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第10話 旅館の大浴場

 旅館の大浴場がようやく完成し、今から旅館の主人と入り初めをする。アイシャ達も女子用の風呂に入って確かめてもらっている。


「フラニム。まずはここでスリッパか靴を脱いで、この壁に並ぶ靴用の木箱に入れてもらう」

「ふむ、この木の板が鍵になっているんだな。ところで、ここに入るときに潜ったあの布はなんだ」

「それは暖簾(のれん)と言って、風呂を表す伝統的な物だ」


 風呂の入り口には2つに分けた大きな布を垂らして、温泉マークの絵を描いている。男女色分けされていて区別もつきやすい。大浴場にはこういうのがないとダメだろう。


「そして、ここは脱衣場だ。脱いだ服はこの籠に入れる」

「やはり皆、一緒に裸で入るのだな」

「気にするな。俺の国ではこれが当たり前だから慣れれば大丈夫だ」


 そう、恥ずかしがるなよ。裸の付き合いというのをこの国でも広めんとな。


「中の浴槽は2つだ。浴槽に入る前に湯を浴びて、体の汚れを落とす。どちらも6人入れるが、湯の温度を変えている」

「こちらは相当熱いな。オレはぬるい方に入らせてもらおう」

「俺はこの熱い方でも、少しぬるく感じるぞ」

「そうなのか、すごいな。人族だからか」

「そうでもないさ。アイシャ、湯加減はどうだ」


 俺は大きな声で、隣の女湯にいるアイシャに尋ねる。


「私とチセは熱い方でちょうどいいわ。カリンはぬるい方がいいって」


 アイシャの声が返ってくる。男湯と女湯の壁の上部は空いている。

 風を通すためでもあるのだが、開放感があって浴場が大きく見える。何よりもエコーのように反響音で聞こえる声は風情があっていいじゃないか。


「次に洗い場だが、この木の椅子に座って体を洗う。手桶をここに置いてこの栓を押すと、お湯が一定量出てくる」


 上部に溜めたお湯が流れる簡易的な蛇口を作っている。その洗い場には石鹸も置かれている。共和国では石鹸は王国ほど高価ではない。なんとか風呂場に備え付けができる程度だ。


「やはり石鹸で洗うのは特別感があるな。これも旅館の特徴として宣伝に使えるな」

「泡をつけて体を洗うのはそうない事だからな、人気が出るぞ。そして洗った後は、また湯船に浸かる」

「このオフロというのは気分が落ち着くな。ずっと入っていたくなる」

「そうだろう~」


 こうやって実際に風呂に入れば、その良さが分かるというものだ。


「で、上がった後は普通にタオルで体を拭くのだが、ここにドライヤーの魔道具がある」

「ドライヤーの魔道具?」

「昨日、やっと届いたんだ。ここに座ってくれ。ドライヤーのここに指を置いて魔力を流すと温風が出る。これで髪の毛を乾かすことができるぞ」

「おお~、これはすごいな」

「俺達より、ご婦人方に好かれる魔道具だ。今はそれぞれ2つ用意して、盗難防止の鎖も付けている。本当はこの前の壁に、大きな鏡があるといいんだが」

「確かにそうだな。それはこちらで用意して取り付けるようにしよう」


 どうやらフラニムは気に入ってくれたようだ。客の様子を見てもっと充実していきたいと言っている。

 俺もこんな大浴場を造れて満足だ。


「ユヅキ、ユヅキ。広いオフロすごかった」

「師匠、石鹸も置いておくんですね。贅沢です」

「ユヅキさん、ドライヤーの魔道具あれじゃ少ないわよ。もっと多くしないと」


 うん、うん、おおむね好評だな。少し時間は掛かったが良い物ができた。

 宿泊料は値上げしたが『王国貴族の大浴場』として大々的に宣伝し、客足は好調のようだ。俺達が無料で宿泊してた部屋は空けて、今は普通の宿にいるが、風呂だけは入らせてもらっている。

 だが、そろそろこの町ともお別れだ。俺達の目的はここではないからな。


「ユヅキ、本当のオフロを教えてくれてありがとう。お客さんも喜んでいる。また来た時は、ここのオフロに入っていってくれ」

「ああ、そうするよ」

「ねえユヅキ。もう一度オフロ入ってから、町を出ない?」

「昨日も、今朝も入ったじゃないか。もう行くぞ」


 カリンは未練たっぷりだが、そういう訳にもいかんからな。

 馬車に乗っている俺達を見かけて、誰かが駆け寄って来た。あれは冒険者ギルドマスターと事務員さんか? 


「いた、いた。なあ、すまんがもう少しここの冒険者ギルドにいてくれんか」

「マスター。それは昨日お断りしましたけど。私達もうこの町を出ますので」

「すみません、アイシャさん。ここ最近あなた方がギルドでトップの成績を残しちゃったので、マスターがどうしても引き留めたいと来ちゃったんです」

「アイシャ、そんなに魔獣を倒したのか?」


 俺がいない間もアイシャ達は頑張っていたからな。ここの事務員さんとも仲良くなっているようだし。


「それ程でもないけど。もう魔獣がいなくなって、狩りもできなくなってきたから、他に移ってもいいと思うわ」

「そんなこと言わずに、留まってくれんか?」


 そうは言われても、俺達も旅の途中だしな。縋りつくように懇願してくるが、応える訳にはいかんな。


「悪いなマスター。俺達はたまたまこの町に寄っただけなんでな。他の冒険者達と頑張ってくれ」

「そうですよ、マスター。アイシャさん達に影響されて冒険者のみんなも頑張って、成績が上がってきてるじゃないですか」

「だがな~」

「アイシャさん、カリンさん、チセさん、ありがとうございました。他の町でも頑張ってくださいね」

「ええ、それじゃまた」


 俺達は旅館の主人とギルドマスターに見送られながら、ドウーベの町を後にした。


「ユヅキ、これからどっちに向かうの」

「ドワーフの町、トリマンに向かうつもりだ。共和国の知り合いはゴーエンさんしかいないからな」


 ゴーエンさんは、チセの生まれたハダルの町の出身者で、今は共和国のトリマンに住んでいると聞いている。

 まずはそこを訪ねて、この共和国で俺達が暮らせそうな場所を見つけよう。


「ここからは、少し遠いが地図もあるし、どの道が安全かも聞いている。しばらく馬車の旅になるが我慢してくれ」

「ええ。私達が住めるところが見つかれば、そこでゆっくりできるわ」

「それまでは、オフロもお預けか~」

「新しい家が決まったらオフロ作ってくれますよね、師匠」

「ああ、任せておけ。豪華なやつを作ってやるぞ」


 俺達は馬車に揺られて、トリマンの町に向かって街道を進んでいく。


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