第95話 レグルスの観光
みんなで楽しく食事をし、夜も更けセルンは眠ったようだ。俺達は海洋族からの依頼について相談する。
「じゃあ、このルートで帝国に入る事で構わないな」
「その道ならあたいもよく知っている。馬車を借りれば早く着けるだろう」
「何日ぐらいかかりそうだ」
「なにもなければ1週間半……12日ほどだな。明日馬車の予約をしておこう」
「国境の検問は越えられるの? 国境を閉鎖してるって噂なんでしょう」
「あたいが里に帰ると言えば通してくれるさ」
「海洋族の人達もいるのよ。そう簡単に通してくれるかしら?」
「問題ない。あたいとユヅキの結婚式だと言えばいい。その親族と友人なら通してくれる」
「なっ! 結婚式! ユヅキ、あんたいつの間にそんな関係になってたのよ」
カリンが俺の襟首を絞めながら頭をガクンガクンと揺さぶる。こいつはバカか! そんなの方便に決まっているだろうが。
横でタティナは何事もなかったかのように説明を続ける。
「国境を越えた後は徒歩になる。里までは半日ほどで着くが……」
「タティナ! 結婚するなら私とアイシャの承諾が要るんだからね」
「分かった。アイシャには後程デンデン貝を送ろう。それでいいか、カリン」
「ユヅキがどうしてもって言うなら、仕方ないけど私の下……いやチセの方が先ね。チセの下だからね」
「了解した。あたいはユヅキとの子供が授かるなら、他に文句は言わないさ」
おいおい。なんだか変な方向に話が進んでいるが、これは方便なんだよな。そ、そうか、騙すならまず味方からと言うからな。うん、そうだよな……。俺は慌てて元の帝国調査の話に引き戻す。
「タ、タティナ、帝国に入った後はどうするんだ。俺達はそのまま帝国の南端まで行きたいんだが」
「今は帝都に入る事はできないだろうが、途中のこの町までなら行けるはずだ」
南に向かう途中の大きな町で調査をし、帝国の冒険者を雇いタティナの里まで送ってもらうつもりらしいな。
「後は里の者が、共和国側にあるこの町まで送ってくれる。そこで護衛の冒険者を雇えば、馬車で西の港かこのレグルスまで帰って来ることができる」
共和国の国境近くにある町で、割と大きな町のようだ、護衛や馬車を見つけるのも容易いな。これで大体の計画はまとまった。
翌日は馬車の手配をしつつ、セルンやみんなとレグルスの観光をする。さすが自由都市の首都だな、活気にあふれているいい街じゃないか。
「タティナはここの武闘大会に出たんでしょう。どこで戦ったの?」
「あそこにある、闘技場だ」
「うわ~! 何あれ。アルヘナの城壁よりも高いんじゃない」
円形の観客席で石造りの外観は確かに城壁を思わせるな。遺跡ではなく、綺麗な外壁の円形闘技場だ。現役で使われているのだから当然だが、修理も行き届いていてクリーム色の漆喰に塗られた美しい建築物だ。
「タティナ師範。この中で戦ったんですか、すごいですね。中に入れるのかな」
今はお祭りの準備をしているのか、出入り口も開いていてセルンが中を覗き込んでいる。
「ちょっと、中に入ってみようか」
俺達は中の階段を上がって観客席に座ってみた。中央の広間の部分では、年末年始に行なう演劇の舞台を作っている最中だ。
「ここって広いんですね。何人ぐらいの人が集まるんでしょうね」
「2千人程だと聞いたな」
「そんなに集まるんですか、すごいですね」
ヨーロッパにあった大きなコロッセオは、確か数万人規模だったか。それに比べれば小さいのだが、この都市の人口自体が数万人程度なんだからそれなりの規模になるな。
この世界、獣人達の生存圏は狭く人口は少ない。大陸の大部分は魔の森、魔獣の住む領域だ。この大都市レグルスも城壁が無ければ生活もできないしな。
100億人いた人類とは比べものにならないが、自然を破壊し尽くし、自らの生存に危機をもたらした人類が優れていると俺には思えない。
「ここは闘技場以外の使い方もするんだな」
