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第54話 火魔法ジェット1

 火魔法だけで推進力を生み出す装置……内燃機関となる訳だが、ガソリンエンジンのような複雑な装置は作れない。構造の単純なロケット型エンジンでいいと思うのだが、燃焼室で燃えるのは魔法の炎だ。

 本物の炎と同じように爆発的に容積を増やしジェット噴射できるのか、酸素が必要なのかなど分からない事が多すぎる。


「チセ。魔弾キューブのこの部分に穴を開けたいんだが、できるか?」

「師匠の持っている硬い石を使えばできますよ」


 手持ちのダイヤモンドでガラスカッターを作ればいいんだな。魔弾キューブは1辺が1.5cm程の立方体に空洞の球体が埋め込まれたガラス製品。まずはこれで実験をしてみよう。

 さすがガラス職人の弟子だ。この小さな魔弾キューブの面の中央に小さな丸い穴を開けてくれた。


「やっぱりこんな実験するんでしたら、ガラスを溶かす炉が欲しいですね」

「そうだな、そろそろ本格的な炉を作ってもいいかもしれんな」


 前からガラスの炉が欲しいとチセは言っていたからな。近々作る事も考えてみようか。


「ところで師匠、今はなんの実験をしているんですか」

「炎で前に進めるか実験してるんだ」

「炎で進む? あたしもお手伝いしていいですか」


 チセが興味を持ってくれたようだ。こういう実験はひとりよりふたりでする方が楽しいしな。

 まずは魔弾に魔力を入れる銅線に、手持ちの銀の糸をつないでぶら下げる。魔弾内部の球体を燃焼室として炎を発生させるわけだが。


「チセ。この魔弾に火魔法を入れて、どうなるかを試すぞ」


 魔法というのは、よく分からん。分からなけりゃ、まずは実験をすればいい。この小さなキューブなら爆発しても大事にはならんだろう。

 人差し指から火属性の魔力を流し込む。魔弾は赤く光るが、まだ魔法は発現していない状態だ。


「指を離すぞ」


 その瞬間、ポンという音と共に炎が小さな穴から噴き出し、同時に魔弾自体が上にピョンと跳ねた。


「うわっ、魔弾キューブが動きましたね」

「おお、そうだな。これで第1段階はクリアだ」


 小さな球体の空間で爆発が起きて、穴の開いた一方向に押し出されたジェットの反動でキューブが動く。魔法で炎を発現した場合でも、爆発的な容積の拡大は起きるようだな。


「だが1回だけじゃダメなんだ。この炎がずっと続かないと」


 そうなのだ。問題は連続で魔法を発動させること。

 カリンが高速移動の時に使っている風魔法は連続して発動することができる。

 しかし火魔法は単発なのだ。ファイヤーボールのように火の球は飛ばせるが、火炎放射器のように連続で炎を出すことはできない。魔力を多くしても火の玉が大きくなるだけなのだ。


「師匠。それじゃ、何度も火魔法を入れましょうよ」


 今度は魔弾キューブをツルツルのタイルの上に置き、火魔法を断続的に入れてみる。銀の糸から指を放すたびに、炎が発現して魔弾はポンポンと小さく前に進むが、ロケットエンジンにはほど遠いな。


「いえ、いえ。そうじゃなくてですね、師匠の得意なドライヤー魔法ですよ。あれだと一方向に温風が噴き出していましたよ」


 お~、なるほどな。噴き出す原理は違うが、ドライヤー魔法なら火魔法だけを断続させることは可能だ。

 連続燃焼ではないパルスジェット型と言う事になる。チセにそんな知識はないはずだが、発想が柔軟なんだろうな。


「偉いぞ、チセ。じゃあ、早速やってみるか」


 今度はタイルの上のキューブを指で押さえてもらって、俺が銀の糸から魔力を断続的に注ぎ込む。前に比べると小さな炎だが、キューブの穴から細長い炎が連続で噴き出している。


「ちゃんと力が加わっていますよ。これが進む力なんですね」

「ああ、そうだ。これなら推進装置が作れそうだな」


 目で確認できないが、炎は断続して噴き出しているはずだ。通常なら酸素の供給が必要になるとは思うが、魔法の炎は空気中の魔素が変化したものだ。酸素は必要ないようだな。前世のジェットエンジンやロケットエンジンと構造は少し違うが、火魔法ジェットと呼べる代物だ。


