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第97話 レグルスでの新年

 食事の後、俺はスティリアさんのおじいさんの書斎に案内された。


「おい、あの地図を持ってきてくれんか」

「よろしいのですか」

「構わんよ」


 執事のボルジナさんが大きな地図を持ってきてテーブルに広げた。それは詳細な帝国の地図だった。


「これは軍事用の地図じゃないのか。俺に見せて大丈夫なのか」

「君には分かるか」

「それにこの縦と横の線は緯度と経度じゃないか。あなたはこの大地が丸い事を知っているのか」


 地球儀を広げたような地図だ。この惑星が丸い事を知らないと描けない地図だった。


「さすが人族だな。これはワシが皇帝に仕えていた頃に、人族から教えてもらった技術で描いた地図だ。かなり前の物だが今でも充分使える」


 すごいものだな。そんな時代にこのような地図を描く技術があったとは。


「これを君に渡そう。ワシが持っていても役に立たない代物だからな」

「いいのか。こんな貴重な物を」

「君ならこれを活用してくれるだろう」


 旅の役に立つと思い、地図を見せてほしいと言ったが、ここまで詳細な地図だとは思わなかった。


「君は、教皇と言うのを知っているかね」

「宗教の指導者で、一番上の位にいる者の事か?」

「帝国が建国される前は、宗教国家でその教皇が全てを支配していたと聞いている」


 帝国ができたのは、人族との大戦の後だと聞いた事がある。今から300年とか400年前の話だったはずだ。


「君は皇帝や教皇の事をどう思う」

「どちらも独裁者だ。人々を力で従わせるか、神の言葉で従わせるかの違いだけだ。俺はどちらも気に食わないな」

「ワシは先々代の皇帝に仕えていた。その方は力で国を治める人だった。君の気に食わない皇帝だな」

「すまない。気に障ったのなら謝ろう」

「いや、構わんよ。ワシも帝国を裏切りこの共和国に来た者だからな」


 何か寂しそうなこの老人に悪い事をしたような気になった。

 この裕福な屋敷を見る限り、権力闘争に敗れ没落した訳でもなさそうだ。自ら帝国貴族の地位を捨て、故郷を捨てる重い決断をしこの共和国に来たはずだ。


「ワシが仕えていた皇帝は力で抑えていたが、どのような種族の者であれ、力があれば上に取り上げられ要職に就いておった。その点では平等なのじゃよ」


 国の力を高めるため、実力あるものを活用する。それは国を統治する者として正しい。そんな皇帝に仕えていたから、この屋敷のメイド達も色んな種族の者がいるのか。


「だが先代と今の皇帝は、力ではなく初代皇帝の言葉を巧みに使い、臣民を支配しようとしている。その取り巻き連中も皇帝の意に従う者ばかりだ」

「初代皇帝と言うと、人族との大戦に勝ったと言う勇者の事か?」

「そうだ。その皇帝を神のように扱い、残された文献を読み解き臣民に流布し、宗教のように支配しようとしている」

「独裁者と言うのは、そのようなこともするだろう。自分を神や神の使いだと名乗る者もいる」

「先代も今の皇帝も先々代の直系……本来は力のある者が皇帝の座に就くのだがな」


 この人は武闘派なんだろうな。口だけで支配しようとする、先代や今の皇帝の遣り様(やりよう)が腹立たしいのかもしれないな。


「だが皇帝とは、ずっと世襲ではないのか」

「たまたま続いただけで、合議で臣下の中から皇帝になる事も、争って皇帝になる事もあるよ。競い合ってより良い者が臣民を導く、それが皇帝だとワシは思っておる」


 エルトナ王国は完全な世襲君主制だったな。ある程度自由な共和国は経済的に発展している。大陸の3ヶ国の中で裕福でない帝国は、真に力ある者が皇帝とならなければ滅ぶと危惧しているようだ。帝国を裏切ったと言っていたが、この老人は未だ帝国の事を愛しているのかも知れんな。


「俺は、人民一人ひとりが考えて判断し、進んで行くことが大事なことだと思っている。自分の事を王であれ皇帝であれ、他人任せにするようではダメだろう」

「君はそのように考えるのか……。ワシもこの共和国にきて自由というものを学んだつもりだが、君の言うことはその先にあるように思えるな。いや、為になったよ。やはりこの地図は君が持っていてくれ」

「そうか。なら遠慮なくもらうことにする。助かるよ」


 その日は大きなベッドでゆっくりと休むことができた。

 翌日、朝食を食べた後すぐに屋敷を出る。今日は大晦日だ。いつまでもこの屋敷の世話になる訳にもいかないからな。


「セルン、いつでも遊びに来ていいぞ。なんだかひ孫ができたような気分だな」

「はい、ありがとうございます。おじい様」

「じゃあ、これで失礼する」

「ああ、また来てくれ」


 屋敷の者に見送られて門を出る。


「カリン、なにかもらったのか?」

「昨日、着た服と靴と旅の保存食をもらったわ。この服、肌触りがいいのよ」

「セルンもか」

「はい、服と靴と本をもらいました」

「それは良かったな。今夜は年始のお祭りだ。みんなで楽しもうな」


 俺達は一旦宿に戻り荷物を置いて街に出る。

 華やいだ街を見て回り、夜中にはこの国の年始の祭りを見るが、セルンは眠たそうだ。こんな夜中まで起きていたことはないはずだからな。

 真夜中、鐘8つの音が鳴り響く。


 ――カンコ~ン カンコ~ン


 それと同時に帽子やスカーフを空に放り投げる。この国では身に付けた物をこのようにし祝う。俺達も露店で買ったスカーフを空に向かって投げた。


「メルクメス、ジアベニュ」


 周りの人達も口々にお祝いの言葉を叫ぶ。


「タティナもやってみろよ」

「お、おう。メルクメス、ジアベニュ」


 大勢の人が笑顔で集まる広場。初めてで戸惑っていたタティナもスカーフを空に投げて、周りの人と同じようにお祝いの言葉を口にする。さっきまで眠そうだったセルンもお祭りに参加できて嬉しそうだ。


 俺がこの世界に来て3度目の新年だ。この世界で色々な経験をした。何も分からず放り出された世界であったが、ここが遥か未来の地球だと知った。

 俺のいた時代の家族は既に死んでいる。もう元の時代に戻ることはできないだろう。この遠い世界、俺の知る者はもう誰もいない。夜空に輝く十字に交わった天の川。それを見上げて俺は涙していた。


「どうしたのよ、ユヅキ。村を離れて寂しくなったの。私がいるじゃない」

「そうだな。お前がいれば、俺は寂しくないさ」


 この世界で新しい家族ができた。それはかけがえのないものだ。それだけで充分じゃないか。俺は夜空の元、カリンを抱きしめた。


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