第15話 魔獣に襲われた村
俺達は宿に戻り、今日ゴーエンさんから聞いた話を踏まえてみんなで話し合う。
「確かに町は、何かにつけ便利ではあるのだが」
「でも、この町は人も多くて騒がし過ぎて、私は馴染めないわ」
「表通りは活気があっていいけど、裏の路地は暗くて目つきの悪そうな奴がゴロゴロ居たわよ」
ここは都会の街のような印象だ、活気はあるが犯罪も多い。裏路地に入れば治安も悪く、俺達も襲われた。
アイシャ達は強いが、それは魔獣相手であって無防備な街中で犯罪にあう可能性もある。アイシャが誘拐されたのも街中だった。
「キイエもこの町じゃ、鎖を付けないとダメなんですよね。少し可哀想です。何とかなりませんか、師匠」
この町は俺達が住む候補地ではあったのだが、みんなが言うように、ここは暮らしにくいようだな。
「それじゃさ~、港町に行ってみない。あそこならお魚も食べ放題だしさ」
余程一昨日食べた魚料理が美味しかったんだろう。カリンはすぐ影響されるからな。だが、いい考えではある。小さな村もあるそうだが、いきなり田舎暮らしするより小さな町を見た方がいいか。
「じゃあ、明日その港町に行ってみるか」
翌朝、港町に向かう前にゴーエンさんの家に行き挨拶する。
「そうか、君達ならどこででもやっていけるだろう。港町に落ち着くのなら、また連絡してくれるか」
「そうするよ。色々と世話になったな。ありがとう、ゴーエンさん」
「いやいや。ワシがここで息子達と商売ができるのも、あんた達のお陰だ。何かあれば手助けするよ」
ありがたい事だ、知らない土地で親身になってくれる人がいるなんて。必ず連絡すると約束して、俺達はこの町を後にする。
港町に行くには、王国からこの町まで来た南北の大きな街道を左に曲がればいい。朝日を背に東に馬車を走らせる。
「この街道も広いわね」
「そうだな、港からの荷物を運ぶ道だからな」
西の内陸まで続いている街道の一部だ。大きな馬車がすれ違える程の道幅がある。ここは街道が十字に交わる交通の要衝。だからトリマンはこんなに発展しているんだろう。
今走っている街道の先には、港町しかない。街道は広いが走っている馬車は少ないようだ。
「真っ直ぐな道で気持ちいいわね。アイシャ、もう少し早く走らせても大丈夫じゃない」
「そうね、夜にならないうちに着きたいしね」
俺もだが、アイシャも馬車の操作に慣れてきて、早く走らせることもできるようになってきた。
チセは街道なら夜道でも走らせることができる。旅にも慣れてきたものだ。
昼頃。港町へ後半分ぐらいまで来た所で、道の真ん中で両手を上げて俺達を止めようとしている獣人の男がいる。盗賊かとも思ったがひとりで、武器も持っていないようだ。
「アイシャ。馬車を止めてやってくれ」
近づくとその鹿族の男は、切羽詰まったような顔をし俺達に頼み込んできた。
「あんたらは港町まで行くんだろう。すまないが俺を町まで連れて行ってくれんか」
「いったいどうしたんだ」
「俺の村が、魔獣の群れに襲われた」
悲壮な表情を浮かべ、すぐにでも町に行って助けを求めたいと必死に訴えてくる。俺はスタンピードに襲われ壊滅した、メラク村の事を思い出し戦慄した。
「5、6頭の牛の魔獣に襲われ、家が何軒か潰された。町の冒険者ギルドに助けを求めたいんだ。頼むから俺を港町まで連れて行ってくれ」
スタンピードではないようだが、被害が出ているようだな。
「俺達は冒険者だ。このまま村に向かおう。村までの道案内をしてくれ」
「おお、そうなのか。これはありがたい。報酬は出す、何としても村を救ってくれ」
その獣人を急いで馬車に乗せて、男の言う道へと馬車を走らせた。
「みんな、すまない。このまま襲われた村へ向かう」
「御者、私が代わるわ。周囲の警戒をお願い」
街道を外れて、細い道に入っていく。馬の扱いに慣れたカリンが御者を引き受けてくれて、アイシャは後方を俺は前方の警戒にあたる。
「ここから、どれくらいの距離だ」
「馬車なら1日と少しかかる」
ゴーエンさんが言っていた、街道を外れた村のようだな。だが俺の持つ地図には、その村もそこに至る道も一切の記載はなかった。余程小さな村なのだろう。
「ここまでどうやって来たんだ。歩いて来たのか?」
「早馬で近くまで来たが、もう馬が使えなくなった。街道まで出て、どちらかの町へ行く人を待っていたんだ」
「怪我人はいるのか?」
