第11話 夫婦の日常
【チセ視点】
次の町までは、あと何日も馬車の旅を続けないといけない。
昨日の夜、夜警をしてくれた師匠とアイシャは、馬車の後ろで寝ているんだけど、さっきからアイシャのくぐもった声が聞こえてくる。
「アイシャったら、昼間からあんなことして」
「チセ、夜の方が危ないでしょう。ひとりで魔獣の警戒をして、何かあればみんなで起きて対応しないとダメなんだから」
「それにしても、いつもいつも」
「仕方ないでしょう、大好きなユヅキと一緒にいられるんだもの」
「そりゃ、ご夫婦なんだから、愛し合っても結構なんですけど、もう少しねえ……」
この馬車は大きくて、あたし達の生活道具などもたくさん積んでいる。
幌付きの馬車の中央に荷物を積んで前と後ろに分けている。布で仕切っているから、後ろは見えなくなっているけど、愛し合うふたりの声は漏れ聞こえてくる。
「チセって、師匠、師匠っていつもユヅキにくっついているのに、どうしてそういうところは奥手なのかしら」
「師匠とは、心で繋がっているからいいんですっ」
「何言ってるのよ、私も心で繋がっているわ。体も繋がっているから2倍お得じゃん」
「な、なに言ってんですか!」
「そんなに硬く考えなくってもいいのよ。チセは頭でっかちだから、もっと素直になればいいのに」
「そうなんですか……」
あたしはいつも素直ですよ。カリンの方がひねくれていると思うんだけど。カリンと話をしていると、馬車の後ろからアイシャが御者台にやって来た。
「カリン、警戒を交代するわ」
「うん、アイシャ、ありがとう。ユヅキ~」
「もう、カリンったら」
「チセ。ずっと御者してくれて、ありがとう。疲れたら交代するわね」
あたしの横に座るアイシャ。最近すごく綺麗になってきた。前から綺麗だったけど、色香漂うというか、優美な雰囲気が加わって大人の女性という感じだ。
馬車の後ろから、今度はカリンの甘えたような声が聞こえてくる。こういう時だけ師匠にすごく甘えて、もうっ、何なんですかあの人は!
「チセも気になる?」
「気になるというか、なんというか……」
「チセもユヅキさんに、抱かれてもいいのよ」
「えっ、そんな事!」
急に変なこと言うから、手綱の操作を誤っちゃったじゃない。
「ん~、どうした。何かあったか」
「な、何でもありません。もう~、師匠はちゃんと服着てから出てきてください」
「大丈夫よ、ユヅキさん。カリンのお相手してあげてちょうだい」
もう、びっくりしたな~。
「チセもユヅキさんの事、大好きでしょう」
「それはそうですけど……」
「私もカリンもユヅキさんを、独り占めしようなんて思ってないから」
「でも、あたし、まだ結婚とか子供作るとか無理だし……」
成人はしている。でも今まで男の子のお友達はいたけど、恋愛対象の人はいなかった。師匠からもプロポーズされたけど、あたしにはまだまだ早いと思うの。
「私はすぐにでもユヅキさんとの子供が欲しいんだけど、こんな旅していると動けなくなるのは危ないから、まだ作らないようにしているの」
「そんな事、簡単にできるんですか。人族の知識みたいなものですかね」
「ハイランとか難しい事を言っていたわね。よくは分からないけど、ユヅキさんに任せているわ。チセももっと甘えていいのよ」
「でもあたし、アイシャ達みたいにとか無理ですよ~」
師匠にならそういうのもいいと思うけど、師匠と大人の関係というのはぴんとこない。でもアイシャ達の幸せそうな顔を見ていると、ああ成りたいと思っている自分がいる。
「じゃあ、今度私とカリンが夜警の時、ユヅキさんとふたりでゆっくり話してごらんなさい」
2日後の夜、アイシャとカリンは夜警で外に居る。馬車の中で師匠とふたりっきりになれた。
「師匠。あたし、前にプロポーズをお断りしたんですけど、師匠の事が嫌いとかじゃないんですよ。まだ決心がつかないというか、なんというか……」
「分かっているさ。俺は今もチセの事が好きだし、大事に思っている」
「アイシャやカリンと同じように?」
「ああ、そうだ。チセも大切な家族だ。俺の気持ちは変わらん。ゆっくりで構わんよ」
「あたしまだ自信がなくて、師匠のお役にも立っていないし」
あたしちんちくりんだし、顔もアイシャみたいにキレイじゃない。カリンみたいに魔法で師匠を助ける事もできていないし……。
「それは関係ないさ。迷惑をかけてもいいし、俺もみんなに迷惑をかけている。家族なんだからお互い様だ」
「あの、あたしはアイシャ達みたいなことできないけど、ずっと一緒にいてくれますか」
「ああ、誓おう。チセといつまでも一緒にいるよ。チセの傍にいて、チセが幸せになるように俺の精一杯を尽くすよ」
「ありがとうございます」
あたしは師匠の胸に抱きつく。広く逞しい師匠の胸は安心できる。挨拶代わりにするいつものおやすみのキスを頬にした。
なんだか物足りなくて……アイシャみたいなことをしたくて、唇に口づけをした。おずおずと舌を出すと、それに応えてくれる。
なんだか甘くとろけるような濃厚な口づけ。あたしこれ好きだ。しばらく抱きしめられてから唇を離す。今はこれが精一杯だわ。
その日の晩は、師匠のすぐ隣で眠る。
朝、あたしの目の前には師匠の寝顔があった。
「おはようございます。ユヅキさん」
眠っている師匠に軽い口づけをする。アイシャ達の味わっている幸せとはこのようなものなのかな。
まだ結婚とか無理だろうけど、ゆっくりと近づきたい。そう思える朝だった。
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【あとがき】
この物語は異世界の日常を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください。
お読みいただきありがとうございます。次回以降もよろしく。




