第19話 裏山の調査2
俺達は、昨日に続き今日も裏山の調査に入る。キイエは昨日の戦闘で少し疲れているようだ。炎を吐きすぎたんだろう、今日は馬車の中で休んでもらおう。
木の魔物がいた丘を越えて魔の森に向かう。森の右手には村に続く川が見え隠れする。この川を目印に上流へ向かえば源流となる泉があるはずだ。
「この森も鬱蒼としてるわね」
「今まで人が踏み込まなかった魔の森だからな」
ここに来るまでにも何匹もの魔獣を倒してきているが、やはり数が多い。
「距離からいうと、そろそろ泉が見えてくるはずなんだが」
村にあった地図を頼りにしばらく歩くと、木が生えていない一角に出てきた。その中央部に水面のきらめきが見える。近寄ると水が滾々と湧き出す、小さな泉を発見した。
「毒があるかもしれん。みんなは触るな」
見た目は透明な綺麗な水だが、俺が素手で水をすくって確かめる。毒ならピリピリするはずだが何ともない。
さすがに飲むわけにはいかないが、この泉は安全なようだな。
「ここじゃないとすると、もう少し奥の大きな泉の方だな」
俺はここの位置を山の形、太陽の位置など持ってきた地図に記録する。後で正確な地図ができればいいと思っている。
その泉を越えて、さらに森の奥へと踏み込んでいく。
奥に進むにつれ魔獣の数が多くなってきたな、熊などの大きな魔獣も出て来た。群れではないのでアイシャの強力な魔道弓と、カリンの魔法攻撃で倒すことができているが、やはり危険な場所だ。
「師匠。あそこに木のない場所がありますよ」
チセの指差す方向に、陽の光が差し込む広い場所があった。泉かと思ったが水はなく、かわりに大きな葉を持つ草の群生地になっていた。
薬草なのか幅広で2、30cm程の長さの葉が何枚か地面から生えていて、土の中から大根の頭のような太い根が少し見えている。葉の根元には紫色の実をつけているが、これが毒の元か? 川に流れていた紫色の毒の色を濃くしたような実だ。
「アイシャ。こんな草を見たことあるか?」
「初めて見る草ね。野菜のようにも見えるわね」
「引っこ抜いてみたら分かるんじゃない」
毒の草の可能性があるから、カリン達に触らせるのは危険だ。
「よし、俺が抜いてみよう」
厚手の手袋をして、草を抜いてみる。だが根がしっかりしているのか、硬くてなかなか抜けない。
力いっぱい引っこ抜く。
「ギャアアア~ア、アァァ~ァ~……」
抜いた草の根が、悲鳴のような声を上げる。すごく大きな声だ!
びっくりして手を離すと地面に落ちたそれは、大根のようだが手足のように枝分かれした物がウネウネと動いている。
「なに、そいつ! 魔物?」
カリンとチセが攻撃を仕掛けようとしたが、俺が制した。
「マンドレイクだ」
異世界によく登場する悲鳴を上げる植物。その悲鳴を聞くと死んでしまうというやつだが、俺は大丈夫なようだ。まだ耳はキンキンするがな。
「こいつが毒の元凶か?」
俺はウネウネと動くマンドレイクを剣で縦に切り裂いてみた。葉の部分から根の先にかけて中央部が薄く紫色をしているが、全体はくすんだクリーム色だ。
素手でその紫色の部分に触ると少しピリピリする。これは毒を含んでいるな。実を割ると皮だけが紫色をしているが、こっちは触っても大丈夫だった。
「これが原因かは分からんが、村に持ち帰って村長に聞いた方が早いだろうな」
もう昼もかなり過ぎている。このマンドレイクの群生地の位置を地図に記録し一旦村に戻ろう。
俺達が裏山から帰ったのは、陽が落ち辺りがかなり暗くなった頃だった。
村のみんなが篝火を焚いて、心配しながら待っていてくれた。
「おい、怪我はないか」
「もう、帰って来ないかと心配しました」
ヒオンさんが涙目で俺達を迎えた。
「腹が減っただろう、飯の用意ができている。さあ、こっちへ来てくれ」
