぐらいならいいさ。俺達もこの先の事を考えると、帝国の情報は知っておきたいからな」
「タティナさん。ここでは誰に話を聞けばいいですか」
「誰でも構わん。この里で見聞きしたことを、余所で話すような奴はいないからな。お師匠様が物知りだから後で一緒に聞きに行こう」
帝国内の事を聞いてできるだけ安全な道を選びたい。俺はもう一度帝国内の地図を見て、これから先の行程を考える。




