表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

262/352

第89話 里帰り

「アイシャ、俺は人族の国へ行こうと思う」


 3日3晩考えて、出した結論だ。アイシャの傍にいるという約束を破ってでも、人族の国へ行かないといけない。


「私はこの子達を置いて、一緒に行くことはできないわ」

「すまない、アイシャ。いつもお前の傍にいると誓った俺だが、どうしても人族の国へ行かないとだめなんだ。許してくれ」


 アイシャの元を一時的に離れてでも真実を知りに行かねば、俺自身前に進むことができない。


「それなら私が一緒に行ってあげるわ。ユヅキは私がいないと何もできないものね」

「えっ、カリン。でもな、俺はな人族の国へだな、地球の事を聞きにだな……」

「里帰りしたいって事でしょう」


 里帰り? 人族の俺が人族の国へ行くんだから、そうなるのか。


「あ、ああ、すまんな。カリン」

「そこは、ありがとうでしょう。いったい何をウジウジ考えているのかと思ったら、里帰りするかどうかを考えていたの? さっさと言えば良かったのよ」


 単なる里帰りじゃなく、俺はこの世界にいる人類に会いに行くんだ。この何十億年も過ぎた地球で生き残った人類。いや生き残ったのでなく、俺と同じようにこの世界に飛ばされた人類か。


「師匠。またこの村に帰ってくるんですよね」

「ああ、そうだな。だが時間が掛かるかもしれないな」


 単に移動だけなら数ヶ月かもしれんが、人族の国で何が待っているか分からない。帰って来れるかどうかも分からないんだ。

 俺の言葉に不安を感じたのか、チセが俺にしがみついてきた。


「あたしはアイシャを残して、師匠について行く訳にはいきません。師匠、必ず帰って来て下さいね」

「チセ、大丈夫よ。ユヅキはちょっと里帰りするだけだもの。その後は私がちゃんと連れて帰るわよ」

「カリン。ユヅキさんの事を頼むわね。ユヅキさんもできるだけ早く帰って来てね。あなたはこの子達の父親なんですから」


 地図を見るとここから南に馬車で25日程行くと、共和国と帝国との国境に着くみたいだ。その先は分からないが、南の端までは相当な距離があるはずだ。街道はあるだろうが魔の森を通過したり、見知らぬ土地を行くことになる。命の危険もあるだろう。


 その先にある人族の国。それが国なのか、別の国の一部で人族が暮らしているだけなのかも分からない。どんな状況でも対応できるように考えて旅の準備をしたい。

 まずは村長の家に行き、村を離れ人族の国へ行くことを伝える。


「そうか里帰りにのお。この村のことを気にする必要はない。今なら自警団だけで村を守る事ができるでな。気を付けて行ってくるといい」

「すまないな村長。帰るまで半年以上、もっとかかるかもしれない」

「そうじゃのう。帝国の向こうまで行くとなるとそれぐらいかかるかのう。じゃが今帝国との国境付近で揉め事が起きていると聞いたぞ」


 村長の言うには、トリマンの町の商人が帝国になかなか入れないらしい。前回の買出しに行った村人が、そんな噂を耳にしたと言っている。

 それでも俺は帝国を抜けて、何としても人族の国へ行かないといけない。これは絶対だ。

 家に帰り旅の準備をしていると、タティナが家に訪れた。


「ユヅキが人族の国に行くとカリンから聞いた。あたいも連れて行ってくれないか」

「タティナは帝国出身で向こうの事詳しいみたいだし、一緒に行きましょうよ。ねっ、ユヅキ」


 カリンが気を使って、タティナに話を持っていってくれたようだな。


「だがタティナ、いいのか。俺の個人的な事だぞ」

「ユヅキ達とパーティーを組んで仕事ができるなら、どこででも同じことだ。それにユヅキを見ていて人族に興味が出てきた。人族の国がどのような所か見に行きたい」

「そうか、それなら俺も助かる。一緒に来てくれ」


 俺は村長の家で聞いた帝国の話をした。タティナが言うには、帝国では皇帝が代わるとか内紛がある時には、一時的に国境を閉鎖するらしい。

 大概は完全に閉鎖することは無いそうだ。特定の商人とかは入れるので、徒歩で一緒に入る事もできるだろうと言っている。


「1年ほど前に里に帰った時は、普通に国境を越えて里に入れた。里でもそのような話は聞かなかったな」


 帝国内で何かあったのかもしれないが、帝国から遠いこの村では情報は伝わってこない。


「ユヅキ。帝国で何かあるというなら、身軽な格好で旅をした方がいいだろうな」


 基本的には乗り合い馬車での移動になるが、国境が閉鎖されていれば、そこから馬車で帝国内に入ることもできなくなる。

 その時々に応じて、徒歩だとか馬を走らせるとか、移動方法を変えられるようにした方がいいそうだ。


「それに船で行けるなら、船で行った方が早いな」

「えっ、船で人の移動はできないんじゃないのか」

「何を言っているんだ。人族がいれば船に乗せてくれるはずだ。ユヅキも国を出る時、船に乗せてもらったのだろう」


 そうなのか? 前に港町で聞いた時は、船での移動は厳しく制限されていると聞いていたが……。俺はこの世界で船に乗った事はない。だが人族の国を出てこの国に来たことになっているから、一度は船に乗った事になるな。ここは話を合わせておかないと。


「タティナやカリンが一緒でも大丈夫なのか、心配になってな」

「まあ、金は払わないとダメだろうが、あたい達ふたりぐらいなら大丈夫なはずだ」


 タティナは旅の途中で船に乗ろうとして、人族がいないならダメだと断られたそうだ。カイトスの港町は近くだ。行って聞いてみてダメなら、そこから陸路に切り替えても大差ないか。


 持っていく荷物は武器などは当然だが、野営ができるように寝たり料理ができる道具などを持っていく。できるだけ厳選して軽くなるようにしないとな。

 食料などは町で買うが、非常食として干し肉や小麦粉などを用意しておく。背中に担げるような形にするが、あれこれ持っていこうとすると重くなってしまった。


「カリン、この程度の荷物なら持てるか?」

「ちょっと重いわね。ずっと持って歩くのは無理ね」


 カリンは力が無いからな、俺達が分担して持たないといけないが長旅だ。無理して動けなくなっては元も子もない。

 そんな旅の準備をしていると、チセが俺の部屋にやって来た。


「師匠……長い旅になるんですか?」

「そうだな、少し長くなるかもしれない。すまないがその間、アイシャを頼むな」

「師匠。これはあたしのダイヤの指輪です。師匠が持っていてくれませんか、あたしだと思って……」


 やはり不安にさせてしまったか。


「それじゃ、俺のダイヤのイヤリングをチセが持っていてくれ。俺の代わりだ。俺はちゃんと帰ってくるさ」


 ダイヤのイヤリングを渡して、涙を浮かべるチセの頭を優しく撫でる。チセと出会ってから、これほど長く離れることは無かったからな。寂しい思いをさせてしまうが許してほしい。


「師匠。あたし待っています……必ず帰って来て下さいね」


 チセが部屋を出ていった後、カリンが入ってきた。


「あのね、ユヅキ。チセは私とアイシャにあなたとの結婚について相談していたのよ」

「えっ、俺との結婚をか?」

「年明けにでも打ち明けようとしていたみたいよ。ちゃんと帰って来て、受け止めてあげなさいよ」

「そうなのか、それで指輪を俺に……」


 帰って来れないかもしれないと思っていたが、なんとしてもこの村に帰って来ないとならなくなったな。

 俺は指輪をネックレスの鎖に通して首にかける。なんだかチセから勇気をもらったような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