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第36話 病気の親子1

 この町は成功者には優しいが、失敗した者には厳しい町だとゴーエンさんは言っていた。俺が出会った親子も敗者なのかもしれない。だからと言って死んでいいはずはない。

 昨日で買い出しを終わらせた村人は、タイルなどを積み今朝この町を出て村に向かった。俺達は明日、鍛冶屋で作ってもらっている風呂釜が出来上がるまで町に残る。


「今日、その親子に会ってどうするか考えましょう」

「俺としては、この町にいるより村に移住してもらった方がいいと思う」


 この町ではネクスに働き口は無いように思う。母親も今は働けない。ネクスに技術があるというなら、村で働いた方がいいんじゃないだろうか。


「それは、その親子が決める事よ。村の方がこの町よりも危険なのよ」

「その通りだな。カリン、すまん」

「だから謝らなくてもいいわよ」


 ネクスの家に着いて、母親に光魔法で治療を行う。女性のカリンがいてくれたからか、足だけでなくお腹や胸なども光を当てて治療させてくれる。

 これが治療になっているかは分からないが、少しは楽になったようだ。


「ネクスのお母さん。もし働く気があるのなら、シャウラ村へ移住してはどうだろうか」


 突然の申し出に、戸惑っているようだな。この人なりに、この町での暮らしがあるからな。


「あたしは主人がここに帰ってくるんじゃないかと思って、今まで頑張ってきたんだ」

「あなたが倒れてしまったら、ネクスはどうなる。まずあんたが元気になる事が一番大事なことじゃないか」


 ネクスにも聞いたが、何も言わず出て行った父親はもう4年以上家には帰っていないそうだ。蓄えもとうに底をつき、このような場所で暮らしていると。


「ここに残りたいと言うのは、あたしの我がままだ。それであの子達が苦労しているのも知っている」

「それなら、なおさら村に来てはどうだ」

「ユヅキさんだったかね。あんたらに付いて行っても、あたしの病気が治るとも限らない。村は危険な場所、あの子達をそんな所に住まわせることはできないんだよ」

「そうか……俺達は明日の昼までこの町にいる。村に来るつもりなら南門の所まで来てくれ」


 俺は家を出る前にネクスに食料を渡して、お母さんを大事にするように言って家を出た。


 人それぞれの事情がある。確かに村に来たからと言って、全て解決するわけじゃない。それに村人や村長にも相談せず、独断で話を進めている。村の事情もあるはずなのにな。俺の取った行動はやはり間違いだったのか。

 中途半端で助けるつもりじゃない。それなりの責任を持って話したつもりだったが、その言葉は届かなかったようだ。


「ユヅキ、気を落とすんじゃないわよ」

「分かっているよ、カリン。すまない……。いや、ありがとう。俺の傍にいてくれて」

「当たり前でしょう。私はあんたの奥さんなんだから」


 慰めてくれるカリンの肩を抱く。



 次の日の昼前、風呂釜を受け取りにデダートの工房に行く。


「風呂釜を取りに来た」

「おう、待っていたぜ。あんた、シャウラ村へ帰るんだよな」

「ああ、そうだが」


 工房の奥からひとりのドワーフの娘が歩いてきた。


「やっぱり、そうでしたか。私はネクスの姉のレトゥナと言います」

「あなたがあの子のお姉さんか……」


 姉弟がいると言っていたが、この娘さんか……だがなぜここに居るんだ。


「昨日。母さんとネクスから事情を聞いて、母さんを説得しました。私達をシャウラ村へ連れて行ってくれませんか」

「ユヅキ。この子は工房の手伝いで働きに来てもらっている。職人としては半人前だが、日用品を作ったりちょっとした修理ならできる、村で働かせてくれんか」


 この工房で見習いをしていたのか。鉄工の技術があるなら村で充分に働ける。


「お母さん達は?」

「母さんは家にいるので近くまで来てくれませんか」

「ユヅキ。古い物だが鍛冶の道具を渡したい。一緒に積み込んでくれ」

「それは助かる。デダート、ありがとう」


 道具までもらえるなら、すぐにでも働けるじゃないか。デダートもこの親子の事は気にかけていたようで、色々と気を遣ってくれたようだ。


「この子はまじめでしっかり者だ。父親がちゃんと修業してやっていれば、いい職人になれたのにな。女だからと修業させてもらえんかったそうだ。後はお前に任せる、頼んだぞ」

「こちらこそよろしく頼むよ、レトゥナさん」

「はい、よろしくお願いします」


 馬車に荷物を積み込み、レトゥナさんの家に行く。少ない家財道具を積んでお母さんとネクスも馬車に乗ってもらう。この幌馬車は大きな2頭立てだが、鍛冶の道具と家財道具、この町で買った物を積むと荷台一杯になってしまった。走らせる速度も遅くなるな。


「ここから村まで丸2日掛かる。揺らさないようにするが、何かあったら声をかけてくれ」


 狭い荷台、木箱の上に積み込んだ寝具を敷いて、その上にお母さんを寝かせる。ネクスとレトゥナさんにはお母さんを看病しながら荷台に乗ってもらう。

 2回野営をして翌翌日の昼過ぎ、無事村に到着した。まずは俺が村長の家に行き、いきさつを話して村に住まわせてもらえないか尋ねた。


「その者達を村に入れる訳にはいかぬな」

「どうしてだ! 村長」


 やはり無断で余所者を連れて来たのがいけなかったのか。


「あんたも含めて、流行病(はやりやまい)かもしれん。しばらくは村外れの空き家に寝泊まりしてもらう。準備するから待っていてくれ」


 伝染病の予防対策か! 俺が迂闊だった……こんな小さな村だ、病気が流行れば下手をすると村自体が壊滅してしまう。


 馬車に戻り事情を説明して、空き家に行く事を納得してもらった。

 用意された家に入ると、2つの寝室にベッドが4つあった。後は居間と食堂が1つになった部屋だが、居間の壁の一部が崩れている。以前魔獣に襲われた家か。

 まずはベッドに寝具を敷いてお母さんを寝かせる。もう1つのベッドは居間に移動しておこう。ネクス姉弟には別の寝室にいてもらい、母親の寝室には行かないように言っておく。



「カリン、お前は馬車で寝泊まりしてくれ。この家には入らないようにな」


 移動中も御者台にいたカリンは、感染の恐れが低い。それは俺も同じだが母親の治療で家に入る必要がある。最悪カリンだけでも助かってもらいたい。


「何言ってんのよ。私も一緒に治療するわ。あんたひとりで何ができんのよ」

「これが流行病ならお前も病気になる。最悪死んでしまうんだぞ」

「それは、ユヅキも一緒でしょう! 私だけ助かっても意味ないのよ。そんな事も分からないの!」


 そうだ、俺はカリンやアイシャにも誓ったじゃないか。いつまでも傍にいると。アルヘナ動乱で貴族と敵対したときも、カリンは一緒に戦ってくれた。


「ありがとう、カリン。だが俺の指示には従ってくれ」

「ええ、もちろんよ」


 ここはカリンと俺で、何とか乗り越えないとな。


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