第63話 魔石1
「師匠、その魔石もらえませんか。少し研究したいです」
「ああ、いいぞ。大きな物は残してあるし、小さな物ならいくつもあるからな」
夕食後、部屋にあった小さな魔石3つをチセに渡すと、それを持って嬉しそうに自分の部屋に向かう。
「チセ、研究熱心なのはいいが、夜はちゃんと寝ろよ」
「は~い」
元気に返事をしてチセが部屋に戻っていった。
「なあ、カリン。チセが最近忙しそうなんだが大丈夫か」
「いつも元気にしてるわよ。自分の好きなことをしているんだし、心配しなくてもいいわよ」
チセも無理やり働いている訳でもないから大丈夫だとは思うが、やはり心配になる。体の事となるとアイシャのことも心配だ。
最近お腹も少し出てきて、家の中ではマタニティウェアのようなゆったりした服装をしている。
「体調はどうだ」
「ご飯も美味しいし、体も普段通りに動かせるわ」
「でも、お腹に負担がかかるような事はしないでくれよ」
「ええ、分かっているわ」
「ほんとユヅキは過保護よね。そんなに体形も変わってないし綺麗なもんでしょ」
「キャッ! カリンなにするのよ」
カリンがアイシャの服をまくり上げ、お腹を俺に見せる。
「ほら、腰やピップラインなんて美しいものだわ」
「もう、カリンったら」
確かに妊娠しているとは言え、アイシャはスタイル抜群で少し出たお腹もセクシーだ。アイシャが俺の嫁さんで良かった。こんな綺麗な姿を他人には見せたくないな。
数日後、部屋に引き籠っていたチセが俺の部屋にやって来た。
「師匠、これを見てくれませんか」
「ん~、魔石をガラス球の中に入れたのか?」
「はい、このガラス球は魔弾なんです。魔石を入れて、ガラスで封をしています」
普段の魔弾より大きなサイズのガラス球に、楕円形の魔石の両端を外に出して封入している。
完璧な魔弾ではないが、ある程度の時間魔力をガラス内に封じ込めれるそうだ。
「カリンに魔弾の中に風魔法を入れてもらったんですが、鐘半分ぐらい経つとガラスの魔力が無くなって、魔石の色が濃くなったように思うんです」
「魔弾に封印した魔力が、魔石に吸収されたということか?」
「そうかもしれません」
「なるほどな……それなら実験してみるか」
魔石については分からん事が多い。これはじっくりと研究をしてみないといかんな。
まずは、魔石の中の魔力を一旦空にしてみよう。前スティリアさんは魔石の両端を杖につなぐと魔力が流れ出すと言っていたな。
「カリン。すまんがお前の小さな杖を1本貸してくれんか」
「いいわよ、予備があるし。また何か実験するの」
「魔石の魔力を、この杖に流そうと思ってな」
「なんかつまんない実験ね」
前の火魔法ジェットとは違って、あまり興味を示さないようだな。まあ、地道な実験になりそうだし、おおざっぱなカリンには向かんか。
家の外に出て杖を木の台に固定する。杖だと際限なく魔力が出ると言うからな、安全第一でやらんと。
魔石を銀の糸で接続すると、カリンの杖から風魔法が噴き出した。エアウルフの魔石で、それ程大きくもない石だからか魔法の威力も大したことないな。しばらく時間を置くと、魔力が底をついたのか風が収まった。
魔石の色は薄くなっていて、魔力が無くなっているのが分かる。
「チセの仮説が正しければ、この魔石に魔力を注ぎ込むことができるはずだな」
俺は風属性の魔力を魔弾に入れ様子を見る。10分ほど経過したが、あまり変化がない。
「魔石にも色の変化はないですね。魔力は吸収されたんでしょうか」
「風属性だし分かりにくいな。もう一度杖につないでみようか」
少ない俺の魔力量だが少しでも魔力が溜まっていれば、杖から風魔法が発動するはずだ。
「師匠、杖から風が出ていますよ。あ~、でもすぐに止まっちゃいましたね」
「だが少しでも魔石に魔力が入ったじゃないか。実験は成功だぞ、チセ」