「いつもは音楽やら演劇をしていたな。そういえば珍しい武器の販売会もしていて、買いに来たことがあったな」
闘技場と言うと、いつも殺し合いをしているように思っていたが、大きなイベント会場みたいな場所のようだ。ここは平和な町なのだな。
街中にも大道芸人などがいて、既にお祭りのような雰囲気の中タティナに案内されて名所を見て歩く。カリンがおしゃれな服の店を見つけてセルンとふたり入って行った。
「タティナは店に入らなくてもいいのか」
俺とタティナは外のベンチに腰掛ける。
「あたいはああいう所が苦手なんでな」
「俺もそうだ。カリン達の買い物は時間がかかるぞ。露店で何か買ってこよう。甘いのがいいか? それとも串焼きの方がいいか」
「それなら串焼きをお願いしようか」
俺は串焼きとお茶を買って来て、タティナの横に座る。
「今日はいろんな名所を案内してくれて、ありがとな。楽しかったよ」
「ああ、あたいも楽しかったよ。前は街中を楽しく話しながら行き交う人を見て、何が楽しいのか分からなかった」
「ひとりで旅していた時の事か」
「そうだな。強い者と戦うことしか興味がなかった。今は守ることの難しさを実感している。あたいひとりが頑張ればそれでいいという訳にはいかんからな」
初めてトリマンの町の武闘大会で見た時と、今は雰囲気が大分違ってきている。柔らかくなってきている感じだが、一瞬の鋭さは前にも増している。リラックスする時とメリハリをつけているみたいだ。
今もカリン達が入って行った店に、不審な者がいないか気を配ってくれているようだ。
「タティナは、年末年始のお祭りに参加したことが無いといっていたな」
「この都市にも長く居たが、祭りには行かなかったな」
「今年はみんな一緒に祝えるな。楽しみだ」
「そうだな」
セルンもこんな大きな都市でのお祭りは初めてだろうし、折角だから明日はみんなで楽しもう。カリン達もようやく店から出て来た。日中も過ぎ鐘5つ、日暮れまで時間はあるが、先に用事を済ませておこう。
「俺は今から、スティリアさんの実家に届け物をしてくるよ」
「それなら、私も一緒に行くわ。スティリアさんの実家って元帝国貴族の家なんでしょう。見てみたいわ」
それならとみんなで行くことにした。届け物を渡すだけだから、屋敷を外から見るだけだろうけどな。
「確かこの辺りと聞いていたんだが」
街を周回している馬車を降り、少し歩き周囲を見渡す。都市部の中心地から離れた辺鄙な所だが、もらった地図だとこの辺りに家があるはずだ。道行く人に聞いてみた。
「この辺りにある、アリントンさんの家を知らないか」
「ここはもうアリントン家の敷地内だよ。あそこに見えている屋敷に行ってごらん」
普通の広場と畑だと思っていたが、ここがアリントン家の所有地なのか。教えてもらった家まではまだ相当な距離があるぞ。
行ってみた屋敷は石垣の塀に囲まれた3階建ての大きな家だった。王国貴族の屋敷のような家だ。固く閉ざした門の向こう側には衛兵がいて俺達を睨んでいる。
「すまんが、スティリアさんからの頼まれ物で、これを届けに来た。父親のジェドルドさんに渡してくれんか」
「スティリアお嬢様からだと! お前の名は何という」
「俺はユヅキだ」
「少し待っていろ」
衛兵は慌てたように屋敷内に入って行った。しばらくして執事なのか、リザードマンの紳士が衛兵と共にやって来た。
「失礼ですが、どこから来られたユヅキ様でしょうか」
身元確認をしているようだな。
「俺達はシャウラ村から来た。旅の途中でレグルスに寄るならこれを渡してほしいと預かって来ている」
デンデン貝を1つと手紙2通をその執事に渡した。受け取った封筒の封蝋を確かめつつ、丁寧に話し掛けてきた。
「失礼いたしました。私はここの執事をしています、ボルジナと言います。旦那様が是非にと申しております。屋敷に来ていただけるでしょうか」
スティリアさんの様子を聞きたいのだろう。後ろの3人も不満はないようだな。俺達は執事の後に付いて屋敷に向かった。




