第84話 俺の望遠鏡2
望遠鏡を作り始めて30日ほどが経って、ようやく俺の望遠鏡が完成した。
チセやレトゥナさんやニルヴァ君の協力もあって、立派な物ができたぞ。
口径120mmの鋼鉄製の鏡筒は白く塗装されて、レンズはフローライトを使ったアポクロマートレンズ。内面を黒く塗装された鏡筒は、レンズをしっかりと固定し集めた光を目で見る接眼部まで導く精密なものだ。
ファインダーは口径50mmで7倍の倍率だ。チセの持っている単眼鏡と同じ性能の物で、もちろんアクロマートレンズを使った高性能な物になっている。ただプリズムは付けないから、望遠鏡本体と同じで上下左右は反転した象となる。
その鏡筒全体をしっかりと支えてくれる赤道儀。レトゥナさんとニルヴァ君のお陰で頑丈でスムーズに動いてくれる架台ができた。高倍率でもブレない素晴らしい物だ。
「ねえ、ユヅキ。早く見せてよ」
「分かった、分かった。カリン、ここから向こうの景色を覗いてみろ」
星を見るための望遠鏡ではあるが、昼間みんなに見てもらうため家の前に望遠鏡をセットした。
「何これ、壊れてるんじゃないの! 上下逆さまに見えるわよ」
おっとしまった。天頂プリズムを付けるのを忘れていた。望遠鏡なので上下左右が逆さまに見えるのは当たり前なのだが、普通に景色を見るとやはり変に見えるな。
「まだ左右が変だよ」
「それは仕方ないな。今のままで我慢してくれ」
プリズム1個だけの天頂プリズムでは左右は逆のままだ。元々、景色を見るための物ではないからな。
「ユヅキさん、私にも見せて」
「アイシャ。あの遠くの河原を見てみるといいよ」
「すごいわね。あんな遠くにある川の石までよく見えるわね」
今は100倍ほどの倍率にしている。河原の石一つひとつがくっきりと見えるはずだ。
苦労して架台を作ってもらったレトゥナさんにも見てもらう。
「このハンドルを回すと鏡筒が動きます」
「面白いですね。回すと上下左右に景色がゆっくりと動いているわ。ニルヴァも見てみなさいよ」
「ほんとですね。このハンドルで微妙な動きができるんですね。ユヅキさんが精度にこだわった訳が分かりました」
「ふたりのお陰で、俺が思っていた通りの物ができた。本当に感謝しているよ」
「いえいえ、私達も色々と勉強できましたし」
「僕もこんなすごいものが作れて、自信がつきました」
この世界に無い物を、ふたりは協力して作り上げてくれた。職人として、充分誇れるものだ。そう褒め称えると、はにかむような笑顔でふたりは見つめ合う。手応えのある仕事ができたのだろう、望遠鏡を見たあと満足そうに帰っていった。
さて、今夜は我が家で望遠鏡完成のお祝いだ。
「では大きな遠見の魔道具の完成を祝って、乾杯!」
チセが乾杯の音頭を取ってくれた。
「ユヅキ、やっぱあれは未完成じゃないの」
「だから星を見るときは、上下左右は関係ないんだって」
「なんでよ。星でも逆さまだとおかしいでしょう」
まあ、カリンにここで何を言っても分かってくれんだろう。また今度、ゆっくり教えてやることにしよう。
「ユヅキさんは前から、星を見て過ごしたいって言っていたものね。夢が叶って良かったわね」
「ほんとだな。村であんな立派な望遠鏡が作れて、夜に星を眺められるなんてな。この村に来た当時は考えられなかった事だな」
これも魔獣を遠ざける木の杭で村を囲んだお陰だ。苦労した甲斐があったというものだ。
「そうね、私もこの村でユヅキさんとの子供を授かって夢も叶ったし、この村に来て良かったわ」
アイシャものんびりと、子供と共に過ごすことができている。既に俺達は思い描いた生活をこの村で実現できているんじゃないか。
