第55話 火魔法ジェット2
「どうだ、上手くいきそうか」
しばらくしてドライヤー魔法を練習している、タティナの様子を見てみる。
「どうも魔力を集中させるタイミングが難しくてな」
俺もそうだった。魔力を集中させる指の感覚が掴みにくいのだ。親指や中指も使って、魔力を集中させるコツを教える。
「こうか」
「もっと親指を軽く当ててだな、震わせる感じだ」
俺がタティナの手を取り、丹念に魔法発動の感覚を教える。玄関ドアが開きアイシャとカリンが帰って来たと思ったら、俺達の様子を見て怒鳴り込んできた。
「ユヅキさん! タティナと手をつないで、なにをしているの!」
「ユヅキ、私達がいない時に、女の人を家に連れ込むなんてどういう事よ」
「な、なに言ってるんだ。タティナに魔法の事を教えてやってるだけなんだよ」
「魔法はタティナの方が上手いでしょ。そんな言い訳して!」
いや、いい訳じゃなくて本当のことなんだよ~。お、俺はやましい事は一切してないぞ。それでもアイシャ達はすごい剣幕で糾弾してくる。
集中していたタティナも、練習の邪魔をされて椅子から立ち上がる。
「ユヅキ、どうもここでは集中して練習ができないようだ。すまんが寄合所に帰らせてもらう」
そう言ってタティナが帰った後も、俺はアイシャ達に責められ続けた。
「それにな、チセもな、ちゃんと家にいたしな……」
「あれ、アイシャ達帰ってたんですか」
部屋にいたはずのチセが、なぜか玄関から入って来た。
「チセがいたですって! ユヅキさん、どうしてそんな嘘つくんですか!」
おかしい、俺はなにも悪いことをしていないはずだ。しかし状況は不利。
よし、ここは戦略的撤退だ。
「そうだった、鍛冶屋に頼んでいた物があった。取りに行ってくる!」
俺は致命傷を負う前に急いで家を出る。
仕方ない。しばらくほとぼりが冷めるまで家には帰らないほうがいいな。アイシャ達のヤキモチにも困ったものだ。
「レトゥナさん、今朝言っていた物できそうか」
「すみません、もう少し待っていてくれますか」
「いや、いいよ。ゆっくり作ってくれ。その方が俺も助かる」
レトゥナさんはそんな俺の気持ちを察することなく、急いで物を仕上げてくれた。
「また何か注文があったら、いつでも来てくださいね」
レトゥナさんの笑顔に送られて、俺はトボトボと戦地である我が家に向かうのだった。
翌日。俺は自分の部屋で、火魔法ジェットの鉄球を組み立てる。
噴射口のノズルは溶接してもらっている。あとは反対側の点火口に細い銅の棒を取り付けるのだが、今回の燃焼室は鉄。魔力を入れる銅と絶縁する必要がある。
「木で作ってみるか」
実験だから燃えてもいいので、本体の鉄球と銅の棒の間に木の輪っかを作って隙間を埋めよう。
小さな部品なのでナイフで慎重に形を作っていると、急にカリンが俺の部屋のドアを勢いよく開け放った。
「ユヅキ、ユヅキ。私もドライヤー魔法できるようになったわよ」
「うわっ! びっくりさせるなよ」
ノックもせず急に入ってきやがって、手元が狂うじゃないか。
「見てよ、ちゃんと温風が出るようになったのよ」
カリンが自慢げに言ってくる。数日でドライヤー魔法を習得するとは早いな。カリンは手先が器用だ。理容師のように髪を切ったりしてくれるものな。
だが使うドライヤー魔法は全身を乾かすことができるぐらい強烈なものだった。
「うわわわっ。カリン、もう少し弱くはできんのか」
「これが一番小さい魔力よ」
元々の魔力量が大きすぎて細かな調整ができないでいる。こういうことは不器用なんだよな。
「小さい方の杖を使ったらどうなんだ」
「そうね。これでどうかしら」
「まあ、これならいいんじゃないか。カリン、昼から新しい装置の実験をするんだが、手伝ってくれるか」
「ええ、いいわよ」
俺は鉄球を組み立て、銅の棒から魔力を入れてみる。鉄球内の棒の先端からちゃんと魔法が発動しているようだが、この球の大きさになると俺の魔力では、ジェットの炎は噴き出さないようだ。
昼からはチセと一緒に燃焼室の実験をする。家の外、大きな木の台の上に鉄球を横向きに固定して、カリンに火魔法を入れてもらう。
「ここに連続して火魔法をいれればいいのね」
「魔力は抑えてくれよ」
「分かってるわよ」
魔力を抑える小さな杖の先端と銅線を接続して、カリンは火のドライヤー魔法を杖に流す。
鉄球のノズルから炎が噴き出してきた。
「もう少し、魔力を上げてくれるか」
