第7話 ドウーベの商業ギルド
俺は旅館の主人と、権利を買ったという商業ギルドに行くことにした。
「俺の事はユヅキと呼んでくれ。御主人、誰から風呂の権利を買ったんだ」
「商業ギルドのサブマスターだ。ユヅキ、すまないな一緒に来てもらって。オレはフラニムという。呼び捨てでかまわん」
権利に関する真偽を確かめるため、フラニムは旅館の経営者として、商業ギルドへ行く。これは商業ギルド自体の信用に関わる事だ。高価な権利金の返還も求める事になる。
俺も一緒に行くと言うと、それは助かると同じ荷馬車に乗せてくれる。
「ギルド全体で、騙しているとは考えにくい。サブマスター個人がしたことか?」
「そうかもしれん。サブマスターから直接声をかけられた」
「ならば、本人ではなくマスターに話をした方がいいな」
商業ギルドは4階建ての立派な建物だ。商業が盛んなだけはあるな。
「フラニムだ。ギルドマスターのコジャックを呼んでくれんか。少し大事な話がある」
「しばらくお待ちください。聞いてまいります」
受付の女性職員が2階に上がり、しばらくして体格のいい豹の獣人が俺達の前にやって来た。
「よう、フラニムじゃないか。人族の客人なんぞ連れて今日はどうしたんだ」
目の鋭い男だが、こいつがマスターか。部屋に案内されて、向かい合わせに座る。
「実は、サブマスターのトシヴァから、この権利を買ったんだがどうも偽物のようなんだ」
「どうして、そんなことが言える」
「この登録者が、ここにいるユヅキ本人で、権利は売っていないと言っている」
「私の部下のトシヴァでなく、そこの人族の言うことを信用しろと言っているのか」
確かに商人は信用第一だからな。見ず知らずの余所者の言葉は信用できんか。
「トシヴァが売ったという権利書を見ろ。名前に『ユヅキ ミカセ』と書いてあるが、俺の名は、『夢月 御家瀬』。図面の署名欄の下段に描かれているこの文字だ。この国の文字でないから名前とは思わなかったか、権利書の偽造ができなかったんだろう」
「お前の名を、ここに書いてくれるか」
渡された紙とペンに自分の名前を書く。マスターは図面や権利書と見比べている。
「なるほどな、この登録者はあんただと認めよう。だが既に売った権利を、売っていないと言って2重取りしようとしているかもしれん」
疑り深い奴だな。まあ、商人なら当たり前かもしれん。
「ギルドマスター、俺はお前の事も疑っている。俺の描いた図面が共和国のこの場所にあるはずが無いからな」
「それをどうやって証明する」
証明はすぐできる。職人ギルドと交わした権利譲渡の契約書があるからな。だがそれすらも偽造だと言いかねない。
「サブマスターにどこの誰から権利を買ったか確かめて、デンデン貝にその声を入れて証拠として残せ。俺は権利を登録している所を別のデンデン貝に入れて証拠として残す」
「それで、どうしろと」
「おそらくサブマスターは、俺が言う所と違う場所で権利を買ったと言うだろう。双方をお前達で直接調べろ。そうすればすぐに分かるはずだ」
「少し待っていろ」
ギルドマスターは事務所に戻って、デンデン貝を持ってきた。
「これに、お前の声を入れておけ」
そう言ってギルドマスターは、部屋を出て行った。しばらくして、デンデン貝を手にして戻って来る。
「お互いにデンデン貝を交換して聞いてみようか」
マスターが持ってきたデンデン貝には王都の商業ギルドで買ったという言葉が入っていた。職人ギルドが持つ権利を商業ギルドから買えるはずがない。
3カ月以上前となると、まだ俺自身が権利を持っていた時期だ。ここにある図面は貴族が風呂を作るための、工事用の図面かも知れんな。
「後はそっちで調べろ。多分サブマスターは自分も騙されたと言うだろうが、売ったと言う担当の男を調べろ。口裏を合わせている可能性が高い」
ギルドマスターは何も言わず、俺を睨みつける。
「共和国ではこのような事がまかり通っているのか。このことが知れ渡れば、この国の商業ギルド自体の信用がなくなるぞ」
遠く離れた土地の事だから、バレることは無いと考えたんだろう。
「王国の商人とは違い、我らは自由に商売を行なっている。が、今回の事がお前の言う通りならば見過ごす事のできん不正だ。その点は王国も共和国も同じ。こちらでしっかりと確認させてもらう」
厳正に調査する事を約束してくれた。だがその前に自分の部下の管理や教育ぐらいちゃんとしてもらいたいものだ。
俺はフラニムとギルドを後にして旅館に戻る。
「ユヅキ、これで権利が偽物だと分かるか」
「少し時間はかかるかもしれんが、調べれば分かる事だ。それでダメなら、あんたが直接アルヘナの町の職人ギルドに確かめてくれればいい」
「ああ、そうしよう。だが今ある風呂が偽物だとすると、全部壊さないとダメだな」
「あれは、あれで置いていてもいいさ。ただし名前は足湯だ。それとは別にお風呂を造ればいいさ」
「分かった、そうしよう。ユヅキすまないが、本物のオフロを造るのを手伝ってくれんか」
「ああ、ちゃんとした風呂を造ると言うなら手伝ってやるよ」
フラニムの宿は王国貴族の風呂があると評判になっている。それが偽物だと噂が立てば経営に響く損害となる。今のうちに本物の風呂を造りたいと言っている。
そうだよな、旅館には大浴場が必須だからな。風呂が無いというなら、俺自身の手で造ってやるぜ。
その後、事実調査するまでもなく、サブマスターの男が自分の不正を認めた。どうもここでは商業主義が行き過ぎているようだ。儲かるなら何をしても良いという風潮になっているみたいだな。
旅館の主人とも話して、独占ではなくこの町のどの宿屋でも、風呂を造れるようにしようという事になった。
「どうだ、ユヅキ。この場所にオフロを造るのは」
「男湯と女湯、それぞれに10人程度が入れる湯船と広い洗い場。大浴場を造るには充分な広さじゃないか」
増築のためのスペースに建てていた倉庫の1階部分を、そのまま大浴場として使うそうだ。
この共和国で大浴場を造れるなんて、夢みたいな話じゃないか。銭湯にあるような壁画も描けるかもしれんぞ。これは面白くなってきた。
「早速、職人を呼んで検討してもらおう。造り方は俺がよく知っている。そんなに長くはかからんさ」
風呂釜の図面もサブマスターの家に残っていて、今は俺の手元にある。これで職人との打ち合わせもスムーズにいく。
「フラニム。風呂釜や風呂の権利は、今はアルヘナの職人ギルドが持っている。俺も口添えするがキッチリと契約を結んでほしい」
「それはオレと商業ギルドでやっておくよ。ユヅキには立派な本物のオフロを造ってほしい」
大浴場を造るのに2、3週間かかるだろうが、その間俺達の宿泊代は無料にしてくれるそうだ。
カリンもここの風呂に入るまでは、町を出ないと言っているし、ちょうどいい。急ぐ旅でもない。その間はこの町に滞在しよう。