「そういえば、レトゥナさん達ももうすぐ結婚されるそうですよ」
「えっ、レトゥナさんと誰が?」
「何言ってるんですか、師匠。ニルヴァ君とじゃないですか。前から村では噂になっていましたよ」
「ユヅキはそういう事に疎いわね。レトゥナさんがニルヴァ君を村に連れてきて、もう1年近くになるしね」
知らなかったが、喜ばしい事じゃないか。あのふたりならお似合いだ。
「師匠の注文の品もできたし、これを機に結婚式を挙げようと話をしていましたよ」
「すると俺のせいで、ふたりの結婚式を遅らせてしまったのか」
架台の注文をして、その間ずっと鍛冶仕事をさせてしまった。
「ユヅキさん、そうでもないと思いますよ。あのおふたり幸せそうに仕事していましたから」
「そうですよ。結婚しても今とあまり変わらない生活をするんじゃないですか。あっ、でも家はどうするんでしょうね」
「ニルヴァ君の家があるじゃない。レトゥナさんが今の家族の家からニルヴァ君の所に移るんじゃないの」
「そうですよね。新婚生活はふたりっきりの方がいいですものね」
チセまでふたりの新婚生活を想像してうっとりとしている。まあ、それでレトゥナさん達が幸せになってくれるなら、この村に来てもらった甲斐があるというものだ。
数日後、レトゥナさんとニルヴァ君の結婚式を執り行なうことになった。
俺達も結婚式に呼ばれた、と言うより村人全員が集まりこの結婚を祝った。
「この村で鉄が作れるようになって、我々の生活は豊かになった。本当にありがとう。これからの君達の活躍と幸せを祈っておるよ」
村長の挨拶に続きレトゥナさんとニルヴァ君が結婚の宣誓をした。中央広場に集まった村人が酒を酌み交わしてふたりの結婚を祝う。
弟のネクスはさっきからずっと泣いているな。
「どうしたネクス。お姉ちゃんがニルヴァ君の元に行って寂しくなったか」
「ユヅキさん、姉ちゃんは今までオレ達のためにずっと苦労して働いてきたんだ。あんな幸せそうな笑顔が見れて嬉しいんだよ」
「そうか、良かったな。お前の苦労も報われるな」
「ユヅキさん。オレ達をこの村に連れて来てくれてありがとう。大事な母ちゃんも救ってくれた。オレ達の恩人だ」
「そんな大げさなものじゃないさ。君達家族が頑張っていたのを見かけて声をかけただけだ。よく今まで頑張ったな」
「うん、うん。ありがとう、ユヅキさん。ありがとう」
村のみんなに祝福されているレトゥナさんの笑顔は本当に幸せそうだ。ふたりには末永く幸せになってもらいたいものだな。
人の出会いは不思議だ。俺がこの世界にきて、生きるためにあがいていたら、アイシャやカリン、それにチセと出会い、たまたまこの村に来た。
いろんな人に出会い、この村に来てくれた人もいる。そして俺はそんな人達に囲まれてのんびりと過ごしている。俺が目指していたスローライフがここにあるように思える。
こんな風にみんなと平和に、のんびりと暮らしていけるのは俺達が努力してきたからに他ならない。死と隣り合わせのこの世界。人々が生きるため、魔獣の脅威から逃れるために努力し続けて今がある。
昔、ここに村を築こうとした人達は、何を思い村を広げていったんだろうな。他の町からも離れ、魔獣の脅威に晒されたこの村。ここに住む価値を見つけ、住むことを決断したんだろう。
今も魔獣の脅威が完全に無くなった訳ではないが、俺を含めこの先もここを故郷として生きていく人々がいる。その一番先頭に俺達がいる。なんだか俺もこの世界の一部として、受け入れてもらえたような気がした。