短い時間だったが、魔弾の魔力が魔石に吸収されたことは確かだ。
「あれ、魔石にヒビが入ってますよ」
「本当だ。いつヒビが入ったんだ?」
そのあと何回か実験すると、魔力を使い切るたびにヒビが入るようだな。
「チセ、せっかく作ったのにすまんな」
「大丈夫ですよ。ガラス球なら作れますし、魔石もまだありますから」
それなら新しく実験できる魔石を作ろうと、フレイムドックなど属性の違う魔石を選ぶ。完全に魔力を放出しないように注意しながら、杖に接続して実験用の魔石を作っていく。
「そういえば、魔石を魔弾の中に入れようというのも、よく思いついたな」
「魔獣の体内で魔石が魔力を貯めるって聞いたので、周りに魔力がある環境ならどうかなと思って」
チセの発想には時々驚かされる事がある。この世界の人には珍しい科学的思考による発想だ。
今回は、魔弾に関して開発から製造まで精通しているチセならではの発想だな。
そもそも、魔弾に魔力を入れて封印することはできるが、取り出すことはできない。取り出すにはガラス球を破壊するのだが、一気に魔力が開放されて魔法が発動される。
一方魔石に魔力を入れることができない。魔獣の体内では、ゆっくりと溜まるそうだが、外部に出してしまうとそれも難しい。だが魔石に銀の糸をくっ付ければ、その魔力を使う事ができる。
今回の実験はその両方のいい部分を組み合わせるわけだ。
「ガラス炉を立ち上げるのに半日かかりますから、明日ガラス球を作るようにしますね」
あと実験に必要なのは魔力を取り出す銀の糸だが、これは細くて扱いづらい。
魔力が通る銅の針金を使ってみたがダメだった。銀は色々な物質の触媒として働くからな、魔石とも相性がいいんだろう。
鍛冶屋のレトゥナさんに相談すれば何とかしてくれるか。
「それならニルヴァの方が詳しいですね。ねえニルヴァ、純粋な銀って作れないかしら」
「銀貨を溶かせばできますが、僕はやったことがなくて」
溶けた銀貨から不純物を取り除くそうで、時間は掛かるがやってみると言ってくれた。あとはその銀を薄く延ばして、銅線を溶接するのだが。
「それは私がします。溶けやすい金属を使ってハンマーで叩けばくっ付きますよ」
金属に関してはこのふたりが専門だし、後は任せよう。材料となる銀貨を4枚渡して、銅線の端子を12本作ってもらうように依頼した。
翌日の朝早く、俺はいつもの鍛錬をするために家の外に出る。
「ユヅキ、相変わらず毎日鍛錬してるのね」
カリンも一緒に朝の鍛錬をするようだな。俺の横でストレッチをしている。
今日はこの後、魔石の実験をする事になっている。俺はすごく面白いと思うのだが、カリンはつまらないと言っていたな。
「カリン、お前はこの村にいて退屈していないか」
「ん~、どうして?」
「お前は、町での生活が好きなんだと思っていたからな。ここではおしゃれな服もないだろう」
「私はこの村……いいえ、ユヅキと一緒なら退屈しないわ。エアバイクも作ってもらったし、火魔法ジェットも杖に付けてもらったしね」
「そんな事でいいのか?」
「私みたいな戦い方ができる魔術師なんて、この世界で私ひとりよ。この村でも大きな魔獣やタティナみたいな人とも戦えるじゃん。退屈だなんて言ったら罰が当たるわよ」
カリンも魔術師としての成長を実感しているんだな。この村に住む事はみんなで決めたが、俺の我がままに付き合わせているんじゃないかと気になっていた。
「そうか、カリンがそう言ってくれると嬉しいよ」
「なに気にしてんのか知らないけど、ここには貴族もいないし、ユヅキも自由にしてればいいのよ」
うんうん、こういうところはカリンに助けられている気がする。カリンが俺の嫁さんで良かった。カリンなりのスローライフをこの村で送れているんだろう。
俺は恵まれているんだろうな。前の世界で味わえなかった事がここにはあるように思える。