 その後も火魔法を発動させ、俺とチセが小さな魔弾キューブの中を観察していると、カリンとアイシャが帰ってきたようだ。


「あら、チセとユヅキ。そんなに見つめ合って、おやすみのキスはまだ早いんじゃない」

「なっ、なに言ってんですか。カリンったら」


 目を上げると、真っ赤なチセの顔がそこにある。すぐ目の前でキスできそうな距離じゃないか。


「別にいいんじゃない。ユヅキさんもふたりっきりの時ぐらい優しくしてあげたら」


 確かにふたりっきりで居たが、優しくと言われてもなあ……チセもモジモジとし、上目遣いでこちらを見て黙り込んでしまったじゃないか。

 そんな俺達の前にある魔弾キューブにカリンも興味を持ったみたいだ。

 

「ねえ、ねえ。何の実験してたの? 面白そうね。私もやっていい」

「うわっ、待て待て。お前は魔力がでかいんだから壊れちまうぞ」

「え~、つまんない」

「それにお前は、ドライヤー魔法が使えんだろうが」

「それじゃ、私も練習する」


 今までカリンはドライヤー魔法に興味を示さなかった。ドライヤーの魔道具があるんだから、わざわざ魔法を覚えなくてもいいと言っていた。

 カリンは気まぐれだからな。興味を持った時に教えておいた方がいいか。


「ちゃんとドライヤー魔法ができたらこれを使わせてやる。俺もちゃんとした物を作るから、それまで待ってろ」


 明日からはこれを元に、カリンの魔力に対応できる物を作るとするか。



 翌日。俺はレトゥナさんの工房を訪れていた。


「レトゥナさん、相談したいことがあるんだが」

「はい、何でしょうか」

「こんな形の球に、突起が出た鉄製品を作ってもらいたいんだが」


 丸い燃焼室にノズルを取り付けた形の絵を見てもらう。


「丸い形を作るのは難しいのですが……」


 そういえば前に鍛冶屋のエギルもそんな事を言っていたな。ましてここには鉄を溶かす炉がないから、鋳物を作る事もできないしな。


「前に修業だと言って鉄球をもらったことがあります。それを加工すればできるかもしれません」


 レトゥナさんは奥の部屋に行って、手のひらに乗る鉄球を持ってきてくれた。


「少し錆びていますが、中は空洞なのでこれに穴を開ければできそうですね」


 確か、エギルのお弟子さんも同じような物を持っていたな。


「でもそれは、修業中の記念になる物じゃないのか」

「いえ、結局上手くいかなくて失敗作になったものですから、ユヅキさんのお役に立てるなら、その方がいいです」

「そうかすまないな。それじゃあ、それで作ってくれるか」

「はい、分かりました」


 今まで捨てずに残していた物だから、少なくとも記念品であるはずだ。レトゥナさんには悪い事をしてしまったな。また何かで埋め合わせしないといかんな。

 だがこの鉄球は実験のために必要な物だ。図面を渡して作ってもらう事にする。


 鉄球ができるまで時間がかかるな。その前にタティナにドライヤー魔法の練習をしてもらうか。そう思って寄合所に行くと、外でタティナが剣の稽古をしていた。


「タティナ、稽古中にすまんな。ちょっと来てくれるか」

「なんだ、ユヅキか。時間が空いたから体を動かしていただけだ。何か用か」

「前に言っていた新しい装置の事なんだが、特殊な魔法が必要なんだ」

「特殊な魔法? あたいは火魔法しか使えんぞ」

「まあ、見てくれるか」


 俺はドライヤー魔法をタティナに使ってみた。


「ほほう、これはすごいな。火と風は同時に発動しないはずだか」


 短時間で魔法を切り替えて発動している事を説明し、タティナにもドライヤー魔法を使ってもらう。


「なかなか難しいな」

「少し落ち着いた場所でじっくり練習した方がいい。俺の家に来るか。寄合所よりは集中できるぞ」

「そうだな、そうさせてもらおうか」


 一昨日のように家の食堂で座ってもらって、魔法の練習をしてもらう。


「いらっしゃい、タティナ。また風の靴の練習ですか」

「いや、今日は魔法の練習に来た」

「ああ、昨日師匠が言っていた、連続で炎を出す魔法ですね」

「チセは、その魔法はできるのか」

「いいえ、あたしはできないです。カリンも今練習中なんですよ」

「そうか、あいつもか……ちょっと集中して練習させてくれるか」

「ああ、ここに座ってじっくりやってくれ」


 どうも、カリンには対抗意識を持っているようだ。

 お茶をテーブルの上に置いて、俺は自分の部屋で火魔法ジェットの設計をしよう。チセも自分の部屋で何かするようだ。タティナも静かな方がやりやすいだろう。


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