「分からん。こういう時は俺がトリマンかカイトスの港町に急を知らせる事になっている。魔獣は昨日の夕方近くに襲ってきて、まだ村の近くをうろついている」
余程急を要していたんだろう。潰れた家はあったそうだが、人の確認まではできなかったようだな。
「今から村へ向かっても、明日の昼だ。夜に馬車を走らせる訳にはいかない」
「分かっている。街道であんた達のような冒険者に出会えたのは幸運だ。これで少しでも村の被害が少なくできる。恩に着る」
「お前の名は何という」
「ああ、すまなかった。俺はシャウラ村のホテックという」
「俺はユヅキだ」
他のみんなも紹介したが村の事が心配なのだろう、あまり聞こえていないようだ。
左右に木々が生い茂り、昼間でも薄暗い細い道を進んで行く。今までの広い街道とは違い曲がりくねっているため、スピードも出せず魔獣を警戒しながら走る事になる。気は焦るが、ここで事故を起こすわけにはいかない。カリンもそれは分かっているようだな。
「今日はここで野営する。警戒は俺とチセ」
ホテックさんに案内されて、川の近くの広い場所で馬を休め食事を摂る。
「カリンは明日も御者を頼む。明日昼頃、村に到着予定だが、すぐに戦闘になる可能性もある。休める者は順次休んでくれ」
「俺は御者台の上で休ませてもらうよ」
ホテックさんは、俺達に遠慮してくれたようだ。邪魔にならない所で毛布に包まって寝てくれる。
「チセ、前半の夜警を頼むな」
「はい。任せてください、師匠」
チセも頼もしくなってきたな、助かるよ。
王国で壊滅した村の惨状を思い出し、俺が勝手に受けてしまった依頼なのに、誰も文句を言わず付いて来てくれた。本当なら今頃港町の宿に着いている頃なんだが……。
「明日は頑張らんとな」
馬車の下で仮眠をとりつつも、明日の魔獣との戦いに思いを巡らせる。夜半チセと交代して夜警したが、獣の声はするが近づく様子もなく朝になった。
食事の支度をして、みんなを起こす。
ホテックさんによると、この先も細い道が続く。上り下りの坂はあるが、このまま川沿いを進めば村に着けるそうだ。
「ユヅキさん、そろそろ村に着きます」
アイシャが馬車の中で寝ていた俺を起こしてくれた。
「村の手前で、馬車を降りて様子を見ながら村へ入ろう。ホテックさん、牛の魔獣はどちらから来た」
「あの川向こうの森から現れて、またその森へ帰って行った」
村は細い川の近くで、川向こうが森で覆われている。
反対側は穀倉地帯と平原が広がり、その奥は林に囲まれているのが見て取れる。
俺達は馬車の周りを囲んで歩きつつ、警戒しながらゆっくりと馬車を進める。
「あの川は、毒の川だ。飲むことはできないし、服に付く程度ならいいが、長く皮膚に付くと火傷のようになる。注意してくれ」
川幅は5m、水深は腰くらいだろうか。あの紫色のまだら模様が毒なんだろう。川が変色しているところがあるな。
「師匠、いました。川向こうの森の中、3頭の魔獣が見えます」
馬車を止めて、単眼鏡で見てみる。大きな黒い角を頭の横から生やし、灰色の体をした水牛のような魔獣だ。でかい体で、いかにも獰猛そうな奴だな。
「見えているのは3頭だが、森の奥にもいるはずだ。10頭いるつもりで戦おう」
「村から遠くに誘導したいわね。できれば毒の川を越えずに、手前の河原で戦いたいわ」
川はこの道から1段下を流れているが、あの魔獣ならこの坂も簡単に駆け上がってくるだろう。こちらから攻撃すれば、躊躇せず川を渡って攻撃してくるはずだ。
「馬車はこの道の右手、そこの林の中に隠そう。俺は少し前方の土手から攻撃して魔獣をこの川まで誘導する」
「それじゃ私とカリンは、この林の中から川に入った魔獣を攻撃するわ」
「チセとキイエは俺と一緒に来てくれ、川を越えてこちら側に来た魔獣を叩く」
「はい、師匠」
「多分魔獣は魔法攻撃してくる。気をつけてくれ」
初めて見る魔獣だが、あの角か口から魔法を撃ってくるだろう。その前に何とか倒したいが。
「ホテックさんは馬車の御者台にいて、もし魔獣が近づいたら移動して避難してくれ」
「分かった。よろしく頼むよ」
アイシャ達を乗せて、林の中に馬車が入って行く。俺達は魔獣に気づかれないように前進し身を隠す。
「師匠。魔弾は使いますか?」
「川に入った魔獣には弓を、川を越えて来た魔獣に魔弾を使おう。多分1、2発しか使えんだろうが、全弾使ってくれ。後は乱戦になる」
「はい、師匠」
アイシャ達が位置に着いたら、いよいよ戦闘開始だ。




