第50話 タティナ
あたいはタティナ。ダークエルフの里を出て丸3年になる。
里でお師匠様から旅に出るように勧められ、自分より強い者を求め、帝国、共和国、王国を冒険者として旅してきた。
2年前共和国の首都で武闘大会があると聞き、参加を願ったが地方都市の代表しか参加できないと言われ断念した。
今年はどこの都市でもいい、武闘大会に参加し首都を目指す。
「おい、あんた。武闘大会に出るんだろう。俺と組まないか、優勝させてやるぜ」
「じゃあ、少し勝負しようか」
全然話にならない。
里を出てから、ずっと同じだ。あたいと剣をまともに合わせられる者がほとんどいない。
最初の頃は、連携の勉強のためにと他の冒険者とパーティーを組み、魔獣を倒していた。しかし、どのパーティーもしばらくするとあたいに頼り、独りで魔獣を倒すのと変わらなくなる。
今では誰ともパーティーを組まず、金を稼ぐための冒険者家業をしている。
お師匠様が旅に出ろと言ったのは、こういう事をするためなのか疑問に思う毎日だ。
前に黄金冒険者と仕事をする事があった。そいつはそれなりの強さだったが、『強くなることは孤独になる事だ』と言った言葉が心に残っている。
今は、首都のレグルスで行われる武闘大会の本戦に参加するため、まずは地方都市の武闘大会で優勝するのを目的に旅をしている。
「この程度の都市なら、それなりに楽しめるだろう」
小さな都市では、黄金冒険者や騎士団団長と戦う事すらできない。そんな所で優勝しても価値は無い。このトリマンなら黄金ランクと闘うこともできるか。
「武闘大会に出場したい」
「はい、どの部門に出場されますか。競技日程が重ならないなら複数でも構いませんよ」
「魔術師の武闘会とチームの武闘会に参加する」
魔術師と剣士部門は日程が重なっているので、自分に不利な魔術師部門を選ぼう。これは小手調べだ。
「では1日目の魔術師による武闘会と、2日目チーム対抗の武闘会ですね。他のメンバーのお名前は何と言うのでしょうか」
「あたい独りで出場する」
「おひとりですか。3人までなら出場できます。メンバーを追加されるのでしたら、またこちらにお越しください」
最初からメンバーを追加するつもりはない。独りの方が楽だ。
武闘大会の初日、魔術師部門の武闘会に参加したが簡単に優勝してしまった。あたいは火魔法しか操れない。そんな不利な条件でも、あたいにかなう魔術師はいなかった。
「地方大会では、やはりこんなものか」
魔術師部門で武闘大会の本戦への出場は辞退した。元より剣と魔法両方を使えるチーム戦での優勝しか考えていない。
共和国の冒険者レベルは低い。帝国が一番強い、その次が王国か。
だが、共和国首都の武闘大会で見たミスリルランクの冒険者、あれは強かった。そいつと戦うためここで優勝するのだ。
2日目のチーム戦の武闘会では、やはりあたい以外は全員3人のチームだ。1戦目は白銀ランク冒険者3人組だったが、あたいの相手にはならない。白銀ではだめだ。
2戦目は馬に乗った騎士がふたりと大型弓の使い手か。
騎士が左右から槍で攻撃してくるが、2本の剣で充分対応できる。背中から矢を放ってきたようだが、見えているし矢音で反応できる。
ふたりの騎士も連携が取れていないのか、攻撃タイミングがずれている。
少し走って一騎の騎士に集中して攻撃すれば簡単に倒せる。
一騎減れば、後はひとりずつ減らしていけばいい。やはり兵団長クラスでないと物足りない。
「食事にでも行くか」
次の試合は午後からだ、少し時間がある。街はお祭り気分で多くの人が行き交う。レストランから笑顔で歩く人々を眺めるが、何が楽しいのかよく分らない。あたいは強い奴と戦っているとき以外に楽しいと思ったことはない。何をあんなに楽しそうに話してるんだろうな。あたいには縁のない光景だ。
午後の試合、相手は冒険者3人のチーム。白銀と鉄と青銅ランクだと……よくここまで勝ち残ってきたものだ。
試合開始直後、なにやら3人がまっすぐに並んで中腰になっている。途端に高速で距離を詰めて来た。
