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第6話 共和国の風呂

 この町には風呂付きの宿があるという。ずっと馬車での旅が続いたから、ここらで風呂にでも入って、のんびりとくつろぎ英気を養いたい。


「共和国でもオフロに入れるなんて、思ってもみなかったわね」

「早く入りたい。ユヅキ急いで」

「もう、カリンたら。ねえ、師匠。王国でも普及してないオフロが、なんでここにあるんでしょうね」


 王国貴族の屋敷にも、徐々にお風呂が作られていると聞いた事はあるが、アルヘナ以外一般に普及していないからな。


「職人ギルドに登録したから、誰でもお金を出せば風呂は造れる。その情報が共和国まで回ってきたんだろうな」

「そうですね。商業が盛んな国ですから、そういうのは早いのかもしれませんね」

「そんな事どうでもいいから、早く行こうよ」


 カリンはほんと風呂に目が無いな。それは俺も一緒だがな。

 この辺りは宿屋が軒を並べている、宿屋街のようだな。王国に近く観光客も多いのかもしれん。教えられた宿は2階建てで、庭付きの広い敷地に建つ宿というよりは旅館といった感じのたたずまいだ。


「今日、泊まりたいのだが部屋はあるか?」

「ご予約はされていますか?」

「いいや、今日この町に着いて、ここを教えてもらったばかりなんだ」

「御家族様用の広い部屋は満室で、ふたり部屋なら空いております」

「じゃあ、隣り合った部屋を2つ頼む。ここには風呂があるということだが」

「はい、各部屋に付いております。この宿自慢の設備となっています」


 各部屋に風呂があるとは、なんと豪勢な宿なんだ。宿代は普通の3倍以上したが、風呂があるなら仕方ないか。

 俺とアイシャ、それとカリンとチセに分かれて各部屋に入った。荷物を降ろして早速風呂を見てみよう。


「あれ、風呂はどこだ。ここはトイレだし、こっちは洗面所だな」

「ユヅキさん、もしかしたらこれかしら?」

「なんじゃ~、こりゃあ~!」


 そこには、足が入る程しかない小さな石の箱に、お湯が注がれていた。


「ユヅキ! 何なのよあれ。オフロに足しか入らないじゃない!」


 裸にバスタオル姿のカリンが、俺の部屋に怒鳴り込んできた。カリンは風呂に入る気満々で、もう服を脱いでたんだな。その気持ちだけは俺にも分かる。うん、分かるぞ。


「カリン、はしたないよ~」


 チセが後ろから付いて部屋に飛び込んでくる。

 カリンの部屋にも同じ物があったようだが、確かにこれは風呂ではなく単なる足湯だ。旅館の前や電車の駅などにもある無料で入れる奴だ。

 しかも小さい。


「文句言ってやるわ」

「まあ、文句は俺が言ってきてやるから、お前は服を着てろ」


 そのままの格好で部屋を出ていきそうなカリンを抑えて、俺は旅館の受付カウンターに行き主人を呼ぶ。


「おい、この旅館の主はいるか!」

「はい、私でございますが、お客様になにか失礼がありましたか?」


 出て来たのは、背の高い鹿獣人の男性。営業スマイルで俺に接してくる。


「ここには風呂があると聞いてきたが、あれは何だ!」

「お客様は、初めてでしょうか。あの石の箱に足をつけると体がポカポカになるもので、当店にしかない設備です」

「あれは足湯であって、風呂ではないぞ」

「アシユ? お客様はご存じないかもしれませんが、あれが王国の貴族の間で流行っているオフロという物でございまして……」

「いやいや。俺は王国からやって来て、家には風呂があったからよく知っているんだよ」

「あなた様は、王国の貴族様ですか!」


 これは話にならんな。一旦部屋に戻るか。


「ユヅキ、どうだった?」

「ダメだな。ここの主人はこれが風呂だと思い込んでいる」

「そんな~」


 カリンは涙目だ。折角風呂に入れるからと来てみた宿がこれではな。外は陽も傾きもう暗くなりかけている。


「すまんな。他の宿に移っても風呂はないし、みんなには悪いが、今日はここに泊まってくれ」

「ユヅキさんが悪い訳じゃないし、仕方ないわね」



 翌日。もう一度この旅館の主人に事情を聞いてみる。


「王国の風呂の事は、どのようにして知ったんだ」

「私どもはこの町の商業ギルドに所属しておりまして、そちらから王国のオフロの図面を買い取り、作り上げたのです」


 図面を買い取り? おかしいな。俺は職人ギルドに風呂と風呂釜の図面を登録し、アルヘナを出る前に買い取ってもらった。その権利は他人が買い取れないようになっている。


「すまないが、その図面を見ることはできるか?」

「これは、私どもが独占して使用できる権利を買ったもので、簡単に見せる訳にはいきません」

「あなたは騙されている可能性がある。ではその登録者の名がこれかどうか確かめてくれないか」


 俺は自分の名『夢月(ゆづき) 御家瀬(みかせ)』と漢字で書いた紙を渡す。主人は、その紙を持って奥へ引っ込んで行き、慌てた様子で戻ってきた主人の手には1枚の図面があった。


「確かに登録欄に、この文字がある」

「その読み仮名には『ユヅキ ミカセ』と書かれているはずだ。それは俺の名だ」

「あんたがこの権利を売ったのか? だが、あんたは王国から着いたばかりだと言ったな。オレが買ったのは3ヶ月ほど前だ……」


 余程、驚いているのだろう。もう客に対する言葉使いではなくなっている。


「権利を共和国に売った覚えはない。それに図面は3枚あるはずだ」

「いやオレがもらったのは、この1枚だけだ」

「だから騙されているんだよ。御主人」


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