村人が俺達を取り囲み、寄合所の食堂へと案内してくれる。そこには村長が座っていて、俺達に食事を勧めてくれた。
「もう川の調査はしなくてもいい。無理なことをして怪我などしてほしくないんじゃよ。後はわしらで何とかする。ここまで手伝ってくれただけで充分じゃよ」
どうも心配させてしまったようだな。
「泉に行く途中に、これの群生地があった。毒の原因かもしれん」
俺は持って帰ってきたマンドレイクを村長に見せた。
「これはマンドレイクじゃないか。こんな貴重な物を……これを抜くときに悲鳴を聞かなかったのか?」
「すごい悲鳴を上げていたな。それは何かの材料になるのか」
「これは薬の材料として高く取引されておる。お前さんよく死ななかったな。悲鳴を聞いた者は死ぬと伝承にあったが」
この世界での発音は違うが、やはり俺の知っているマンドレイクと一緒の植物だな。
「マンドレイクは毒のある土地に好んで生育し、そのような土地を求めて移動すると伝承にはある」
「では、マンドレイク自体が川の毒の原因ではないと」
「そうじゃな。多少の毒はあるじゃろうが、川に流れ出す程の毒は無いはずじゃ。じゃが逃げてどこかに行ってしまうかもしれん。早いうちに採りに行った方がいいかもしれんな」
貴重なマンドレイクは高値で売れる。逃げていなくなる前に捕獲したいと言う。
「ならば明日にでも採りに行かないか。まだたくさん生えていたからな」
「そうじゃのう。貴重な薬草じゃしな。すまんが明日、村の者と一緒に採りに行ってくれるか」
「分かった、明日朝早くに出発したい。準備しておいてくれ」
翌日、12人の男と共に裏山に入る。その内の9人は俺達が倒した木の魔物の灰を取りに行くそうだ。魔物の灰は良い肥料になるようで、途中まで俺達と一緒に行って灰を持ち帰るそうだ。
木の魔物がいた丘に荷車を引いていた9人を残して、武装した3人と俺達はマンドレイクを採り魔の森に入っていく。
「ここから鐘1つほどでマンドレイクの群生地に行けるが、途中魔獣の数が多い。俺達の近くから離れないようにしてくれ」
「分かった。俺達も狼程度の魔獣なら倒すことができる。足手まといにならんようにするよ」
腰に剣を差し、腕には小さな盾を持っている。火の魔法耐性がある盾だそうだ。冒険者がいなくとも、ある程度戦えることもこの村で暮らすには必要なんだろう。
昨日と同じように森の中を歩き途中の小さな泉を越えて、マンドレイクの群生地に到着した。穴が開いているのは1つだけ、昨日と同じ数のマンドレイクが逃げずにまだ同じ場所にいてくれた。
「村長の言うやり方で、マンドレイクを抜いてみる」
連れて来た男達は、腰に下げていた革袋の中に入っている少し臭いのきつい水を、マンドレイクに掛けて回る。
「何をしてるんだ?」
「これは女性の尿、おしっこだ。これを掛けてしばらくしてから抜くと悲鳴を上げないと、村長は言っていた」
アイシャ達があからさまに嫌な顔をして一歩後ろに下がる。
「男じゃダメなのか?」
「分からんな。古い言い伝えだからな。そうだ一度試してみるか」
その男は一番端にあるマンドレイクに自分のおしっこを掛けた。
しばらくして、女性のおしっこを掛けたマンドレイクを抜いてみる。
「一応、耳を塞いでおいてくれ」
村の男が地面の上に生えた草を持って思いっきり引っこ抜く。
マンドレイクは悲鳴を上げなかった。すげ~な伝承。
「よし、それじゃ今度はこいつだ」
男が自分のおしっこを掛けたマンドレイクを引き抜く。
「ギャアアア~ア、アァァ~ァ~……」
マンドレイクが大きな悲鳴を上げる。すげ~な伝承。
ここに生えていたマンドレイクを全て抜いて持ち帰るが、おしっこが付いたままは嫌だと、カリンが水魔法で全部綺麗にしてくれた。
持ち帰ったマンドレイクは30本余り。これで俺達の報酬も支払う事ができると村長は喜んでくれた。