「なんだ!」
あの格好で走っているのか! とっさに横に避けたが真ん中の冒険者が伸び上がっていて隙だらけだ。
すれ違いざま、背中に剣を振るうが高速で走っていてまともに当たっていない。
反対側で何やら話をしながら、また同じ格好でこちらに向かって来た。横に避けたが対応された。3人一緒に急カーブを描いて迫って来て一番前の者が地面を撃つ。
石の破片が飛び散り前が見えなくなる。気配を頼りに相手の足元に剣を振るう。当たって倒れるかと思ったが、そのままの速度で反対側まで駆けて行った。
「あれは騎馬より速いんじゃないか。いったい何なんだ。あんなのは初めて見たぞ」
今度は普通の隊形だな。だが何をするか分からない連中だ。
しかし魔法攻撃をすれば、あの鎧ならダメージを与えられる。
「ほほう、魔法を恐れず突っ込んでくるか」
あの先頭にいる鉄の腕を持ったドワーフの動作は遅いが、あれに打たれる訳にはいかない。剣で受けると剣ごと破壊される。だが避けた後なら、打ち込む隙はいくらでもある。
「さあ、鉄の腕の女。打ち込んでみろ」
それ見ろ、打ってきた後は隙だらけだ。
「うっ!」
横に身を躱した瞬間、後ろにいたはずの男があたいに打ち込んできた。
誘ったはずが、誘われたのはあたいの方だったと言うのか。攻撃に入る瞬間を狙われた。
片手で剣を受け止める。受け止めた瞬間に分かってしまった。この男の重い剣はあたいの剣を両断し、そのまま胴を切り裂きにきている。戦慄が走った。
木の剣でなく、これが実戦ならあたいの体は真っ二つになっていた。
あの鉄の腕の女にしても、この男にしてもまともに剣で受けてはだめだ。剣を受け流して隙を見て攻撃しないと。
飛び退いた瞬間に魔法が飛んで来た。なんとか躱したが、すぐに剣士が攻撃してくる。体勢は崩れたが受け流して飛べば奴の背後を取れる。回り込んだ瞬間に顔と腹に何か飛んできた。
「痛ぅ!」
鉄の腕を持つ女の飛び道具か! 石のような物が地面に落ち、額からは血が滲む。あの剣士に気を取られ過ぎた。一旦下がらないと。
しかし何という連携だ。この一連の攻撃であたいは何度死んだ。あの飛び道具も実戦は石でなく矢か何かなのだろう。
だがあたいも致命傷を与えることはできる。
剣士に向かって攻撃する。あたいの剣を受けきるだけで精一杯のようだな。すると、横から鉄の腕の女が体当たりのようにして突っ込んでくる。
距離を取り後ろに下がると魔術師が風魔法を飛ばしてきた。上下左右に軌道を曲げながら無数の風の刃が襲ってくる。
風魔法自体は初級魔法だが、この数はなんだ! あたいの剣技で叩き落とすのが精一杯だ。
攻撃の何発かは、肩当てやすね当てに当たっている。何発も食らうとこの軽鎧では持たなくなる。昨日の魔術師の武闘会に、こんな女はいなかったぞ。こいつから先に倒さないと厄介だ。
前衛が左右に開いた瞬間、魔術師に向かって走り出すと、すぐに剣士もあたいの後ろについて来る。相変わらず反応が早いな。
目の前に土の壁が出現すると同時に剣士が背中から斬りつけてくる。これで追い詰めたつもりか。あたいには秘術の体さばきがある。
壁を足場に奴の上空を舞い背後に回る。その瞬間、振り下ろされた剣が跳ね返るように向かって来た。速い!
見切られたのか! この技は他の流派には無い。初見でこの剣さばきをしてくるのか!
その跳ね返ってきた剣を何とか左手の剣で受け流し、着地した勢いで剣士の背中を打ちにいく。
やっと倒れてくれたか。次は鉄の腕の女だ。顔めがけて魔法攻撃すると防御し胴ががら空きだ。剣2本で胴を打って倒すことができた。
最後に残った魔術師は降参か、助かる。
試合後、剣士がヘラヘラと握手を求めて来た。いかにも楽しい試合だったと言うように。
こいつはあたいより強いのか。そんなはずはない、こいつには仲間がいて孤独ではないじゃないか。
おざなりの握手をして引き上げる。
決勝戦は、あいつらに比べてはるかに弱い。簡単に優勝してしまった。いや、これで予定通りに優勝できたじゃないか。全く喜びのない優勝だ。




