第3話 白いフレイムドッグ1
翌朝。1階の食堂で食事をしながら、フレイムドッグ討伐の作戦を練る。去年の経験から、死角から攻撃しないと全て躱されてしまう。みんなをどのように配置するかが重要になってくるな。
「フレイムドッグを見つけたら、俺とチセで前面に出る。チセは俺から離れないようにしてくれ」
「はい、師匠」
「アイシャはカリンと左側面から攻撃してくれ。キイエも連れて行ってくれればいい」
「分かったわ。でも正面と左右の3方向に分かれた方がいいんじゃないかしら」
確かにその方が効率はいいんだがな。
「少し慎重にいきたい。相手は群れだ。俺達の一方が集中して攻撃された時、助けられるようにしておいてくれ」
朝食を終えた後、襲われたという町の外にある酪農家の家に行って直接様子を聞く。
城壁のある町の中とは違って、それぞれの家は堀や石垣を築き魔獣から身を守る事になる。この家も家畜小屋を含めた住居を高い塀で囲み、塀の上には鉤爪が張り巡らせてあった。
「お~い、町長に言われて来た冒険者だ。話を聞きたい。誰かいるか」
「おお、やっと来てくれたか。家畜が殺されて困っているんだ、なんとかしてくれ」
家から出てきたのは、体の大きな鹿獣人の男。息子を含め5人で牛を飼い、この辺りで放牧しているそうだ。
「襲ってきたフレイムドッグはどんな奴だった」
「奴らは、ここらに棲みついて4、5日ごとに群れで襲ってくる。今日ぐらいにはやって来そうなんだ」
「いま、家畜はどうしてる。外にいないようだが」
「何度も襲われて、家畜が怯えて外に出たがらない。今は牛舎にいるが、もう餌も残り少ない。この前は塀を乗り越えて襲われたこともあるんだ。早くあいつらを退治してくれんか」
これ以上の被害は、経営自体の危機になると訴えてくる。聞くとやはり10匹前後の群れのようだ。塀の一番低い所を狙われたとも言っていたな。頭のいい奴がいるのかもしれん。
「俺達は森に入らず、この家の前で待ち伏せしよう」
フレイムドッグは広い場所を好む。家の前の牧草地で待っていれば奴らの方からやってくるだろう。奴らは昼間に活動する、夕方の鐘6つまでには現れるはずだ。
俺達が警戒していると、昼前に奴らは姿を現した。
「師匠、森からフレイムドッグらしき群れが出てきました。あっちの方角です」
チセが単眼鏡を手に、いち早く敵を見つけてくれた。
「でも聞いていたのと違う種類もいるみたいですよ」
チセから単眼鏡を借りて覗くと、1匹だけ白い犬がいる。だが姿形からするとフレイムドッグに間違いないな。変異個体か?
「1匹白の色違いがいるが、12匹のフレイムドッグの群れだ。作戦通りにいこう」
俺とチセが前に出る。アイシャとカリンが左側、少し離れた場所へと向かいフレイムドッグの側面を狙う。
俺は魔道弓を手にし、チセはティアラ型の兜から目を守るプレートを降ろし、鉄拳武器を手に戦闘態勢に入る。
チセの武器は、力で敵を叩き潰す近接戦闘用。今回の敵はすばしっこく不利だな。
防具はスカート型の鎧に胸当てと鉄のブーツを履いている。炎と水の魔法耐性が付与されているので、フレイムドッグの吐く炎も平気ではあるが、初めての敵だし少し不安ではあるな。
「チセ。前に出るがあまり俺から離れるな。横に並んでくれ」
「はい、師匠」
フレイムドッグはこちらを警戒しながらも、ここは俺達の縄張りだと言わんばかりに悠々と向かってくる。
白いフレイムドッグがリーダーなのか、そいつを中心にした円形に並んだ状態で近づいてくる。
側面からアイシャの矢が飛ぶ。すると群れ全体が飛び跳ねるように、その矢を躱した。なんだ、あの動きは。次にカリンの魔法攻撃も、群れ全体で躱している。
俺も正面から魔道弓を放ったが、全て躱された。
「死角がないだと!」
どの角度からの攻撃も通じない。フレイムドッグは俺とチセに狙いを定めたのか、6匹が横並びになり炎を吐いてきた。
俺は盾とマントで、チセは鎧で炎を防ぐが前方が見えなくなる。俺は剣に手をかける。
「炎が止んだら、前進して攻撃するぞ!」
「はい!」
だがいつまでも炎の魔法攻撃が続く。おかしい、こんなに長く続くはずがない。
「キャー!」
炎が止んだ途端、横のチセに3匹のフレイムドッグが同時に襲い掛かってきた。チセが腕に仕込んだ魔弾を至近距離から発射する。
「ギャッウン」
フレイムドッグの断末魔の叫びと共に、氷の槍に串刺しになった1匹が地面に転がった。
チセを守らないと! 素早く剣を抜き残りの2匹に斬りかかるが、後方に飛び跳ね唸り声を上げて襲い掛かろうとこちらを睨みつけてくる。
チセを背中に庇いながら睨み合っていると、群れの方から遠吠えの声が聞こえ、目の前にいた2匹が群れの方へと逃げていった。
「チセ、大丈夫か! 足を怪我してるじゃないか!」
地面に片膝を突いてうずくまるチセの肩に手を置き声を掛ける。
「少し足をやられましたが、大丈夫です。驚いて転んだだけです……」
とは言うものの、鎧の下に着ていたスカートが切り裂かれて血が出ているじゃないか。
「ユヅキさん、大丈夫!」
アイシャとカリンがこちらに来てくれた、これで体制を整えられる。群れに向かって攻撃するがやはり躱される。
「何なのよ、あいつら。こっちの攻撃が全然当たらないわ」
「いや、それでいい。奴らを近づけさせないようにしてくれ」
俺はチセを地面に座らせ、腰の鎧を外し足の怪我を診ると、太ももの辺りから出血している。鎧の隙間から爪を一本引っ掛けられたようだな。
深い傷ではないが赤い血が流れ落ちる。持ってきた水で傷口を洗って、ウエストポーチから軟膏取り出して塗った後、光魔法を当てて治療する。
あとはガーゼを貼り、布で固く縛っておけば大丈夫そうか。良かったこの程度で。
フレイムドッグは襲ってきた2匹を含め既に遠くに離れている。カリンが群れに向かって長距離の氷の矢を放つと、躱しながら森へと姿を消した。
「ごめんなさい、師匠」
「何をいっている。カバーできなくてすまなかった。チセよくやったな、1匹倒したじゃないか」
とは言ったものの、俺達の惨敗だ。チセの至近距離からの魔弾攻撃がたまたま当たっただけで、成す術がなかった。俺が付いていながら、チセに怪我までさせて……。
夕方まで警戒を続けた後、倒したフレイムドッグ1匹を担いで町へと向かう。