ゴゴゴッという音と共にノズルから噴き出す炎が長くなっていく。やはり今回作ってもらった鉄球は大きすぎるようだ。
本物のロケットのような炎だが、様子を観察するにはちょうどいい。
「よし、もういいぞ」
「師匠。すごい勢いの炎が出てましたけど、これ壊れませんかね」
エンジンを固定していた台も振動していたが、見た感じ本体に壊れた箇所はないようだ。だがノズルは相当熱くなっていて、水滴を落とすとジュンと音を立てて水が蒸発する。
同じように鉄球本体と銅の棒にも水滴を垂らしてみたが、こちらは何ともない。本体との間の絶縁物である、木の輪っかも燃えていないようだ。
「火の魔法が発動中の部分は熱くならないのか?」
「そりゃそうでしょう。指の先に魔法を発動しても熱くないもの」
そういえば、そうだな。
「でも飛ばした炎は熱いよな」
「そうよ。その炎で魔獣をやっつけるんだもの。常識よ」
すまん、俺はこの世界での常識というのは分からないんでな。
その後、発火点の位置を移動させて実験を続け、噴き出す炎の様子を観察する。
結果、ノズルに近い位置だと推力はほぼなく、中心より後ろに発火位置を持っていくと推力が大きくなるようだな。
「チセ、横から見てて炎の様子はどうだった」
「銅の棒が一番後ろより少し前の、12番の位置で炎が安定しているように見えました」
「カリン、ありがとう。いいデータが取れたよ」
「こんなのお安い御用よ。魔法の事なら私に任せなさい。あんな女に頼らなくてもいいわよ」
昨日のタティナの事をまだ根に持っているのか。あれは誤解なんだけどな~。
だがこれで火魔法による推進装置はできそうだ。ロケット型のエンジンだが酸素供給の必要がない推進機関だ。
家に帰ると、タティナが俺を待っていた。
「ユヅキ。昨日言っていた、ドライヤーの技ができるようになった」
さすがダークエルフ、早いもんだ。魔力操作の技術はかなり高いようだな。
「すまんが、ユヅキが言っていた火魔法の装置を、靴に付ける事はできるか」
「できなくはないが、どうして足なんだ」
「戦いの事を考えると、足技として使いたい。両手は剣のために空けておきたいんだ」
タティナは魔法剣の二刀流だからな。当初は腰のベルトか、そこに付けた杖を想定していたが、高速移動のために手の魔法を使いたくないという訳だな。
「足でドライヤーの技は使えるのか?」
「今はまだだが、修練すれば使えるだろう」
「今実験している物をもっと小型化するつもりだ。それを靴に付ける事になるが、靴には風の魔道部品もある。そちらにも同時に魔力を入れる必要がある」
「そういうことになるな」
問題は体が浮くと同時に、単発だがロケットエンジンも動作してしまう事だ。これは誤動作で、足がすくわれてしまう。
絵に描いて魔力を流す回路をタティナに説明する。
「ドライヤーの技を使ったときだけ、その火魔法の装置を動作できないか」
「タティナは1種類の属性しか使えないから、分離するのは難しいな」
靴の魔道部品は、どんな属性も風に変えてくれる。2属性使えれば問題ないのだが……。
「そうか、無理を言った」
「しかし、火魔法ジェットに流れる魔力を制限すれば、誤動作の出力も低くなり影響は小さくできるかもしれん」
誤動作するのを前提に、火魔法ジェットに流入する魔力を抑制する方法がある。だが最大出力も落ちる事になる
「全体の力が弱くなるが、タティナの魔力でどの程度の移動力が得られるか分からんな」
「その方法でお願いできるか。あとは技でカバーできると思う」
「よし、分かった」
それを聞いていたカリンが文句を言ってくる。
「ユヅキ。私のはちゃんと最大の力が出る物を作ってくれるんでしょうね」
「そりゃそうだが、カリンの大魔力を流したらすぐに壊れちまうぞ」
「そうなの? もっと力の出るのを作ってよ」
「無茶言うなよ。今ので精一杯だからな」
カリンの大魔力に耐えるエンジンだと、ロケットのように空を飛んで宇宙まで行っちゃうぞ。
カリンは今までの風魔法と同じように扱いたいから、靴ではなく杖の先端に取り付けてほしいと言っている。
これで方針は決まった。後は実際に作って改良していけばいい。
トリマンの町で大きさの違う鉄球を買ってきて、村で穴を開けてノズルを取り付ける。
本体の大きさやノズル形状の検討、魔力を流す銅の棒の太さや絶縁物など実験を重ねて火魔法ジェットは完成した。
試運転は上々だ。明日はカリンの杖とタティナの靴の実用テストをやってみるか。




